今日、彼に会いに行く
往路
眠い目をこすって起きる。
まだ寝ていたい。
特に目覚める前、幸せな夢を見ていただけに。

「でも起きなきゃ……」

冷たい水で顔を洗うと、さすがに目が覚めた。
気合いをいれるように一度、頬を叩く。

テレビを見ながらトーストを齧った。
今日、広島は晴れらしい。

「雨の方がそれらしくてよかったのに」

お出掛け日より、なんて笑っているお天気キャスターに突っ込みをいれ、立ち上がる。
片付けすませ、着替えて化粧をすれば、出掛ける準備はできあがり。

「本当に行く気?」

鏡の中の自分に問いかける。

行く気もなにも、すでに新幹線のチケットは取ってある。
行かないなんて選択肢はない……はず。

「行くって決めたのは私だし」

重い腰をあげて荷物を持ち、覚悟を決めて家を出た。


外は私の気持ちとは裏腹に快晴だった。
今日は全国的に晴れらしい。

「雨……せめて曇り……」

青空は、今日の私には眩しすぎた。
かといって雨は雨で当て付けか、とか文句を言いそうだけど。

駅に着き、お茶だけ買って新幹線に乗る。
広島まで約一時間半。
指定のシートに座り、目を閉じた。
昨晩はあまり眠れなかったし、着くまで少し休みたい。

うつらうつらしながら、彼のことを思い出した。



彼と出逢ったのはTwitterだった。

ある日、RTされてきた小説の作者が彼だった。
表面上はたんたんとした話だったけれど、その裏で焦がれるような思いを感じた。
だから素敵な話ですね、そうリプを送ったのが彼とのはじまりだった。

確か返信は、ありがとうございます、それだけ。
けれど私にはそれで十分だったのだ。

即行でフォローし、彼の小説を追った。
いま思い返すと、ちょっとストーカーみたいで気持ち悪かったかもしれない。
しかし彼は私を邪険にしなかった。

リプのやり取りをしているうちに、敬語がとれてため口になった。
DMで個人的な話もするようになった。
いつの間にか彼は素敵な小説を書く作者様から、気になる相手になっていた。

彼の些細な言葉で一喜一憂する日々。

少しでも返信が遅いと、なにかいたらないことを言ってきらわれたのではと不安になった。

そんな日々に変化が起きたのは半年前。

……彼に好きな人ができた。

よく行くカフェに最近入った、アルバイトの女の子。
DMで相談もされたし、ちゃかしてなんでもない顔をして乗った。

……心の中では嫉妬の焔に身を焦がしながら。

告白もうまくいったらいいね、とか言いながら失敗を願った。
彼の彼女になった女の子を呪いさえした。

……でも。

同時に、彼の隣は私じゃないのだとわかっていた。
わかっていたから、彼に愛される彼女が妬ましい。

一方彼は、そんな私の気持ちに気づかずに、のろけととれる話を聞かせてくる。
わざとふざけてその話を聞いている、私の気持ちなど知らずに。
その鈍感さが憎くもあり、可愛くもあった。

……そう。

鈍感な彼は可愛い。
だからこそ、嫌いになれば楽なのになれなかった。

そんな悶々とした日々を過ごす中、彼から近々、プロポーズするつもりなのだと聞かされた。
その瞬間、……彼に会いに行こう、そう思った。

会ってなにをするのかわからない。

好きだ、彼女と別れてほしいと泣いてすがるのか。

でもとにかく、彼に会おうと思った。
思い付いたその日、広島行きの新幹線のチケットを取った。
彼が広島に住んでいるのは知っていたから。
けれど細かい住所は知らない。
会いに行くことを彼に告げる気もなかった。

ただなんとなく、広島に行きさえすれば彼が見つけてくれる気がした。

「まもなく広島です」

車内アナウンスが流れ、目を開ける。
もうすぐ、彼が住む町に着く。

「やっと彼に会える」

今日、私は彼に会いに行く。
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