彼女を10日でオトします
 教室に帰ってからも、私は貴兄の言葉が離れなかった。

 23。俺の気持ちも変らない。ずっとずっと、今までも、これからも、私は貴兄の大好きな“妹”のまま。

 黒板の前の立つ先生の言葉は、耳を通り過ぎていく。

 気づいたら、放課後になっていた。ざわつく教室。

 私は、“度なし”の眼鏡をずり上げて、帰りの支度に取り掛かった。



 高円寺駅でバスを下りて、向かうのは、純情商店街。
 
 ふと空を見上げると、緋色の空に黒く影になった雲がひとつ。ぽっかりと浮かんでいた。

 離れ雲。私みたい。自分の気持ちを殺せば殺すほど、心は孤独になっていく。

「私、大丈夫だよね……」

 空を仰ぎながら、小さく呟いてぎゅっと手を握りしめた。

 よし! 勢いよく足を前に振り出して、アスファルトを蹴った。
 うん! 大丈夫!!

 「喫茶メロディ」のガラスのドアを思いっきりあける。
 カランカラン。

「お姉ちゃん、ただいま!」

 できるだけ笑顔で。

 カウンターの奥から、優しい微笑みのお姉ちゃんが顔を出す。

「おかえりー、響ちゃん、早かったわね」

 お姉ちゃんは、赤ちゃんがすくすく育つお腹に手を当てながら、歩いてきた。

「うん。そろそろ、日が落ちるから看板の電気つけるね!」

「あら、ありがとう。どうしたの? 今日はやけに元気がいいわね」

 お姉ちゃんは、愛おしそうに目を細めて私を見つめる。

「そう? お姉ちゃんこそ、なんか嬉しそうだよ。なんかあった?」 

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