格上上司は初恋の味をまだ知らない。
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それから数週間後、あっという間に訪れた社員旅行当日。部長とは何となくギクシャクしたままここまできてしまった。
駅前に集合という事で早めに来たものの急ぎ過ぎて他部署の人しかいない。そわそわしていると、暫くして肩を叩く手。
「せーんぱい」
「何。白川梓。」
茶目っ気たっぷりに笑顔を振りまいて尻尾を振る白川君。告白されてからというものの何かと話しかけてきたり、すかさず甘い言葉をぶつけてくる。
容赦無い攻撃に若干呆れつつも、好かれて悪い気持ちにはならないので受け止めてしまっている今日この頃。
「相変わらず早いですね!…っていうか、
そのフルネームで呼ぶのやめて下さい。
距離感があるっていうか…梓でいいです!」
「じゃあ、梓。」
「っ~~!反則…」
何だこの犬…あ、間違った。人間。
名前を呼んだだけでよく分からない方向に体をくねらせて身悶える姿に、本当に私の事が好きなんだなーとは思ったけどやっぱりドキッとはしなかった。
騒がしい女子の群れが近づいてきて何事かと思えば、その中心に私服姿の部長が立っていた。細身のジーンズと服の下の筋肉を薄手のニットが際立たせている。
スーツをピシッときめている日頃からするとレア過ぎる姿。
ハートを目にして群がる女子達の中でそんな部長と一瞬目が合った。けどすぐに私から逸らした。
隣にいた白川が咳払いをする。