格上上司は初恋の味をまだ知らない。
気が付けば黄昏時。
17時の定時を過ぎてからは次々と人がいなくなり18時を回ると完全に1人になった。
私がついつい盛り上がってしまったのが悪かったんだけど、予想以上にお客様との打ち合わせが長くなってしまって事務処理が全く終わってない。
「はー…」
報告書を作って依頼先にメールを飛ばして、マネープランの見直しとお客様に頼まれた衣装探し…
本当はここまでしなくてもいいんだけど、頼りにされるとどうしても断れなくて結局引き受けてしまう。
お願いに弱いところ私のダメなところ…。
まあ、家で待ってくれている人もいないし帰っても1人だし、誰に文句言われるわけでもないから週に何回かはこうやって1人で残ることがある。
「もうこんな時間か…」
最後のEnterを押したところで時計を見るともうすぐ20時。夜は家が近いから大丈夫って問題じゃないし、もうそろそろ帰らなきゃ。
パッとパソコンから顔を上げるとーーーー
「あ、終わった?」
「ひゃっ!!」
正面の机に部長が座っていた。
コーヒーを飲みながらにこっと微笑む異様な様に一瞬言葉を失う。
何でこの人ここにいるの…もう就業時間5時間も過ぎてるんですけど。
「ははっ、何でここにいるのって顔だな。」
「…もう20時ですよ?何してるんですか?」
「ああ、沢渡と晩御飯行こうと思って。」
しかも、いつもしている筈の眼鏡をしてない。そのせいか別人に見えてしまって変に見た目の良い人だから無駄にドキッとする。
そういえば『絶対俺を好きになる』ーーーなんて言ってたっけ。
やだ、笑えない。
「約束してました?」
「してないから迎えに来たんだけど?」
「…お誘いは嬉しいのですが、
これから予定があるので今日は帰ります。」
「…は?」
部長の本性を知って心から笑えたのは今が初めてかもしれない。一瞬にっこりと微笑んでからパソコンの電源を落とす。
部長はそんな私に呆然とした趣きで、言葉がまだ理解できていない様。そんなに難しい事言っていないんだけどな。
鞄を肩に掛けて扉まで踏み出したその時、
カツカツと部長の足音が重なる。
「…本当に面白いな、君。」
ダンッ…!