Love Eater Ⅲ



「時雨、どこへ行く」

再三、焦るでもない物静かな百夜の呼びかけが時雨の姿を引き止め、それには無言で遠ざかっていた時雨も静かに歩みを止めてみせた。

そして、

「……さあ。…ただ、ここにも僕の夜音はいない」

そんな覇気のない声音を響かせるなり、次の瞬間にはその姿は闇夜に溶ける様に消えてしまったのだ。

その途端、パチンと何かが弾ける感覚と変に新鮮身を覚える空気と。

景観は今までのまま中庭の緑の中であるのに、見えない壁が取り払われた様により様々な気配を感じられるようになったのだ。

「やはり、結界を張っておったか、」

これだけ未登録の魔力を様々に発動し、銃声まで響いた惨状であったのに、誰一人この場所にかけつける様子はない。

薄々こういう事だろうと気がついていたために百夜が驚嘆の声を漏らす事はないが、それでも、結界がとけた瞬間に張り詰めていた糸が切れたのは確か。

そう、切れてしまった。

良くも悪くも。

切れてしまえば今まで押さえ込んでいた様々な感情が一気に込み上げ、何もかも手遅れで成す術の無い現状に打ちのめされる。

己の無力さに打ちひしがれ、刻一刻と近づく更なる絶望に、出来るのは土に爪を立てながら唇を噛み締め懺悔の一言を弾くことばかり。

「っ……すまぬ」…と。

それは、花鳥に対して。

六花に対して。

ソルトに対して。

何も出来ず何も防げずただ最悪なる事態しか招く事は出来なかった。

花鳥が残してくれた救済の呪いにさえ既に希望はない。

ただ唯一の存在は既に血に染まり没しているのだから。

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