格上上司は初恋の味をまだ知らない。
「あの、すみません。」
「はい?」
振り返ると、少し赤茶の髪色をしたスーツ姿の男性が幼さの残る人懐こそうな笑顔をして立っていた。
リクルートスーツだ。新卒か中途入社か、どちらにせよ見た目からして明らかに年下。
「これ、落としましたよ。」
「すみません。ありがとうございます。」
彼が拾った資料は先日注文依頼したばかりのフラワーデザイナーの連絡先だった。危ない危ない…これがないと話が進まないところだった。
横髪を耳にかけ直して軽く会釈してからその場を離れる。お客様が来店してからはとんとんとんとあっという間に時間が過ぎた。
15時を回ってからやっと打ち合わせが終わり、書類作成や報告書、ネットでの他社依頼などを行うためにオフィスフロアへ。
扉を開いて直ぐに甲高い女性の声が耳に入り込んでくる。
「え~!部長すごいですぅ~!」
「(何…?)」
入口で立ち止まったままパッと目を向けると、部長席の前で体をくねらせて媚びを売る見慣れない女性と満面の笑みで話す部長。
もしかしたら他の部署の人かもしれない。
どうでもいい筈なのにどうしようもなくイラッとして無言で席に着く。
何故か今の私は部長の声も、あの女性の声も聞きたくなくて、耳を塞ぐようにしてキーボードをひたすら叩いた。