格上上司は初恋の味をまだ知らない。
「別に。部長にお話しする程の
事でもありませんから。」
肩がぶつかっただけなのに一々報告するなんて馬鹿らしい。
遠目から見れば''部長''は満面の笑みで、和やかに話しているように見えるだろう。実際の彼は瞳の奥まで冷め切っている。
「…………へえ。
沢渡さんは自分の立場が
よく分かっていないみたいですね。」
「部長が何を仰りたいか分かりません。」
第一に、部長に反抗的な態度をとるのは振り回されたくないからだ。
必ず主導権を握ってくる。そうなる前にこちらで対応しなければ彼の思うがままになる。
それは気に入らないのよね。私は。
「冷たいな。あんなに愛し合った仲なのに。」
「っ…誤解を生む言い掛かりはやめて下さい。
一方的に襲われただけですから。」
「ん?顔が赤いですね?どうしました?」
「っっ~~~~!」
光景を思い出して赤くなった私を見てより一層輝きを増す笑顔。 性悪過ぎてもう言葉も出ない。コロコロと喉を鳴らして笑う姿に更に注目が集まった気がする。
「部下いびりはいいですから。
もう戻っていいですか?」
「ははっ、顔が怖いなあ沢渡さんは。
そんな顔ではお客様を怯えさせますよ。
コーヒーでも淹れて出直して来い。」
「!?」
私は最後のギラついた目を見逃さなかった。
私にしか聞こえない小さな声で話している筈なのにその声には確かに静かな怒りが滲んでいて、私はその目から逃れるようにしてオフィスを出た。