Love Eater Ⅲ
見上げれば実に美しい星空の下。
夜風も心地よい温度と柔らかさで二人の傍を吹き抜けているのだが、少年にはそれらを感じ取る余裕はないらしい。
今であるなら女がどんな顔立ちであるかも明確であるのに。
視線を合わせようとしない少年の視線はナイフの切っ先に集中し微動だにしない。
まるで怒られるのを警戒し構えているようにも見える少年の頑なな姿は実に普通の子供らしい。
少しでも動いたら、声を発したら今の行為を咎められてしまうのではないか。
今度こそ憤慨され、暴行され、冷たい言葉と冷たい眼差しを残し捨て置かれるのではないか。
そんな不安が少年の内側で犇めき合い硬直してしまっていた中。
「……何故、……刺さなかったの?」
不意にすぐ上から落とされる静かなる声音の問いかけ。
決してその声に遺憾を覚えたわけじゃない。
問い詰めるような口調でもない。
それでも今の少年の心情には全てが自分を追い込むようなものに感じてしまうのだ。
それでも、
「…………刺されたら………痛いから」
「………そうね、刺されたら痛いわ」
たどたどしくもそんな返答を響かせ逃げようとはしないのだ。
そうして、一言弾いてしまえば己でかけた金縛りも緩むらしく。
「………それに……お前…何もしてない」
「………」
「何もしてないのに痛いことするなんて……あいつらとおんなじ…だなって……」
この女に理由なく害を為すということは自分が疎ましいと思っていた人間達と同じところに堕ちることになる。
幼い少年がそこまで複雑な結論を抱いたわけではないが、自分がされて嫌だった事を、そんなことをする側にはなりたくない。
そんな意志が強烈に芽生えて自分の行動を制御したのだ。