格上上司は初恋の味をまだ知らない。


「っ…、」

「黙ってるってことは
了承って事でいいかな?」




絡め取られる視線。もうこの目と目が合ってしまえば逃れられない。それを誰よりも身を以て知っていた筈なのに捕まる私の愚かさと言ったら。

諦めにも近い感情と、迷いと、今にも破裂しそうな胸。ぐちゃぐちゃだ。


結局私は質問に答えられないもの。




「…好きにしたらいいじゃないですか。
嫌って言ってもするんでしょ。」

「…ああ、よく分かってるね。」




そのまま腰を抱えてひょいっと私をテーブルに座らせた部長は、今までで1番丁寧に優しいキスをした。

襲いかかるようなキスじゃない。まるで私の気持ちを探るかの様に、角度を変えながら、小さなキスを降らせる。


嫌味を言いながらも受け止めてしまっている私はもう手遅れなのかもしれない。いや、でも、ファーストキスだったから惑わされてるだけかも。

どちらにしても屈辱的な事には変わりない。舌を噛み切りたい気持ちに駆られたけど、そんな余裕、そもそも私にはなかった。

「こんな時によそ見?」と囁きながらキスを深める彼に、しがみ付くことで精一杯なのだ。ああもうだめ。腰が抜ける。




「こんな色っぽい顔
白川が見たらどう思うだろうな?」

「見せませんから。」




こんな事、1人でもキャパオーバーなのに2人もされちゃあたまったもんじゃない。

ピリリリリ♪

「「!」」




部長の携帯が鳴ってハッとさせられる。体の力が抜けてしまっている私に目を細めた彼は「少し待ってろ」と言い残すとオフィスを出て行った。




あー!!!!!!!!もう!!何してるんだろ私!!結局振り回されてるじゃん!!!!!!


テーブルからずるずると滑り落ちるようにして床に足を下ろす。取り敢えず落ち着きを取り戻そうとコーヒーを含んでみたけど冷めていたのですぐにやめた。

振り回されているというか、流されたというか、した後に後悔する事は分かっているのにそれでも言いなりになってしまうあたり…重症だな…。


ふらふらと自席に戻って数日前の事を思い出す。好きです、なんて直球で告白されたのは数年ぶりかもしれない。あんな真っ直ぐな目を持つ人あまりいないけど…白川君は、何か違うんだよな。

告白されて好きになれればいいけどそれが出来ないから今も独身なんだ。選り好み過ぎなんだろう。よく由香里にも怒られた。




「沢渡。
もう遅いから送る。荷物纏めて。」




戻ってきた部長がジャケットを羽織りながら声をかける。




「え、まだ私仕事が…」

「お前が人一倍努力してお客のために
残業をしてるのも知ってる。
だけど女1人での夜道は危険だろう。
あまり遅くまで残るな。」


「はい……。」




やっぱり部長はずるい。

急に年上らしくしたり、急に意地悪になってみせたりするもの。私が子供みたいじゃないか。


正論にぐうの音も出ない私は、素直にパソコンの電源を消して彼の言う通りにすることにした。静まり返る車内で徐ろに口を開く部長。




「白川にキスされた時、何か言われたか?」

「そういえば告白されました。」

「ぶっっ!」




飲んでいたミネラルウォーターを豪快に吹き出す部長。汚い。

目を見開いてこちらを見てくるあたり相当驚いているようだ。

さらっと口にしてしまったけどこういう事って他の人には言わない方が良かった?でも白川君も部長にキスしたこと(多分)言ってたしお互い様よね。




「へえ…白川も物好きだな。返事は?」

「物好きってどういう意味ですか。
……部長には教えません。」




ああもうカッチーンときた!見た目通り私は子供っぽいけど好きになってくれる人だっているのに!


イライラして窓の外を眺めるともう家の側まで近づいていた。エントランス前に車を止めると半ば強引に私の頭を掴んで目を合わせてくる部長。




「何ですか。」

「白川はやめておけ。」




暗い車内、殆ど音がない世界で真っ直ぐな目と声が私を揺さぶる。




「ご指摘ありがとうございます。」

「…そうじゃなくて、
あいつは遊びだから
やめとけって言ってんの。」


「部長こそ私で遊んでるじゃないですか。

送って頂いてありがとうございました。」


「沢渡、」




何か言いかけていたけどもう聞きたくなくて、彼の腕を振り解いて車を出た。

部長がどんな顔をしていたかなんて、知ろうともせずに。
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