彼女を10日でオトします
「はあ。取りあえず事務所いくぞ」

 ノリさんは、俺の腕をつかんで上に引っ張る。

 長時間雨ざらしだった膝が、さび付いた蝶番みたいに小さく軋んだ。
 一歩踏み出す度に、水を含むだけ含んだ靴の中が蛙の鳴きまねをする。

 ノリさんの後について、マンションのエントランスに入った。

「お前の後を追うのは簡単そうだな」

 と、なつっこい笑顔を俺に向けて、ノリさんは俺が通った床を指差す。

 確かに。
 
 人工大理石の床には、大小様々な丸い雫が直線を描いていた。

 エレベーターの中、数字が光るボタンの明るい黄緑色を見つめながらノリさんに尋ねた。

「昨日、ヒデか、かおるん、来ました?」

「ああ、薫が来た」

 ノリさんは、無感情に答えた。

「……そうですか」

「何しに来たのか訊かないのか?」

「はい。だいたい見当はつきます。
俺の行き先を聞き出してくれ、俺が来たら連絡くれってとこでしょう」

「まあな」

「俺はノリさんに行き先言わないですし、俺が来たことを口止めしてもノリさんはかおるんに連絡します」

 ノリさんは、何か言いたげな顔を前に向け、開いたドアを通り抜けた。

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