彼女を10日でオトします

「在原さん」と声をかけられたのは、3時限目の化学授業中のこと。

「目、コンタクトにしたの?」

 第一化学室で、六人掛けの机を囲むように座って黒板の化学式をノートにうつしていると、隣に座っていた男の子が身を寄せるようにして小声で話しかけてきた。

 名前は、ええと……うーん。
 と、とりあえず、B君で。

 こんなことって、初めてで、戸惑いながら「違うわ」と答えた。

「え? じゃあ、男避けとか?」

「男避け? ……って何かしら?」

 私の言葉に、B君はひとしきり笑って、といっても、全然嫌味な感じじゃなくって。
 頭の上に『6』が付くほど、楽しそうに。

「在原さんって、喋り方おもしれえ。
今時、そういうふうな喋り方するやつっていないでしょ」

 いや、これって、やっぱり嫌味なのかしら。

 B君は、たすくさんとも、貴兄とも違った種類の男の子で、短く刈り上げられた黒髪とこんがり焼かれた肌は、見るかに、放課後の運動場で白球をしこたま追っていそうな感じ。

「眼鏡してない在原さんって、なんつーか、可愛い? からさ。
男避けで眼鏡してましたって言われても頷けるっていうか」

「『可愛い』に疑問符がついている時点で、嫌味に聞こえるわよ」

 B君は私の顔を見て、静止した。よく見ると奥二重の目を真ん丸く見開いて。

「……ぷはっ! あははは。
在原さんって、そういうキャラだったんだ」

「キャラって何よ、キャラって――」

「高木! 在原! お前ら二人、静かにしろ!
やる気がないなら、出てっていいぞ!」

 先生の怒声が、化学室に響く。

 B君って、高木って名前だったのね、と考えていると「了解でーす」という声が隣から上がった。

 そして、高木君は、自分の教科書類を片付け始め……なぜだか、私のものまで自分の教科書の上に積み上げて、「在原さん、行こ」と私の腕を引っ張った。

 な、なぜ、私まで?





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