格上上司は初恋の味をまだ知らない。


その後


いくら衝撃的な事が起こったとしても仕事は残っている。

デスクに戻った私は、取引先に提出する極めて重要な企画書を入力している間も「アレは何だったのか」ひたすらに考えていた。

だけど考えれば考える程分からなくなる。今まで接していた優しい部長は全て嘘だったんだから。




「杏ちゃん、何難しい顔してんの?」

「あ、ほっぴーさん。」


「ずっと眉間にシワ寄せてたら跡になるよ。」

「ほっぴーさんより
まだ幾らか若いので平気です。」


「ひどっ!俺だってまだピチピチだから!!」




ほっぴーさんと話しながらも平静を装う私。


ほっぴーさんはお酒のホッピーが大好きなことからあだ名になったらしい。

何年も先輩だけど軽口を叩けるような気さくな人だ。30代前半の見た目。年齢は知らない。


ほっぴーさんは上長に挨拶に行った後、にこにこしながらこちらに向かって来る。これは絶対あれだ。毎回恒例の……




「杏ちゃんそろそろ呑みにいこうや~!
後輩と呑みたいおっさん焦らしてどうする!
今日行こ!今日!」




毎日毎日、懲りずにしてくる呑みのお誘い…。

「皆で行こ!な?
おじさんのワガママ聞いてよ~」

「もう、今日も行きませんよ?
仕事が残ってますから。」




ほっぴーさんはきっと、私と皆がもっと打ち解けられるようにって誘ってくれてると思うんだけど、私としては呑みに行くより仕事をしている方が楽しい。

それに、確実に120%その中には部長がいる筈だ。

本当は同じフロアに居ることすら嫌なのに呑みに行くなんて発作が出そう。




「そんな君は妻子持ちだけど
夜遊びが許されるんだな?」

「へっ?あ、部長。」


「……お疲れ様です。」




話を聞いていた様子で眼鏡をクイッと上げながら私達の間に立つ部長。

この人が近づくと周りの女子が無駄に注目するから嫌だ。明らかに仕事中には無い騒めきが周りから聞こえる。




「も~部長知ってるじゃないですか!
俺の奥さんはママしてるから遠慮なーし!
子供もちゃんと預けてるし!」

「ああ、そうでしたね。
じゃあ、予約は平田君に任せようかな。」


「っしゃあ!じゃあじゃあ!
杏ちゃんもコバも高橋も強制参加で!
部長は残業しないでくださいよー?」

「はっ、誰に向かって言っているんですか?」


「(うっ…)」




私は、そう言って立ち去る部長の背中に向けられる先輩方の熱い視線で胸焼けしそうだった。


…っていうか、私、強制参加!?!?
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