きみが泣いたら、愛してあげる。
09.左頬に残る熱


09.左頬に残る熱



○居酒屋・翌日仕事の後


飲んでいたビールのジョッキをテーブルに置いて、興味津々で杏花に詰め寄るユリナ。


ユリナ「そんな面白いことになってるの~!?それで、大輔はなんて?」

杏花「こっちは困ってるんだから面白がらないでよね。大輔は…」




○回想・圭のマンションの外・昨日の夜



大輔から着信のあったスマホを見て、少しためらってから電話に出る杏花。



杏花「…はい」
大輔「あ…久しぶり。急にごめん」
杏花「なに?」
大輔「…会えないかな」
杏花「…会わない、会いたくない」


スマホを耳から離して一方的に切る。慌てたような大輔の声が切れる。




○居酒屋・現在


ユリナ「なるほどね…大輔のことはもう吹っ切れたの?」

杏花「うーん、吹っ切れた…っていうか、もう大輔のこと信じてやり直したいって気持ちはないかな」

ユリナ「まあ、浮気しておいて、一人で生きていけそうなんて言っておいて、今更なんだって感じではあるよね」




モノローグ(浮気したのは大輔だ。だけど私も大輔といることに慣れすぎて、彼を大切にできていなかった。)
(大学生の頃、お互いに大好きだった気持ちは本当だ。だけどもう元通りには戻れないことを、大人になった私は知ってる。)



ユリナ「…じゃあ永瀬圭くんはどうなの?」

にっこりと、楽しそうに笑うユリナ。気まずそうに目をそらす杏花。

杏花「圭くん、は」



圭との回想・モノローグ


(このままじゃ好きになってしまうかもしれない。こんなこと思ってる時点で、もう答えはわかっているようなものだ。でも…)
(圭くんは私のどこが好きなんだろう。出会った次の日に結婚したいって言ってくるなんて、私の何を知ってるっていうんだろう。私は圭くんのこと何も知らなくて、圭くんも私のこと全然知らなくて。それでどうして、私を選んでくれるんだろう。)



ユリナ「まあ、大輔でも圭くんでも全く他の人でも、たくさん悩んで自分が幸せになれる道を選びなよ」

杏花「うん、ありがとうユリナ」



○杏花のマンションの前・帰り道

ユリナと別れて家に帰ってきた杏花は、マンションの前にいる大輔を見て驚く。


大輔「…久しぶり」
杏花「なんでいるの」
大輔「ごめん、どうしても話したくて」
杏花「私は話したくない」
杏花(付き合ってるときは、自分から会いに来たりしなかったくせに…)


大輔を無視してマンションに入ろうとする杏花に、
大輔「新しい彼氏、ずいぶん若いじゃん」
と呼び止める。その言葉に目を見張って、杏花が振り返る。


杏花「なに、見てたの?」
大輔「ちょっと前に、ふたりがアイス食べながら歩いてるの見かけて」



ちょうど通りかかった同じマンションの人が二人をちらりと見ながら部屋に入っていく。


杏花「…ここで話すと目立つから、入っていいよ」




○杏花の部屋


杏花「あの子とは、付き合ってるわけじゃないよ」

冷蔵庫からお茶を出しながら杏花が言う。ほっとしたような大輔。

大輔「そっか…なんか、久しぶりだな。杏花の部屋来るの」
杏花「大輔、仕事忙しくてなかなか会いに来なかったもんね」
大輔「杏花も忙しかっただろ」
杏花「まあそうだね」
(それでも私は、大輔に会いに来てほしかったのに…)


うまくいってた頃の回想をしながら。


大輔「杏花のカレー初めて食ったとき、美味しくて感動したなぁ」
杏花「大輔、あれからカレーばっかりリクエストしてたよね」
大輔「花火大会の日は急な雨で焦ったよな」
杏花「私、晴れ女なはずだったんだけどなぁ」


しばらく思い出話をしてから、大輔が思いつめたような表情で切り出す。



大輔「…あのさ、杏花」

杏花も、何も言わずに視線を大輔に向ける。

大輔「ごめん。ずっと謝りたかったんだ」



杏花はあの日の手をつないで会社を出てきたふたりを、「1人で生きていけそうだもんな」と言った大輔を思い出す。




大輔「杏花がいることが当たり前で、杏花の大切さがわからなくなってた。
全然頼ってくれなくて、杏花はもう冷めてるのかなって不安だった」
杏花「うん…」
大輔「だからって許されることじゃないし、傷つけたと思う。本当にごめん。
でも俺、やっぱり杏花じゃなきゃダメなんだ。もう一度、やり直したい。あの女の子とはもうすっぱり別れたから…」



頭を下げる大輔に、「やめてよ」と顔を上げさせる。



杏花「私も大輔はずっと私の隣にいるんだって、驕ってたんだと思う。
大輔の大切さも、年々薄れてた。それでも私は大輔に会いたかったし、私ばっかりじゃなくて大輔からも会いに来てほしかったよ」

大輔「ごめん」

杏花「…だけど、これからもう一度大輔のことを信じて好きになって、またあの頃みたいに大切にして、っていうのは無理だと思う」

大輔「…」

杏花「私の心にいるのは、もう大輔だけじゃないから」




少し傷ついた顔をする大輔。
まっすぐにその目を見つめる杏花。


大輔「…また会いに来る。俺は諦めないから」

帰り際、そう言って杏花の頭をポンと撫でる大輔。



モノローグ(頭を撫でる癖、変わってない。それでも…)

圭に頬を撫でられた感触を思い出して、赤くなる杏花。

モノローグ(それでも私は、頬に触れた熱い手が忘れられないなんて



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