彼女を10日でオトします

 私って、こんなに諦めが良かったっけ?

 たすくさんのよくわからない鼻歌をバスのエンジン音に消されない距離で聞いていてぼんやり思う。

 いつの間にか、私の手は、後ろから包む腕を引き剥がそうとするのをやめていたことに気がつく。

 そして、信じられないくらい密着している状況を何の抵抗もなく受け入れている事に愕然とした。

 なにこんな変態の腕の中で落ち着いてるのよ、と心の中で自分に突っ込みを入れるが時すでに遅し。

 バスは高円寺駅のロータリーに止まり、最終的には『戸部たすくの片腕に抱き寄せられたまま、まったりしていた在原響子』という事実だけをバスの中に残して降りることとなった。

 私の意志とは関係なく火照った頬に、冷たい風が気持ちいい。

 雰囲気に飲み込まれた……。
 そんな自分が嫌になる。

 昨日もそう。仕方がなかったとは言え、倉庫の中でだいぶ密着するハメになった。

 それどころか、一時間の半分をたすくさんの胡坐の上で過ごしたんだったわ。

 嫌と言ってる癖に、最終的には抵抗しきれない。

 最近、口癖になったって言ってもいいくらいしょっちゅうたすくさんに投げかける『最低』って言葉。

 『最低』なのは、抵抗しきれない私の方よ。

 認めたくないけど、たすくさんの腕の中ってちょっとだけ、長さで表すとほんの1ミリくらいだけれど……なぜか居心地がいいから。

 はあ。ダメだわ。やっぱり、私って最低じゃない。
 これって、ただの言い訳だわ。
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