異国と神の子
始終「異国と神の子第一章」
僕が、最近の話で興味を持ったのは、とある異邦人についての話だ。
髪の毛も、目も黒くて。
聞いたこともない言葉をしゃべる、小さな島国から来た異邦人。
今は普通の格好をしているけど、来たばかりの頃は、赤い民族衣装とおぼしきものを着ていたそうだ。
おまけに長い刃物を腰に付けていて、その長い髪がひとつ、風に揺れれば.。
命失いし者も再び散ることとなる、らしい。
奇妙で近寄り難いものの、どうやら僕達に敵意はないらしく、
ああいった化け物の駆除に協力してくれるので、悪く思うこともない。
一度だけでもいいから会ってみたい。
僕がこう思うのを知っているから、他の人達は僕が聞こえないように、この異邦人の話をしていたが、残念ながら、僕は地獄耳というやつなのだ。
他の一般の人は会えているのに。
なのに、僕はこの大きな壁の向こうに行くことすらできない。
僕が神の子で、崇められているというのなら、少しは僕の言う事も
聞き入れてはくれないだろうか。
このまま、つまらない勘違いをされたまま、人生を終わりたくはない。
このまま、何の楽しみもないまま、
子供から、汚れた大人に変わっていくなんて。
そんな状況が打ち砕かれたのは、今晩のことだった。
つんざくような声で僕は起こされた。
急ぐ、足音。
何かが、割れるような音が遠くでしたあと、その足音が近づいてくるのを感じた。
それから、女性の使用人の声。
「化け物...!あ、ああ!あいつが...。」
あいつらがくる...!!!!
そう叫んでいることからして、お前が化け物だと言ってやりたくなるぐらいだが、僕も、おちおち寝てはいられない。
地面が揺れる。
このまま、僕のことを誰も護ってくれないなら。
「死ぬ?」
寝ぼけたような声を出した。
逃げなくては。
でも、何処に?
僕は、呆然としている。
「アトルモーラ様。」
やけに、落ち着いた声。
「何が起きている。」
見ずとも、この屋敷で一番年老いた使用人だとわかった。
「化け物が浸入しました。逃げましょう。」
そう、要点だけを伝えられて、手を引かれる。
「待て。何処へ逃げるというんだ。」
「私が御守りします。」
無理だと。
僕はそう言った。
「貴方様が助かれば全て良いのです。」
青ざめた顔がそこにある。
「本当に?」
無理だ。
あ、。
何かが、飛んできた。
「ハイン!」
その名前を口にしたところで、それが助かる訳がなく。
気づけば、使用人は倒れていた。
それを見て、何かを思うより先に、狂った笑い声が聞こえた。
「みつけたみつけたみつけたみつけたみつけた!!!ハハハハハハハハハ!」
よく見ると飛んできたのは小さな人だった。
いや、もう人でもないのか。
ひとがたの何か。
鎌を持ち、
女の子のカタチをした、化け物。
「ちょうだい。その血。その魂。そうすれば私はもう、痛い思いしなくて済むの。ねえ、お願い。」
目には涙を浮かべて訴えた後、その子はまた笑い出した。
そんなに、嬉しいのか。
そんなに、楽しいのか。
そんなに、苦しかったのか。
ならば、こんな命はくれてやってもいい。
こんな、いのちは。
もう、光る鎌の刃先が見える。
うれしいうれしいうれしいうれしいうれしいうれしいうれしいうれしいうれしいうれしいうれしいうれしいうれしいうれしいうれしいうれしいうれしいうれしいうれしいうれしいうれしいうれしいうれしい....!...。
咄嗟に、叫んでいた。
「あ、あああああああああああああああああああああ!!!!」
僕は、そうだ。
後悔ってものがあったから、まだ生きることが出来ると思っていたから。
拒絶した。
夢ならいい。
幻覚であって欲しい。
これが、生まれて、自分勝手に生きた僕への罰だとしたら。
僕は、神の子なんかじゃない。
「どうして...、どうして。」
ガシャン。
落としたような音。
え、....。
僕は、思わず目を見開いた。
「ご、めんなさい。ごめんなさいごめんなさい。」
今の彼女は人間だ。
泣いている。
「くるしかったから。ただ、笑いたかっただけなの。」
泣いて、笑っていた。
こんな表情をまた、どこかで見ることになるのか。
いや、もう見たことがあるのか。
わからない。
向こう側では、何かとても悲しくて苦しいことが起こっている。
そんな中、何かが断ち切れた音がした。
目の前の女の子が、音を立てて倒れた。
それで、充分だった。
「ごめんな。お前が、こいつを手にかけるのを躊躇ったのは知っているけど、それでも俺はこうしなくちゃいけなかったんだよな。」
違和感のある声音が聞こえた。
見上げた先には純血でそのまま染め上げたような、幅広な衣服。
腹には色褪せたような緑色の布が巻かれていて、その左側には黒く、長い筒のようなものが刺さっていた。
これは、恐らく今その人物の手にもっている見慣れない武器をしまっておくための鞘だ。
僕がそうやって冷静に観察ができたのは、特徴的な長い黒髪と、同じく黒い瞳にじっと見つめられたからだ。
「お前が、この国の王だとするならば、また随分と落とされたものだな。」
今は、さほど違和感のない声だ。
先程は、きっと異国の言葉を話していたんだと思う。
この人か。
僕が、唯一昼間まで興味を持っていた異邦人というのは。
「俺は、柘榴。名字は訊くな。ないから。」
気だるそうに、柘榴は自己紹介した。
「ほら、いくぞアトル。ボーっとしてないで。」
柘榴はさっさと歩いて行ってしまった。
後を追いかけようとして、振り返る。
もう女の子は生きていないだろう。
それでもその子は笑っていた。
これでもう、苦しくないわと安心しているようだ。
「可哀想、と思うのか。」
見かねて立ち止まった柘榴はそう問うた。
僕は静かに頷いた。
「なら、この子の為にも逃げておけば良かったんだ、お前は。」
逃げても、この子は助かるわけがない。
当然のことを思う。
だけど、変だ。
そんなに変わってしまうこの国は、おかしい。
「お前は知らなかったかもしれないが。」
悟ったように、柘榴は重い声を出した。
「戦争が、終わったんだ。」
冷静になった頭にその印象的な単語が鳴り響いた。
「せめて、臆病者ならば、心を捨てていたならばこんなことにはならなかったのにな。」
きっと。
気付いてしまったんだろう。
今まで自分達が、希望を抱き、護り続けてきた世界は。
こんなものだったんだ、と。
そんなことを、振り払うように柘榴は言った。
「さ、行こうぜ。俺から離れたら、死ぬぞ。」
外に、出た。
柘榴は本当に強い。
事は少し治まっていたので、動いている数は少なかったが、
それを、流れるように倒していた。
それに、途中には、死体が床を埋め尽くしていた。
これは全部、きっと柘榴がやったのだろう。
知らなかった。
外ではこんなに冷たい風が吹いていたんだ。
その風で、柘榴の黒髪が揺れている。
「これから、お前はどうするんだ。」
柘榴が遠くを見つめながら訊いてきた。
そこには、絶壁があってそれに穴が開いていた。
「分からないよ。これから、僕はどうすればいいんだろう。」
ただ、今では一人ぼっちで、悲しみに暮れている時間などない。
それはわかっている。
でも、分からない。
これから、僕はどうやって生きていけばいい――――?
「助けてくれる人なんて、誰もいないんだぜ。」
わざと低くされた声には感情は何もこもっていない。
「うん。」
なぜなら、今までがそうだったから。
助けられて、護られてばかりだったからだ。
だから、今になって味方などできるわけはない。
「何が、うん、だよ。お前一人で何ができるって言うんだ。
馬鹿だな、お前。」
柘榴は苦笑していた。
変わった顔立ちで僕を見下ろしていた。
「助けてくれる奴が居ないんだったら、今から作ればいい。
人が生きる為に人を利用するのは当然の事だぜ。それに、躊躇いも遠慮も要らないのさ。」
...少しだけ。
光が見えた気がした。
「助けて、くれるの?」
目をいっぱいに開けて訊いた。
「ああ、お前がそう望むならな。その代わりの見返りは、あまり欲しいと思わないけど。面白ければそれでいい。」
この人が何を思おうが。
何があるとしても、今はこの口約束にすがるしかない。
見返りは欲しくないのは嘘だとしても。
僕は、柘榴を僕の為に利用しなくてはいけない。
「うん、助けて。」
少し強い風が吹いた。
夜明けも、始まっていた。
「じゃ、決まりだな。」
柘榴が少し優しく笑ってくれていた。
まだ、その一日は始まったばかりだから。
僕は、少しだけ空を見上げて良いと思っていた。
「どうした。いつも見てきた空じゃないから珍しいのか。」
僕は首を縦に振った。
「そもそも、僕はちゃんと空を眺めた事なんてないよ。外にも出ようとしなかったから。」
確かにな、と柘榴は手で空を仰いだ。
鳥が、飛んでいる。
灰色か、白色の鳥だ。
「分かるさ。何故ならもう、お前は生きている意味を確立させられていたからだ。だから空を見て、俺みたいに考え事をしながら旅をする必要はないのさ。」
それは、もう現在形ではない。
正確にいえば、その必要はなかった。
今は、その必要がなかったものを探し、唯一の暗がりから明るくするための手段として使っていく。
僕にはこれから常にその「意味」という単語がつきまとう事となる。
「柘榴は何の為に生きているか考えた事はある?」
「あるさ。でも、今思うことは、別にそんなもの探さなくても生きれるってコトさ。ある程度動けて、働けて、面白いと思えればそれでいいんじゃないかってな。だから、お前を助けるのは、少し面白いコトに出会えるんじゃないかっていう期待と、少しだけ人間じみた気持ちだけ。」
僕には分かるような気もしたけど、きっとまだ何も分かっていないんだろう。
此処が、矛盾していて、純粋ではないこと。
知っているけど、本当に実感したことなど無いし、今までそのことについて考えたことなどあまりない。
「金も、物も、人も。ある程度あればいい。富も権力もありすぎればそれだけ欠落していくってこと。俺の郷里(おや)も、そんなことを求め過ぎたからおかしくなっちまったんだろうな。」
柘榴は目線をすうっと下に下げた。
「僕も、同じなのかな。」
「お前の場合は、求めるものはなかっただろ。なのに国家を背負うっていう重大な意味を最初から与えられて育った。
甘え過ぎた訳でも、欲情を使いすぎた訳でもないのに。それは、多分だけど、お前は堕ちて終わったわけじゃなくて、まだ始まったばかりなんじゃないか。もしくは、終わった後、また新しく始まったかだ。」
ただ、と柘榴は僕の方を向いた。
「俺が言いたいのは、どちらでもいいってこと。まず前提として、お前は俺に助けられて生きてるわけで。またこれからでもやり直しが効くように俺を
利用する。それだけの話。何を探すわけでも、何を求めるわけでもなく、だ。」
「そうかな。」
「そうさ。結局は何も出来やしないのさ。人生なんてものはな。」
まるで、物語の登場人物が悲劇を受け入れているような、いや。
諦めきったような。
そんな風にサバサバと、まるで刀で人を斬るかのように、言葉で空を切った。
どうしてだろう。
始まったばかりなのに、もう結末はみえていて、終わってしまった後のような静けさが広がっている。
「幻覚、だよね。」
自分を取り戻せるように願い、そうつぶやいた。
「どうだかな。」
新しい発見でもしたのだろうか。
柘榴は面白そうにケラケラと笑った。
「久しぶりだよ。異国に来て話が通じそうな奴見つけたの。」
愉快だなと、柘榴は満足そうに笑っている。
「ほら、見ろよ。意味なんて無いのに、命は必死に生きてるんだ。」
花が咲いていた。
花弁が黄色い。
それを見たら、僕も少し、人間に生まれたかったという気持ちになった。
同時に、ここに生まれるしかないんだろうと思った。
僕は一度だけ考えたことがある。
完全な世界とは何か。
完全な幸せとは何なのか。
もし、それが出来ないのならば、一番それに近い存在になるためにはどうすれば良いのか。
正解は分からない。
無い、というのが自然かもしれない。
それでも、始まりは過ぎて、もうすぐ終わりを迎えるのだとしても。
この物語が終わることなどないのだろう。
結末は見えているのに。
そんな面倒くさいこの場所で。
僕と柘榴は旅路を探しているのだった。
髪の毛も、目も黒くて。
聞いたこともない言葉をしゃべる、小さな島国から来た異邦人。
今は普通の格好をしているけど、来たばかりの頃は、赤い民族衣装とおぼしきものを着ていたそうだ。
おまけに長い刃物を腰に付けていて、その長い髪がひとつ、風に揺れれば.。
命失いし者も再び散ることとなる、らしい。
奇妙で近寄り難いものの、どうやら僕達に敵意はないらしく、
ああいった化け物の駆除に協力してくれるので、悪く思うこともない。
一度だけでもいいから会ってみたい。
僕がこう思うのを知っているから、他の人達は僕が聞こえないように、この異邦人の話をしていたが、残念ながら、僕は地獄耳というやつなのだ。
他の一般の人は会えているのに。
なのに、僕はこの大きな壁の向こうに行くことすらできない。
僕が神の子で、崇められているというのなら、少しは僕の言う事も
聞き入れてはくれないだろうか。
このまま、つまらない勘違いをされたまま、人生を終わりたくはない。
このまま、何の楽しみもないまま、
子供から、汚れた大人に変わっていくなんて。
そんな状況が打ち砕かれたのは、今晩のことだった。
つんざくような声で僕は起こされた。
急ぐ、足音。
何かが、割れるような音が遠くでしたあと、その足音が近づいてくるのを感じた。
それから、女性の使用人の声。
「化け物...!あ、ああ!あいつが...。」
あいつらがくる...!!!!
そう叫んでいることからして、お前が化け物だと言ってやりたくなるぐらいだが、僕も、おちおち寝てはいられない。
地面が揺れる。
このまま、僕のことを誰も護ってくれないなら。
「死ぬ?」
寝ぼけたような声を出した。
逃げなくては。
でも、何処に?
僕は、呆然としている。
「アトルモーラ様。」
やけに、落ち着いた声。
「何が起きている。」
見ずとも、この屋敷で一番年老いた使用人だとわかった。
「化け物が浸入しました。逃げましょう。」
そう、要点だけを伝えられて、手を引かれる。
「待て。何処へ逃げるというんだ。」
「私が御守りします。」
無理だと。
僕はそう言った。
「貴方様が助かれば全て良いのです。」
青ざめた顔がそこにある。
「本当に?」
無理だ。
あ、。
何かが、飛んできた。
「ハイン!」
その名前を口にしたところで、それが助かる訳がなく。
気づけば、使用人は倒れていた。
それを見て、何かを思うより先に、狂った笑い声が聞こえた。
「みつけたみつけたみつけたみつけたみつけた!!!ハハハハハハハハハ!」
よく見ると飛んできたのは小さな人だった。
いや、もう人でもないのか。
ひとがたの何か。
鎌を持ち、
女の子のカタチをした、化け物。
「ちょうだい。その血。その魂。そうすれば私はもう、痛い思いしなくて済むの。ねえ、お願い。」
目には涙を浮かべて訴えた後、その子はまた笑い出した。
そんなに、嬉しいのか。
そんなに、楽しいのか。
そんなに、苦しかったのか。
ならば、こんな命はくれてやってもいい。
こんな、いのちは。
もう、光る鎌の刃先が見える。
うれしいうれしいうれしいうれしいうれしいうれしいうれしいうれしいうれしいうれしいうれしいうれしいうれしいうれしいうれしいうれしいうれしいうれしいうれしいうれしいうれしいうれしいうれしい....!...。
咄嗟に、叫んでいた。
「あ、あああああああああああああああああああああ!!!!」
僕は、そうだ。
後悔ってものがあったから、まだ生きることが出来ると思っていたから。
拒絶した。
夢ならいい。
幻覚であって欲しい。
これが、生まれて、自分勝手に生きた僕への罰だとしたら。
僕は、神の子なんかじゃない。
「どうして...、どうして。」
ガシャン。
落としたような音。
え、....。
僕は、思わず目を見開いた。
「ご、めんなさい。ごめんなさいごめんなさい。」
今の彼女は人間だ。
泣いている。
「くるしかったから。ただ、笑いたかっただけなの。」
泣いて、笑っていた。
こんな表情をまた、どこかで見ることになるのか。
いや、もう見たことがあるのか。
わからない。
向こう側では、何かとても悲しくて苦しいことが起こっている。
そんな中、何かが断ち切れた音がした。
目の前の女の子が、音を立てて倒れた。
それで、充分だった。
「ごめんな。お前が、こいつを手にかけるのを躊躇ったのは知っているけど、それでも俺はこうしなくちゃいけなかったんだよな。」
違和感のある声音が聞こえた。
見上げた先には純血でそのまま染め上げたような、幅広な衣服。
腹には色褪せたような緑色の布が巻かれていて、その左側には黒く、長い筒のようなものが刺さっていた。
これは、恐らく今その人物の手にもっている見慣れない武器をしまっておくための鞘だ。
僕がそうやって冷静に観察ができたのは、特徴的な長い黒髪と、同じく黒い瞳にじっと見つめられたからだ。
「お前が、この国の王だとするならば、また随分と落とされたものだな。」
今は、さほど違和感のない声だ。
先程は、きっと異国の言葉を話していたんだと思う。
この人か。
僕が、唯一昼間まで興味を持っていた異邦人というのは。
「俺は、柘榴。名字は訊くな。ないから。」
気だるそうに、柘榴は自己紹介した。
「ほら、いくぞアトル。ボーっとしてないで。」
柘榴はさっさと歩いて行ってしまった。
後を追いかけようとして、振り返る。
もう女の子は生きていないだろう。
それでもその子は笑っていた。
これでもう、苦しくないわと安心しているようだ。
「可哀想、と思うのか。」
見かねて立ち止まった柘榴はそう問うた。
僕は静かに頷いた。
「なら、この子の為にも逃げておけば良かったんだ、お前は。」
逃げても、この子は助かるわけがない。
当然のことを思う。
だけど、変だ。
そんなに変わってしまうこの国は、おかしい。
「お前は知らなかったかもしれないが。」
悟ったように、柘榴は重い声を出した。
「戦争が、終わったんだ。」
冷静になった頭にその印象的な単語が鳴り響いた。
「せめて、臆病者ならば、心を捨てていたならばこんなことにはならなかったのにな。」
きっと。
気付いてしまったんだろう。
今まで自分達が、希望を抱き、護り続けてきた世界は。
こんなものだったんだ、と。
そんなことを、振り払うように柘榴は言った。
「さ、行こうぜ。俺から離れたら、死ぬぞ。」
外に、出た。
柘榴は本当に強い。
事は少し治まっていたので、動いている数は少なかったが、
それを、流れるように倒していた。
それに、途中には、死体が床を埋め尽くしていた。
これは全部、きっと柘榴がやったのだろう。
知らなかった。
外ではこんなに冷たい風が吹いていたんだ。
その風で、柘榴の黒髪が揺れている。
「これから、お前はどうするんだ。」
柘榴が遠くを見つめながら訊いてきた。
そこには、絶壁があってそれに穴が開いていた。
「分からないよ。これから、僕はどうすればいいんだろう。」
ただ、今では一人ぼっちで、悲しみに暮れている時間などない。
それはわかっている。
でも、分からない。
これから、僕はどうやって生きていけばいい――――?
「助けてくれる人なんて、誰もいないんだぜ。」
わざと低くされた声には感情は何もこもっていない。
「うん。」
なぜなら、今までがそうだったから。
助けられて、護られてばかりだったからだ。
だから、今になって味方などできるわけはない。
「何が、うん、だよ。お前一人で何ができるって言うんだ。
馬鹿だな、お前。」
柘榴は苦笑していた。
変わった顔立ちで僕を見下ろしていた。
「助けてくれる奴が居ないんだったら、今から作ればいい。
人が生きる為に人を利用するのは当然の事だぜ。それに、躊躇いも遠慮も要らないのさ。」
...少しだけ。
光が見えた気がした。
「助けて、くれるの?」
目をいっぱいに開けて訊いた。
「ああ、お前がそう望むならな。その代わりの見返りは、あまり欲しいと思わないけど。面白ければそれでいい。」
この人が何を思おうが。
何があるとしても、今はこの口約束にすがるしかない。
見返りは欲しくないのは嘘だとしても。
僕は、柘榴を僕の為に利用しなくてはいけない。
「うん、助けて。」
少し強い風が吹いた。
夜明けも、始まっていた。
「じゃ、決まりだな。」
柘榴が少し優しく笑ってくれていた。
まだ、その一日は始まったばかりだから。
僕は、少しだけ空を見上げて良いと思っていた。
「どうした。いつも見てきた空じゃないから珍しいのか。」
僕は首を縦に振った。
「そもそも、僕はちゃんと空を眺めた事なんてないよ。外にも出ようとしなかったから。」
確かにな、と柘榴は手で空を仰いだ。
鳥が、飛んでいる。
灰色か、白色の鳥だ。
「分かるさ。何故ならもう、お前は生きている意味を確立させられていたからだ。だから空を見て、俺みたいに考え事をしながら旅をする必要はないのさ。」
それは、もう現在形ではない。
正確にいえば、その必要はなかった。
今は、その必要がなかったものを探し、唯一の暗がりから明るくするための手段として使っていく。
僕にはこれから常にその「意味」という単語がつきまとう事となる。
「柘榴は何の為に生きているか考えた事はある?」
「あるさ。でも、今思うことは、別にそんなもの探さなくても生きれるってコトさ。ある程度動けて、働けて、面白いと思えればそれでいいんじゃないかってな。だから、お前を助けるのは、少し面白いコトに出会えるんじゃないかっていう期待と、少しだけ人間じみた気持ちだけ。」
僕には分かるような気もしたけど、きっとまだ何も分かっていないんだろう。
此処が、矛盾していて、純粋ではないこと。
知っているけど、本当に実感したことなど無いし、今までそのことについて考えたことなどあまりない。
「金も、物も、人も。ある程度あればいい。富も権力もありすぎればそれだけ欠落していくってこと。俺の郷里(おや)も、そんなことを求め過ぎたからおかしくなっちまったんだろうな。」
柘榴は目線をすうっと下に下げた。
「僕も、同じなのかな。」
「お前の場合は、求めるものはなかっただろ。なのに国家を背負うっていう重大な意味を最初から与えられて育った。
甘え過ぎた訳でも、欲情を使いすぎた訳でもないのに。それは、多分だけど、お前は堕ちて終わったわけじゃなくて、まだ始まったばかりなんじゃないか。もしくは、終わった後、また新しく始まったかだ。」
ただ、と柘榴は僕の方を向いた。
「俺が言いたいのは、どちらでもいいってこと。まず前提として、お前は俺に助けられて生きてるわけで。またこれからでもやり直しが効くように俺を
利用する。それだけの話。何を探すわけでも、何を求めるわけでもなく、だ。」
「そうかな。」
「そうさ。結局は何も出来やしないのさ。人生なんてものはな。」
まるで、物語の登場人物が悲劇を受け入れているような、いや。
諦めきったような。
そんな風にサバサバと、まるで刀で人を斬るかのように、言葉で空を切った。
どうしてだろう。
始まったばかりなのに、もう結末はみえていて、終わってしまった後のような静けさが広がっている。
「幻覚、だよね。」
自分を取り戻せるように願い、そうつぶやいた。
「どうだかな。」
新しい発見でもしたのだろうか。
柘榴は面白そうにケラケラと笑った。
「久しぶりだよ。異国に来て話が通じそうな奴見つけたの。」
愉快だなと、柘榴は満足そうに笑っている。
「ほら、見ろよ。意味なんて無いのに、命は必死に生きてるんだ。」
花が咲いていた。
花弁が黄色い。
それを見たら、僕も少し、人間に生まれたかったという気持ちになった。
同時に、ここに生まれるしかないんだろうと思った。
僕は一度だけ考えたことがある。
完全な世界とは何か。
完全な幸せとは何なのか。
もし、それが出来ないのならば、一番それに近い存在になるためにはどうすれば良いのか。
正解は分からない。
無い、というのが自然かもしれない。
それでも、始まりは過ぎて、もうすぐ終わりを迎えるのだとしても。
この物語が終わることなどないのだろう。
結末は見えているのに。
そんな面倒くさいこの場所で。
僕と柘榴は旅路を探しているのだった。