格上上司は初恋の味をまだ知らない。
「じゃあ、 俺だけなんだ?」
「最初からそう言ってますけど。」
ツンツンすればする程嬉しそうに笑う部長。
男の考えって本当わけが分からないわ…。
料理が運ばれて来てからは、以前の部長のままだったらどんな話を振れば良いのか分かったのに今となっては何を話したら良いのか分からなくて、口を閉ざす。
だけど以前の部長よりも遥かに聞きたい事は沢山あって、この人に私自身興味がある事に驚いていた。
何このモヤモヤする感じ。
「部長ってどうして既婚者なんて
嘘ついていたんですか?」
「んー…俺に興味出てきた?」
「ただの質問です。
答えたくないなら別にいいですよ。」
「あはは、いじけるなよ。
俺に惚れたら教えてあげる。」
「それは一生無理です。」
結局はぐらかされたし。楽しそうにする様が余計に胸のモヤモヤを増幅させた気がした。
「沢渡は呑んでいいよ。
ちゃんと家まで送るから。」
何か…調子狂うな。急に意地悪になったり、優しくしたり、年上らしくしたり、怒ったり。コロコロ変わって私が戸惑う。
困った顔で肩を竦めると、伸びた手が私の栗色の巻き毛を梳いて指に絡める。
「え、な、何…」
「それとも俺に酔ってみる?
結構夢中にさせるの得意なんだけど。」
「お酒で結構です。」
どこまでが本気でどこからが冗談なのか、部長の考えは全く分からない。だけど、嫌味を言いながらでもこの人との食事は結構楽しかった。
殆ど一方的に攻められて断り続けるだけだったけど。
結局ワインが運ばれて来て部長に挑発されるがままに口にする。これじゃあ誘導尋問みたいだ。私がどう答えるかなんて分かってる素振りで余裕ぶって。
部長の思う壺か、2時間程経って席を立つ頃にはほろ酔いの私が出来上がっていた。
「お…っと、大丈夫か?」
「わ…私は……大丈夫です…から…」
ピンヒールの酔っ払い女が階段なんて上手に降りられる訳も無く、フラフラとしているところで部長の腕が逃さずキャッチ。
部長の胸に体を預けて、大体ここら辺で方向感覚が馬鹿になった。
朦朧とした意識の中で、顔を覗き込む彼が頻りに何か言っている事は分かっているのに視界がぐわんぐわんと回って全く聞き取れない。
「沢渡?------た----か?」
「私…帰ら…なきゃ……」
兎に角帰らないとと思って、一歩踏み出すと腕を掴んだままの部長がぼそぼそと何か呟いてその直後体がふわっと浮く。
あーお姫様抱っこってやつかーと何となく遠い意識の中で思っていたけれど、どうしても体が動かなくてされるがままに。
こんな事になるなら呑まなきゃ良かった…そう思っていてももう既に遅い。
座席に寝かされた私は、そのまま深い眠りに入ってしまった。
「酒弱いなら先に言えよ…」
そんな後悔を彼に抱かせていたとは知らずに。