格上上司は初恋の味をまだ知らない。
『可愛い』
『その顔…ソソる』
『照れてる?』
その夜
頭の中で何度もフラッシュバックする部長の視線、声色、表情に囚われた私は殆ど眠れずに朝を迎えた。
3時間程睡眠をとって、それから今でも付き合いのある学生時代の友人、由香里からのメールの通知で目が覚める。
ざっくり言うと《今日暇だから会いたい》という趣旨の内容だった。由香里は昔から気分屋であまり会う約束をしない代わりにこうやって予定が空いた日に連絡をくれる。
恋人もいない私は大抵予定が空いているので、そんな時に彼女と会うことが月に何回かあるのだ。特に今日も予定があるわけではなかったので12時に待ち合わせの約束をして体を起こした。
「本当にあの人何なの…。」
着替える時にはたと気が付く。
キスマークが増えてる…。会議室でつけられた時にはここまでなかったのに。
それらは襟元からギリギリのところで見えない場所につけられている。あの人は見える場所にはしない。そういう人だ。きっと頸にも同じようにつけられている筈。
恋人でもないのに…好きでもないのに、キスして、抱きしめて、キスマークまでつけて。言葉を並べれば最低でしかないのにあの人を前にすると言葉が出てこなくなる。
自身に『?』と問いかけても返事は返ってこない。
「あーもう考えるのやめよう。」
このままじゃあの人の事しか考えられなくなる。
どうしてキスしたの?
どうして私なの?
他の人にも同じ事してるんでしょ?
答えて、応えて。
ーーーそう、望む前に止めないときっと止まらなくなる。あの目を見ていたら分かるの。危険だと。
万が一にもキスマークが見えないようにタートルネックのアウターを着込んでおく。丁寧に髪を巻いてメイクをして外に出ると春冷えで澄み渡った空が気持ちを晴らしていくようだった。
駅前で待ち合わせ。予定時刻になったけど相変わらず遅刻魔な由香里。連絡をすると《あと10分!》だって。由香里らしいや。
特にわざわざカフェに入って待つような時間でもないのでそのまま立って待つことにした。
人が多くなってきたな…。
チラチラと腕時計に目を向けながら周りを見渡してみるけど彼女らしい人影はない。そう、余所見をしていたその時ーーー
「わわ…っ!」
「!?」
背後からドンッとぶつかる何かに、驚いて手元のバックを落としてしまった。
「痛たた…」
「すみません!大丈夫ですか!?」
青年が私のバックを拾いながら心配そうな顔で覗き込んでくる。赤茶色の髪の毛、茶目っ気のある瞳……私、この人に見覚えがある。