彼女を10日でオトします
 こちらを向いたたすくさんは、無表情にその目線を私のつま先、すね、膝、太ももと、這うように持ち上げる。コピー機の光が文字を写そうと移動しているみたいな視線だった。

 寒気がするほど冷たい眼差しに、この場から逃げだしたい衝動に駆られる。

「キョーン、ごめんねえ。ちょっとまってて、ね?」

 目が、合った瞬間、たすくさんは、にこりと笑った。
 顔の筋肉だけを動かしたような感情がまるでない笑顔といつもと変わらないおどけた口調。それが余計に恐怖を煽る。

 食いしばったはずの奥歯が、カタカタと音を立てる。それなのに、私の体は、一時停止ボタンを押したかのようにピクリとも動かなくなってしまった。

 この状況を理解しようとするほど、頭の中も固まっていく。

 たすくさんは、もう一度、頬を緩ませるとのどかさんに向き直った。

「のんちゃん……はやく、みせて?
……俺を、怒らせたいのか?」

 別人のような低い声が、食堂に響く。

「ご、ごめん……なさい」

 のどさかんは、蚊の鳴くような声で呟く。

「のんちゃん、あやまらなきゃいけないものを、みてたの?」

 たすくさんの腰の横から覗く、のどかさんの肩がビクリと上下した。

 たすくさんの手が、のどかさんの膝の上に乗せられたものを取り上げた瞬間、のどかさんの喉がなった。

 たすくさんは、それを胸の位置まで持ち上げた。微かに頭が動く。

「はは。のんちゃん、これ、いらないよね?」

 のどかさんは、何も答えない。

「いらないよね?」

 空気さえも止まってしまったかのような沈黙がこの部屋を支配した。

 この沈黙を打ち破ったのは、ガシャン、という耳障りな音だった。 

 
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