格上上司は初恋の味をまだ知らない。
車で連れて行かれたのは写真映えしそうな洒落たイタリアンレストラン。

車を停めて、直ぐに扉を開けて待つ部長。こういう所が女慣れしてるって言うんだよね。




「ありがとうございます…」

「足元気を付けて。」




自然な手付きで腰を抱き寄せて歩く。邪な意図は全く無いように感じるけど…これが当たり前かの様に歩くものだからツッこむ隙がない。




「お待ちしておりました橘様。
こちらにどうぞ。」

「ありがとう。」




え?予約席?

初めから私と行くって決めてたわけだ。何それむかつく。


予約されたテーブル席に通され、向き合って座る。改めて正面から見ると眼鏡がない方が3割増で格好良く見える。ただのギャップ効果だけど。


「どうして眼鏡外したんですか?」




メニューから顔を上げた部長とぱちっと目が合い、黒目に私の不機嫌そうな顔が映る。

本当に可愛くない表情。こんな顔した女を惚れさせたいって強引が過ぎるんじゃないのかな。




「ん?ああ、あれ伊達。
眼鏡の方が知的に見えるだろ。」

「…………性悪。」


「こっちの方が好きなくせに。」

「自惚れるならここ以外にして下さい。」




死んでも格好良いなんて言ってやらない。そう心に誓った。

適当に何種類か注文すると、腕をテーブルの上で組んでこちらに向き直る部長。

何食べる?とか何にしたい?とか、聞かれるのは正直何でもいいところがあるので楽で助かった。


何で私、幻滅した筈の上司とここにいるんだろう。嫌いになった筈なんだけどな。嘘つきだし、軽いし、すぐ手出しするし。

大事な、ファーストキスだって…奪われたし。

あーショックだなー…とぼんやり考えていると視線の先で頬杖を突く部長。何か怒った顔してる。




「何考えてんの?」

「ファーストキスの事です。」

「…それって何年前?」


「え、昨日ですけど。」




え?なんて声を漏らして目を点にする部長。


やってしまったー。これは経験済みと思われていたパターン。言わなきゃよかったかも…。

怖くて学生時代キス出来なかったなんて恥ずかし過ぎて絶対言いたくないし追求されたくもない。


直ぐに目を逸らしたけどもう遅い。好奇心旺盛な目でにやりと笑うと「詳しく」と催促する性悪男。




「俺が初めて?」

「…だからやめてって
言ったじゃないですか。」




否定しない=イエスって事だ。


唇をすぼめて顔を背けると今度はご機嫌に「ふうん」なんて言う部長。コロコロ声色が変わる人だ。
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