彼女を10日でオトします
「キ、キョンちゃんって、怒ると怖いのね……」
廊下を歩きながら、たすくさんが「行為におよぶのにも命懸けかあ……」と、訳のわからないため息をつく。
「当たり前でしょ」
「あ、当たり前って……。キョン、きびしー」
たすくさんは、廊下の突き当たりのドアを開いて、私の背中に手を当てた。
レディーファーストってやつかしら?
こういうの自然にこう、さらっとできちゃうこなれた感じに正直イラっとする。
この家、何人家族なのよ!?
食堂と思しきこの部屋の中央を陣取るテーブルには、10脚ほどの背もたれが椅子。それが充分すぎる感覚で並べてある。
そのテーブルの一番奥の一番端には、のどかさんが座っていた。
のどかさんは、手に何かを持って、それをじっと食い入るように見つめている。
「お待たせえ。……のどか?」
私達がここに入ってきたことすら気づいてない様子。たすくさんの声にも反応は無く、相変わらず手の中のものに視線を落としたまま。
私が首を捻っていると、背中にぴりっとした緊張が伝わってきた。
不思議に思って振り向けば、たすくさんが険しい表情でのどかさんを見つめていた。
こんな顔……初めて見た。
初めてって言ったって、たすくさんとの付き合いなんて、実際、知り合い程度に希薄なものだけれど。
眉根を寄せて、目を細めて、頬の筋肉は強張っているほうに見える。
怖い。
漠然とそう感じる。肉食獣や幽霊に遭遇した、というような恐怖ではなくて。そう、幼い頃、いつも優しかった父に初めて怒鳴られたときのような……よくわからない喪失感を含んだ恐怖。
「のどかっ!」
いきなり、声を荒らげるたすくさんに目を見張った。
このたすくさんの顔を例えるなら、阿修羅。阿修羅を拝んだことはない私だけれど、きっとこんな顔をしていると思う。