格上上司は初恋の味をまだ知らない。
ー業後ー
「杏ちゃん杏ちゃん!
俺1回煙草行ってくるから先降りてて!
多分部長ちょい遅くなるから
30分後くらいで丁度いいと思うで!」
「あ、はい。」
ほっぴーさんはそう言って足早に廊下の先へ消えていった。
この調子だと皆さん揃ってしまって逃げられそうにない。
そんなに時間に余裕があるなら化粧直しくらいしてくれば良かったけど残念ながらもうエレベーター前だ。
諦めてエントランスホールへ。ホテルのエントランスばりに広い受付は人を待つには丁度いいソファーがある。
腰を下ろして待っていると暫くして部長が1人で降りてきた。
「お疲れ様、沢渡さん。
平田君はまだのようですね。」
いつものスーツ姿に濃いめのブラウンのジャケット。少ししか変化はないのにスーツ以外の姿は何だか見慣れなくて新鮮だった。
今更になって普段通りに振る舞う姿に反吐が出そう。
「今更普段通りにしないで下さい。」
「はっ、そんなに今朝の続きがしたいのか?」
「っ…違います!!」
「声が大きい。」
耳に指を入れて煩いアピールの部長。こんな…こんなこと、橘部長は絶対言わないのに!!
頭に血がのぼる。ずっと私は''いつもの部長''が好きで、仕事に対する姿勢も尊敬していたからこそショックが大きい。
こちらがいくら睨んでも当人は気にもしない様子で背を向けて歩いて行く。
もうどうでもよくなった私は、部長を追い越して会社を出て反対方向へ歩き出した。
するとーーーーーー
「どこに行くつもりだ。」
「帰ります。」
パシッと腕を掴んで足を止める部長。
あの時捩じ伏せられた手首は赤い手形が残っていた。もう一度同じ事をされたら今度は痣になるかもしれない。
「痛いです。」
「君が怒る理由が分からないな。
そんなに今の俺がショックだったか?」
「…別に、ショックなんかじゃありません。
ただ、あなたへの尊敬が殺がれただけ。
離して下さい。」
今なら目を見て言える。きっと今の私は泣き出しそうな顔をしている。
悲しくて仕方がないといった顔だ。部長が疑うのも可笑しくない。だって本当に悲しいんだもの。
そんな私を見て苛だたしそうに眉間に皺を寄せる部長。自分から引き留めておいてその顔はないだろう。私だってしたくてしている訳じゃない。
「本当に君って女は苛々するな。
俺の事が好きだったなら好きだったで
素直にそう言えよ。」
「好きじゃありません。
尊敬していたと言ったでしょう。
もういいから離して下さい。」
「嫌だ。」
「はあ?」
「えっ…ちょ、離して!!」
ぐいぐいと引っ張って連れて行かれたのは社員専用の駐車場。振り解けないし、離れない。どれだけ引っ張ってもビクともしない。
私の声が聞こえていないのか、高級車の前で足を止めた部長は扉を開けるとそのまま押し切る形で後部座席に私を押し倒す。
「もう…っ何するんですか!」
覆い被さるようにして私を見下ろす男。
カッとなって怒りに任せて睨みつけたは良いが顔の距離があまりにも近過ぎて怯んでしまう。
どちらが蛇でどちらが蛙か、流石に私でも分かる。
だけどこのまま相手の勢いに押されて目を先に逸らせば負けた事になってしまう。それだけは、絶対に嫌。
その怒りに満ちた目をじっと見つめ返すと、それからやっと口を開く部長。
「どうして泣く?」
「っ…泣いてなんかいません!!!!」
泣いてなんかない。そう言い切ってから頬を伝う涙に気付いてしまった。嫌だ。こんな姿この人には1番見られたくないのに。
「目にゴミが入っただけです。
この体勢キツいので離れてもらえますか?」
「…気に入らないな。」
「はい?」
ずっと険しい顔をしているくせに涙を拭う指先は信じられないくらい優しい。
この人が何を考えているのか、今は全く分からない。
「杏ちゃん杏ちゃん!
俺1回煙草行ってくるから先降りてて!
多分部長ちょい遅くなるから
30分後くらいで丁度いいと思うで!」
「あ、はい。」
ほっぴーさんはそう言って足早に廊下の先へ消えていった。
この調子だと皆さん揃ってしまって逃げられそうにない。
そんなに時間に余裕があるなら化粧直しくらいしてくれば良かったけど残念ながらもうエレベーター前だ。
諦めてエントランスホールへ。ホテルのエントランスばりに広い受付は人を待つには丁度いいソファーがある。
腰を下ろして待っていると暫くして部長が1人で降りてきた。
「お疲れ様、沢渡さん。
平田君はまだのようですね。」
いつものスーツ姿に濃いめのブラウンのジャケット。少ししか変化はないのにスーツ以外の姿は何だか見慣れなくて新鮮だった。
今更になって普段通りに振る舞う姿に反吐が出そう。
「今更普段通りにしないで下さい。」
「はっ、そんなに今朝の続きがしたいのか?」
「っ…違います!!」
「声が大きい。」
耳に指を入れて煩いアピールの部長。こんな…こんなこと、橘部長は絶対言わないのに!!
頭に血がのぼる。ずっと私は''いつもの部長''が好きで、仕事に対する姿勢も尊敬していたからこそショックが大きい。
こちらがいくら睨んでも当人は気にもしない様子で背を向けて歩いて行く。
もうどうでもよくなった私は、部長を追い越して会社を出て反対方向へ歩き出した。
するとーーーーーー
「どこに行くつもりだ。」
「帰ります。」
パシッと腕を掴んで足を止める部長。
あの時捩じ伏せられた手首は赤い手形が残っていた。もう一度同じ事をされたら今度は痣になるかもしれない。
「痛いです。」
「君が怒る理由が分からないな。
そんなに今の俺がショックだったか?」
「…別に、ショックなんかじゃありません。
ただ、あなたへの尊敬が殺がれただけ。
離して下さい。」
今なら目を見て言える。きっと今の私は泣き出しそうな顔をしている。
悲しくて仕方がないといった顔だ。部長が疑うのも可笑しくない。だって本当に悲しいんだもの。
そんな私を見て苛だたしそうに眉間に皺を寄せる部長。自分から引き留めておいてその顔はないだろう。私だってしたくてしている訳じゃない。
「本当に君って女は苛々するな。
俺の事が好きだったなら好きだったで
素直にそう言えよ。」
「好きじゃありません。
尊敬していたと言ったでしょう。
もういいから離して下さい。」
「嫌だ。」
「はあ?」
「えっ…ちょ、離して!!」
ぐいぐいと引っ張って連れて行かれたのは社員専用の駐車場。振り解けないし、離れない。どれだけ引っ張ってもビクともしない。
私の声が聞こえていないのか、高級車の前で足を止めた部長は扉を開けるとそのまま押し切る形で後部座席に私を押し倒す。
「もう…っ何するんですか!」
覆い被さるようにして私を見下ろす男。
カッとなって怒りに任せて睨みつけたは良いが顔の距離があまりにも近過ぎて怯んでしまう。
どちらが蛇でどちらが蛙か、流石に私でも分かる。
だけどこのまま相手の勢いに押されて目を先に逸らせば負けた事になってしまう。それだけは、絶対に嫌。
その怒りに満ちた目をじっと見つめ返すと、それからやっと口を開く部長。
「どうして泣く?」
「っ…泣いてなんかいません!!!!」
泣いてなんかない。そう言い切ってから頬を伝う涙に気付いてしまった。嫌だ。こんな姿この人には1番見られたくないのに。
「目にゴミが入っただけです。
この体勢キツいので離れてもらえますか?」
「…気に入らないな。」
「はい?」
ずっと険しい顔をしているくせに涙を拭う指先は信じられないくらい優しい。
この人が何を考えているのか、今は全く分からない。