格上上司は初恋の味をまだ知らない。


「あ!会社で会った美人さん!」

「!?」




彼もその事に気が付いた様子で一瞬にしてパッと表情を明るくした。うん、嫌な人ではなさそう。私にバックを手渡すとにこにこと笑いかけてくる。




「えっと…」

「2回も会えるなんて奇遇ですね!」

「え…ええ。」




朝からテンション高いな…眼鏡のあの人とは正反対って感じ。


キラキラとした笑顔を向ける青年の向こう側で、「杏ー!」と言いながら駆け寄ってくる由香里の姿が見える。

パッと彼女を一瞥した彼は変わらない様子で「また近いうちに」と言い残すと背を向けて歩いて行ってしまった。


由香里が「お待たせ」と私の前に立つ頃には姿が見えなくなっていた。




「ねえ杏一緒にいた人ってナンパ?」

「ううん、肩ぶつけられただけ。」


「ふーん…結構イケメンだったね。」

「そうかな…」




また近いうちに…って、どういう意味なんだろう。まさか新入社員だったりして。そんな偶然ないよね。

どこか引っかかったところがあったけど由香里のマシンガントークを聞いているうちに、帰る頃にはいつの間にか忘れてしまっていた。




ーーーそして週明けの月曜日

「全員集まって下さい。
新入社員が配属されたので
自己紹介をして頂きます。」




朝、席に着いた途端、凛とした''部長モード''の彼が声をかける。それと同時に姿を見せたのはーーーー




「初めまして。
本日から配属になりました白川 梓です。
趣味はSNSとスイーツ巡りです。
宜しくお願いします!」




赤茶色の彼。


キラキラとした笑顔を振りまいて結構そこら中の女子を虜にしてる。もしかしたら本当に由香里の言う通りイケメンだったのかも。

他にも何名か自己紹介をしていたけど白川君が気になってしまって他の声が全く耳に入らなかった。




「例年どおり彼等には何名か
ブラザーとして担当について貰います。
詳細については掲示板で
確認しておいて下さい。」

「「「宜しくお願いします!」」」




紹介が終わって各々が席に着く中、記憶が再生されたかの様に昨日と全く変わりない表情でパァッと目を輝かせて駆け寄ってくる白川君。

この人はチワワっぽい感じだ。何か分かんないけど尻尾が見える…。




「あぁっ!昨日の美人さん!
やっぱり経理部だったんですね!
えーっと…沢渡さん!
昨日はすみませんでした!」

「ちょっ…!声が大きい!
別に美人でも何でもないから…静かにして。」

予想以上に大きな声に部長の肩がピクッと反応した気がして、反射的に青年の肩を掴んでバッと背を向けた。




「どうしました?」

「…別に。昨日の事は気にしてないから
もう軽々しく話しかけないで。」




無意味の暴言に私自身も混乱。何故か部長に聞かれたくなくて体が反応したのだ。何だか浮気を疑われた妻みたいな気持ち。何が妻だよ。

無駄に心臓がバクバクと音を立てる。


白川君はふいっと顔を背けた私を暫く見つめていたような気がしたけれど、直ぐにブラザーのほっぴーさんの元へ駆け寄って話していた。正面なので嫌でも見える。


どうしたの私。何かがおかしい。やだ、顔熱い…。寝不足?食べ過ぎ?兎に角体も気持ちもグラグラ過ぎて最近本当に変だよ。




「沢渡さん」

「は、はい。」


「来て。」




来て!?


''部長モード''の部長がタメ口なんてかなりレアだ。それに気が付いたのは私だけではなく、数名の女性がこちらを食い入るようにして見つめていた。

部長既婚者(の設定)なのに狙ってる女子強過ぎるし怖過ぎる。




「お呼びでしょうか。」

「昨日って何?」




そして笑顔で頬杖をつく部長も怖過ぎる。
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