格上上司は初恋の味をまだ知らない。
給湯室の扉を閉じてから溜息を漏らす。
何に怒ってるか知らないけど私より怖い顔して言わないでほしい。
「あれ、沢渡先輩お疲れですか?」
「ぅわっ!…って、なんだ。白川君か。」
ガチャッという音と共に入っていたのは噂の新入り白川梓。一瞥してすぐに背を向ける私に「なんだって何ですか~」と間抜けな声を出す。
こういう間抜けなタイプだったら部長ももう少し扱いやすかったんだけど。あんな冷淡な目で見られたら何も言えなくなってしまう。
「はぁ……」
部長と関わってから気疲ればかり。このままじゃハゲそうだ。 仕事のミスだけは出さないようにしないと。
分かりやすく項垂れる私に何を思ったのか白川君は背後で「馬鹿ですね」と口にする。
……今なんて言った?
「先輩、もしかして先週
部長とイタリアン行ってました?」
「…何の話?」
「見たんです。僕。
部長があなたにキスしてるところ。」
「…………………。」
キスなんてしてないけど。一体この人は何が言いたいの?
「酔ってるあなたに普通に
店の前でキスしてましたよ。」
「人違いよ。」
全身からぶわっと汗が出てきて嫌に緊張した。人違いと思いたいけど部長だったらやりかねない。本当にあの男は公の場で何をしてくれてるの?っていうか馬鹿って何?
動揺がバレないように必死に声を落ち着かせて背中を向け続けた。
きっと顔を見たら質問が確信に変わってしまいそうで。もしもこの後輩にそのキスがバレたとして、見える未来は女性社員からの大ブーイングだ。それだけは何としても避けたい。
「まあ、あなたがそう言うなら
そういう事にしても構いませんけど。
どこかでポロッと言っちゃいそうだな~」
「!?」
ビクッと震わせる肩にクスクスと声を漏らす白川君。
「部長さんって相当モテてるし、
スキャンダルは結構なネタになりますね~」
「…何。脅してるの?」
「いえいえ脅すなんて!そんな事しません!
ただーーーーーー
僕、年上が好きなんですよね。」
コーヒーを注ぎ終わったところで強引に腕を引かれ、力任せに壁に背中を打ち付けられる。
痛みに顔を歪める隙もなく壁に腕をつく白川君は、可愛い顔を一変させ熱を帯びた目でこちらを見つめていた。
「いった…」
「部長なんか辞めて、僕にしませんか。」