格上上司は初恋の味をまだ知らない。
「…………はっ!」
デジャヴ。
食べ物の良い香りに引き寄せられるようにして目を覚ますと、白い天井に白いソファー、そこに寝ていた。
「………………!」
そうだ私…部長と……
思い出すとぞくぞくと背筋が震える。だってまだ唇にも鮮明にあの感覚が残っていたから。
唇を押さえながら体を起こすと、乱れていた筈の襟元はきっちりと閉じていて昨晩と何ら変わりがなかった事に少し安心した。
だけどーーー
キッチンに立つ部長とばっちり目が合ってしまい、警戒と、恥ずかしさと、よく分からない気持ちが入り混じってどうしようもなく逃げたくなって。
鞄を掴んでダッシュ。
「おっ!……っと、落ち着けよ。大丈夫か?」
「っ…私は大丈夫です!もう帰ります!」
チビの弱味。所詮、150センチもない私は部長の胸に激突して易々と動きを止められた。
抱きとめられた腕の中でバタバタと暴れれば暴れる程、腕の力が強くなって彼の匂いも濃く強くなる。
何回目の赤面か分からなくなる程、この人に触れられるとどうしてもあの声が、あの目が思い出されて全身が熱くなってしまう。
もう…こんな私やだ……。
「からかわないで下さい…。」
「からかってなんかない。
…けど、悪かった。やりすぎたよ。」
「…今更何ですか。今なら部長なんて
セクハラで訴えられるんですからね。」
この人の傍に居ると体を守れているのが不思議なくらいだ。
どうしようもないので腕の中でくぐもった声を出す。
「うん。だからごめん。
沢渡の反応が可愛くてやりすぎた。」
「っ…気安く可愛いなんて
言わないで下さい。」
部長なんて嫌い。大嫌いだ。