私と結婚しませんか
#10 友達
第十話『友達』
◯蒼マンション、ダイニング(夜)
木崎「ハラ減った」
蒼「ほんとに来るとは思わなかったよ」
木崎「ちょうどこっち方面に用事あってな」
蒼「そっか」
木崎「まあ。迷惑なら帰るけど」
蒼「全然!」
木崎「……全然って」
蒼(うちにあの木崎くんを招くなんて、小学生のわたしが知ったらとんでもない未来だな)
蒼「待ってて。すぐに炒めるから」
蒼、調理台に向かう。
木崎、まな板の上の食材を見る。
木崎「ナポリタン?」
蒼「大正解。さすが推理作家」
木崎「いや、それしかないだろ。俺、パスタだとナポリタンが一番好き」
蒼「わかる。でも、わたしはペペロンチーノ最推し」
木崎「ならペペロンチーノ作れや」
蒼「ううん。今日は完全にナポリタンの気分だからナポリタンに浮気する」
木崎「あっそ。俺にできることあるか?」
蒼「先生はゆっくりしてて下さいな。おビール飲まれます?」
木崎「先生いうな。ビール冷えてんの?」
蒼「ごめん、ない。ノリ」
木崎「ないんかい」
木崎、蒼に軽くチョップする。
蒼「家でお酒飲まないからね」
木崎「苦手とか?」
蒼「んーん。打ち上げとか飲み会だと飲む。飲まなきゃ損な気がして」
木崎「なんじゃそりゃ」
蒼「一人で嗜む楽しさがわからないんだよね。高いし」
木崎「ガキめ」
蒼「そういう木崎くんは家で飲むの?」
木崎「飲まなきゃやってられねーわ」
蒼(源蔵さんが似たようなこと言ってたな……)
蒼「これ作ったら買ってこようか?」
木崎「そこまでしなくていい」
蒼「欲しいものあったら言って。すぐ近くにコンビニもドラッグストアもあるし」
木崎「なにそのオモテナシ」
蒼「なんたって大崎先生ですから」
木崎「なんつーか。アレだな」
蒼「あれ?」
木崎「明るくなったな、オマエ」
蒼M「小学生の頃の木崎くんがわたしに抱いていたイメージは、きっと、暗いやつ。インドアだったし友達も多いほうじゃなかったから。
十年ぶりの再会時は、たぶん大人しいやつだと思われた。失恋直後だったから。
そんな木崎くんが今のわたしを見て明るくなったと感じても不思議ではないか」
蒼「あっ。新作、ほんと面白かった!」
木崎「その話はよせ」
蒼「え、なんで? せっかくネタバレありで好きなだけ語れるのに……!」
蒼、フライパン片手に木崎を振り返る。
木崎、ダイニングテーブルに頬杖をつきそっぽを向いている。
木崎「もう聞いただろ」
蒼「まだまだ話し足りないよ。一晩中でも語れそう」
木崎「そーか。ならベッドの上で聞いてやろう」
蒼「ヘンタイ」
木崎「うるせえ。誰がオマエなんか抱くか。……つーか、長すぎなんだよ。夏休みの読書感想文かっての」
蒼「もしかして。照れてる?」
木崎「はあ?」
蒼、木崎を見つめる。
木崎、顔をしかめる。
蒼「やっぱり感想もらったら嬉しいよね!」
木崎「やっぱりってなんだよ」
蒼「え!?」
蒼(いや、だってさ。わたしも感想もらうと飛び跳ねて喜ぶし)
木崎「なんだこれ。プロット……?」
木崎、テーブルの上のノートをパラパラとめくる。
蒼M「出しっぱなしだった!!」
蒼「そ、それは……」
木崎「漫画の?」
蒼「ううん」
木崎「じゃあ。小説か」
蒼「……まあ」
蒼(穴があったら入りたい。木崎くんに小説を書いてること打ち明ける気でいたけど、プロット見られるのは想定外だ。しまっておくんだった。絶対に笑われる)
木崎「ふーん、けっこう設定細かいな。人物画もあってわかりやすい」
蒼M「……!?」
蒼「ディスらないの?」
木崎「は?」
蒼「昔、バカにしたでしょ。わたしの絵」
蒼(てっきり、あの頃みたいにダメ出しされると思ったのに)
木崎「……さあ。知らねえな」
蒼「嘘! わたしの黒歴史ノートを見て笑った。それだけじゃない。取り上げて、みんなで笑った」
木崎「いつのハナシだよ。黒歴史って認めてやがるし」
蒼(イジメた側は、自分のやったこと覚えてないっていうが。あれは強ち間違いでもないのでは)
蒼「けっこうトラウマなんだから」
蒼、野菜を塩コショウで炒める。ウインナーも投入。
木崎「おおげさだな」
蒼「おおげさなもんか。好きなことバカにされるって当時のわたしからしたら、かなり辛いことだったんだから」
木崎「……根に持ってる?」
蒼「さすがに今は気にしてない。誰になにを言われても好きなことは好きだって言い切ってやる」
木崎「ひょっとして俺のおかげでメンタル鍛えられた? よかったな」
蒼、振り返る。
蒼「あのねえ……!」
木崎「はは」
蒼(まったく)
蒼、フライパンにパスタを投入。
木崎「吉岡の料理姿見ることになるとはな」
蒼「こっちの台詞だよ。あの木崎くんに見せることになるとはね」
木崎「やっぱまだ根に持ってるだろオマエ」
蒼「全然。むしろ感謝してるくらい」
木崎「感謝?」
蒼、ケチャップを手に取る。
蒼「今だからこそ言えるんだけど。木崎くんと駅のホームでバッタリ会ったとき、人生で一番長く付き合った人にフラれた頃で」
木崎「……へえ」
蒼、木崎に背を向けたまま料理を続ける。
蒼「虚無感っていうのかな。当たり前のように、この先もずっと一緒にいると思ってた人を失って心に穴が空いてた」
蒼M「当たり前なんて、なかった」
蒼「そんなわたしを救ってくれたのが、大崎航だった」
木崎、目を見開く。
蒼「本を読んで満たされたのは、初めてだった。こんなに素晴らしい世界があるんだなーって。夢中でのめり込んだ」
木崎、俯く。
蒼「わたしが小説を書き始めたのは、木崎くんの本を読んだからなんだよ。執筆歴の浅いド素人。それでも楽しくて仕方ない。木崎くんの小説は。暗闇にいたわたしに、光を差し込んでくれた」
蒼M「言ったそばからクサい台詞だと思った。けれど、それがわたしの、ありのままの想いで。
それを本人に伝えられたことが嬉しい」
蒼、皿にパスタを盛り付ける。
蒼「できたよ」
蒼、皿を持ち振り返る。木崎が口を手で覆っていることに気づく。
蒼「どうしたの?」
木崎「褒め殺しかよ」
蒼「え!?……いや、素直な気持ちを伝えたままで」
木崎「それが褒め殺しだっつーの」
蒼「ほんとのほんとに、尊敬してる――」
木崎「はやくよこせや」
蒼「あ、うん」
蒼、ダイニングテーブルに皿を置く。椅子(木崎の向かい)にかけ手を合わせる。
蒼「いただきます」
木崎「いただきます」
木崎、パスタを一口食べる。
木崎「うま」
蒼「ほんと?」
木崎「ハラ減ってるときってなんでこんなにありふれたもんが美味く感じるんだろうな」
蒼「(眉間にシワを寄せて)…………」
蒼、木崎を睨む。
木崎「嘘だよ。超うまい」
蒼「ハイハイ」
木崎「よっ、世界一」
木崎(このウルトラテキトーなチャラ男が繊細な文章を紡ぐなんて、誰が思うだろうか)
蒼M「こうしていると、大学生に戻ったみたい。
高校時代と違って男女交えた付き合いが多くなった。特に二回生の必須クラスのメンバーとは親交を深め、海でバーベキューしたり、カラオケや誰かの家でオールしたり、和気藹々としていた。
そんなみんなとは、めっきり連絡をとらなくなった」
蒼「世界一ならパスタ屋さんオープンできるね」
木崎「それはいただけねえな」
蒼「なんでよ」
木崎「俺だけに作ってろよ」
蒼「……木崎くんって。わかってたけど、女の子に慣れてるよね」
木崎「まーな。俺、人気者だから」
蒼(自分で言いやがった)
木崎「頼まなくても寄ってくる」
蒼M「俺様男子にときめく子には、木崎くんの態度ってドストライクな気がする」
蒼「知ってるよ。小学生のときには既に女の子が放っておかなかったもんね」
木崎「……それをオマエが言うか」
蒼「え?」
木崎「ごちそーさま」
木崎、立ち上がり洗い場に食器を運ぶ。
蒼、同じように洗い場に向かう。
蒼と木崎、並んで立つ。
蒼「そこに置いておいて」
木崎「片付けくらいするわ。オマエはゆっくりしてれば」
木崎、スポンジを手に取る。
蒼「いやいや。働かせてしまったらお礼になんないし」
木崎「なんのお礼?」
木崎、洗い物を始める。
蒼「そりゃあ。本とチケットのだよ」
木崎「あんなの俺が押し付けたモンだろ」
蒼「押し付けなんて……そんなことないから。貰ってすごく嬉しかった」
木崎「あっそ」
蒼(手際いいなあ。家事に慣れてる)
蒼「他ににできることあればいいんだけど、これといった取り柄もないし。なにか欲しいものない? やっぱりお酒買ってこよーか」
木崎「ほんと……相変わらずだな」
蒼「?」
木崎、蒼をじっと見る。
木崎「そういやオマエ、なんの仕事してんの」
木崎、前を向く。
蒼「スーパーで試食販売」
木崎「うわー。してそう」
蒼「え、そうかな?」
木崎「オッサンとか子供が寄ってくんだろうな」
蒼(なんでわかるんだろう……)
木崎「このへんの?」
蒼「んーん。電車で通える範囲で遠くに行くこともあるよ」
木崎「へえ」
木崎、水道をひねり水をとめる。(洗い終える)
蒼「洗い物、ありがとう」
木崎「俺の本」
蒼「え?」
木崎「本棚に並べてるって言ってたろ。ほんとにあんのかよ」
蒼「もちろん!」
◯同、部屋(夜)
蒼と木崎、本棚の前に立つ。
蒼「ほら、ここ。大崎航コーナー」
本棚には大崎航の既刊すべてが並ぶ。単行本と文庫本が出ているものは同タイトルが二冊ずつ置かれている。
蒼「本って場所とるからさ。電子書籍や図書館を利用することも多いんだけど、大崎航は絶対に紙の本で買うって決めてるんだよね」
木崎「どーして」
木崎「何度も読みたいのと。手元にあると安心するのと。少しでも先生の応援になればいいなって気持ちもある」
木崎「……きも」
蒼「キモいとはなんだ」
木崎「買ってんじゃねーよ」
蒼「ね? 嘘ついてないでしょ!」
木崎「(引きつった顔)ドヤ顔うっざ」
蒼「うざくて結構。何時間でも語れるよ」
木崎「勘弁してくれ」
蒼M「木崎くんは、わたしが大崎航のファンだと言うと嫌がる。
最初はそれが照れているのかと思った。いいや、照れているのだろう。本気で困っていたらサイン本もチケットもくれないから。
けれど、それでもやっぱり嫌がっているように見える」
木崎「マジックある?」
蒼「え……あっ、サイン書いてくれるの!?」
木崎「他になにがあんだよ。顔面にアホって書くか」
蒼「じゃあわたしはバカって書くね」
木崎「“君の名は”か」
木崎、蒼の頬を緩くつねる。
木崎「やわらか」
蒼、木崎をつねり返す。
木崎「っ、いてえな」
蒼「お返しだよ」
木崎「俺は優しくしてやってんのに」
蒼「簡単に触れるのやめたほうがいいと思う」
木崎「は?」
蒼「木崎くんがそんな風にやると。女の子は期待しちゃうから」
木崎、真顔になる。
木崎「吉岡も?」
蒼「わたし?……わたしはしない。期待するの、苦手だし。そもそもに木崎くんはわたしをそんな目で見てないの知ってるから」
木崎、口を開きかけて一度閉じる。(気持ちを押し殺す)
× × ×
(フラッシュ)
カフェの中。
蒼「残念でした。彼氏じゃないよ」
蒼「暫く恋愛とは無縁な生活送って、新しいことにチャレンジしたりしてみてたんだけど。不覚にも、会ったばかりの男性にときめいてしまって。みたいな。正直浮かれてる……って、こんなこと木崎くんにとっては、どうでもいいよね」
× × ×
木崎「期待するのが苦手なのって。元カレが原因?」
蒼「……!!」
木崎「で。他人への期待値が低い吉岡も。めでたく新しい恋を見つけたと」
蒼「……うん。あとね。こんな風にご飯食べたり好きなものの話ができる友達が久しぶりにできたのも、すごく嬉しい」
蒼、木崎に笑いかける。
蒼「あっちに筆箱あるからとってくる」
木崎「ん」
蒼、立ち上がりダイニングに向かう。
木崎、一人になり本棚の大崎航の本を見つめる。
木崎「(囁き)……簡単なもんか」
木崎、(蒼に触れた)指を見つめる。ふと後ろにあるベッドに視線を向ける。
◯同、ダイニング(夜)
蒼、携帯に着信が入る。
(携帯画面)
着信:桂 恭一
(第十話 おわり)
◯蒼マンション、ダイニング(夜)
木崎「ハラ減った」
蒼「ほんとに来るとは思わなかったよ」
木崎「ちょうどこっち方面に用事あってな」
蒼「そっか」
木崎「まあ。迷惑なら帰るけど」
蒼「全然!」
木崎「……全然って」
蒼(うちにあの木崎くんを招くなんて、小学生のわたしが知ったらとんでもない未来だな)
蒼「待ってて。すぐに炒めるから」
蒼、調理台に向かう。
木崎、まな板の上の食材を見る。
木崎「ナポリタン?」
蒼「大正解。さすが推理作家」
木崎「いや、それしかないだろ。俺、パスタだとナポリタンが一番好き」
蒼「わかる。でも、わたしはペペロンチーノ最推し」
木崎「ならペペロンチーノ作れや」
蒼「ううん。今日は完全にナポリタンの気分だからナポリタンに浮気する」
木崎「あっそ。俺にできることあるか?」
蒼「先生はゆっくりしてて下さいな。おビール飲まれます?」
木崎「先生いうな。ビール冷えてんの?」
蒼「ごめん、ない。ノリ」
木崎「ないんかい」
木崎、蒼に軽くチョップする。
蒼「家でお酒飲まないからね」
木崎「苦手とか?」
蒼「んーん。打ち上げとか飲み会だと飲む。飲まなきゃ損な気がして」
木崎「なんじゃそりゃ」
蒼「一人で嗜む楽しさがわからないんだよね。高いし」
木崎「ガキめ」
蒼「そういう木崎くんは家で飲むの?」
木崎「飲まなきゃやってられねーわ」
蒼(源蔵さんが似たようなこと言ってたな……)
蒼「これ作ったら買ってこようか?」
木崎「そこまでしなくていい」
蒼「欲しいものあったら言って。すぐ近くにコンビニもドラッグストアもあるし」
木崎「なにそのオモテナシ」
蒼「なんたって大崎先生ですから」
木崎「なんつーか。アレだな」
蒼「あれ?」
木崎「明るくなったな、オマエ」
蒼M「小学生の頃の木崎くんがわたしに抱いていたイメージは、きっと、暗いやつ。インドアだったし友達も多いほうじゃなかったから。
十年ぶりの再会時は、たぶん大人しいやつだと思われた。失恋直後だったから。
そんな木崎くんが今のわたしを見て明るくなったと感じても不思議ではないか」
蒼「あっ。新作、ほんと面白かった!」
木崎「その話はよせ」
蒼「え、なんで? せっかくネタバレありで好きなだけ語れるのに……!」
蒼、フライパン片手に木崎を振り返る。
木崎、ダイニングテーブルに頬杖をつきそっぽを向いている。
木崎「もう聞いただろ」
蒼「まだまだ話し足りないよ。一晩中でも語れそう」
木崎「そーか。ならベッドの上で聞いてやろう」
蒼「ヘンタイ」
木崎「うるせえ。誰がオマエなんか抱くか。……つーか、長すぎなんだよ。夏休みの読書感想文かっての」
蒼「もしかして。照れてる?」
木崎「はあ?」
蒼、木崎を見つめる。
木崎、顔をしかめる。
蒼「やっぱり感想もらったら嬉しいよね!」
木崎「やっぱりってなんだよ」
蒼「え!?」
蒼(いや、だってさ。わたしも感想もらうと飛び跳ねて喜ぶし)
木崎「なんだこれ。プロット……?」
木崎、テーブルの上のノートをパラパラとめくる。
蒼M「出しっぱなしだった!!」
蒼「そ、それは……」
木崎「漫画の?」
蒼「ううん」
木崎「じゃあ。小説か」
蒼「……まあ」
蒼(穴があったら入りたい。木崎くんに小説を書いてること打ち明ける気でいたけど、プロット見られるのは想定外だ。しまっておくんだった。絶対に笑われる)
木崎「ふーん、けっこう設定細かいな。人物画もあってわかりやすい」
蒼M「……!?」
蒼「ディスらないの?」
木崎「は?」
蒼「昔、バカにしたでしょ。わたしの絵」
蒼(てっきり、あの頃みたいにダメ出しされると思ったのに)
木崎「……さあ。知らねえな」
蒼「嘘! わたしの黒歴史ノートを見て笑った。それだけじゃない。取り上げて、みんなで笑った」
木崎「いつのハナシだよ。黒歴史って認めてやがるし」
蒼(イジメた側は、自分のやったこと覚えてないっていうが。あれは強ち間違いでもないのでは)
蒼「けっこうトラウマなんだから」
蒼、野菜を塩コショウで炒める。ウインナーも投入。
木崎「おおげさだな」
蒼「おおげさなもんか。好きなことバカにされるって当時のわたしからしたら、かなり辛いことだったんだから」
木崎「……根に持ってる?」
蒼「さすがに今は気にしてない。誰になにを言われても好きなことは好きだって言い切ってやる」
木崎「ひょっとして俺のおかげでメンタル鍛えられた? よかったな」
蒼、振り返る。
蒼「あのねえ……!」
木崎「はは」
蒼(まったく)
蒼、フライパンにパスタを投入。
木崎「吉岡の料理姿見ることになるとはな」
蒼「こっちの台詞だよ。あの木崎くんに見せることになるとはね」
木崎「やっぱまだ根に持ってるだろオマエ」
蒼「全然。むしろ感謝してるくらい」
木崎「感謝?」
蒼、ケチャップを手に取る。
蒼「今だからこそ言えるんだけど。木崎くんと駅のホームでバッタリ会ったとき、人生で一番長く付き合った人にフラれた頃で」
木崎「……へえ」
蒼、木崎に背を向けたまま料理を続ける。
蒼「虚無感っていうのかな。当たり前のように、この先もずっと一緒にいると思ってた人を失って心に穴が空いてた」
蒼M「当たり前なんて、なかった」
蒼「そんなわたしを救ってくれたのが、大崎航だった」
木崎、目を見開く。
蒼「本を読んで満たされたのは、初めてだった。こんなに素晴らしい世界があるんだなーって。夢中でのめり込んだ」
木崎、俯く。
蒼「わたしが小説を書き始めたのは、木崎くんの本を読んだからなんだよ。執筆歴の浅いド素人。それでも楽しくて仕方ない。木崎くんの小説は。暗闇にいたわたしに、光を差し込んでくれた」
蒼M「言ったそばからクサい台詞だと思った。けれど、それがわたしの、ありのままの想いで。
それを本人に伝えられたことが嬉しい」
蒼、皿にパスタを盛り付ける。
蒼「できたよ」
蒼、皿を持ち振り返る。木崎が口を手で覆っていることに気づく。
蒼「どうしたの?」
木崎「褒め殺しかよ」
蒼「え!?……いや、素直な気持ちを伝えたままで」
木崎「それが褒め殺しだっつーの」
蒼「ほんとのほんとに、尊敬してる――」
木崎「はやくよこせや」
蒼「あ、うん」
蒼、ダイニングテーブルに皿を置く。椅子(木崎の向かい)にかけ手を合わせる。
蒼「いただきます」
木崎「いただきます」
木崎、パスタを一口食べる。
木崎「うま」
蒼「ほんと?」
木崎「ハラ減ってるときってなんでこんなにありふれたもんが美味く感じるんだろうな」
蒼「(眉間にシワを寄せて)…………」
蒼、木崎を睨む。
木崎「嘘だよ。超うまい」
蒼「ハイハイ」
木崎「よっ、世界一」
木崎(このウルトラテキトーなチャラ男が繊細な文章を紡ぐなんて、誰が思うだろうか)
蒼M「こうしていると、大学生に戻ったみたい。
高校時代と違って男女交えた付き合いが多くなった。特に二回生の必須クラスのメンバーとは親交を深め、海でバーベキューしたり、カラオケや誰かの家でオールしたり、和気藹々としていた。
そんなみんなとは、めっきり連絡をとらなくなった」
蒼「世界一ならパスタ屋さんオープンできるね」
木崎「それはいただけねえな」
蒼「なんでよ」
木崎「俺だけに作ってろよ」
蒼「……木崎くんって。わかってたけど、女の子に慣れてるよね」
木崎「まーな。俺、人気者だから」
蒼(自分で言いやがった)
木崎「頼まなくても寄ってくる」
蒼M「俺様男子にときめく子には、木崎くんの態度ってドストライクな気がする」
蒼「知ってるよ。小学生のときには既に女の子が放っておかなかったもんね」
木崎「……それをオマエが言うか」
蒼「え?」
木崎「ごちそーさま」
木崎、立ち上がり洗い場に食器を運ぶ。
蒼、同じように洗い場に向かう。
蒼と木崎、並んで立つ。
蒼「そこに置いておいて」
木崎「片付けくらいするわ。オマエはゆっくりしてれば」
木崎、スポンジを手に取る。
蒼「いやいや。働かせてしまったらお礼になんないし」
木崎「なんのお礼?」
木崎、洗い物を始める。
蒼「そりゃあ。本とチケットのだよ」
木崎「あんなの俺が押し付けたモンだろ」
蒼「押し付けなんて……そんなことないから。貰ってすごく嬉しかった」
木崎「あっそ」
蒼(手際いいなあ。家事に慣れてる)
蒼「他ににできることあればいいんだけど、これといった取り柄もないし。なにか欲しいものない? やっぱりお酒買ってこよーか」
木崎「ほんと……相変わらずだな」
蒼「?」
木崎、蒼をじっと見る。
木崎「そういやオマエ、なんの仕事してんの」
木崎、前を向く。
蒼「スーパーで試食販売」
木崎「うわー。してそう」
蒼「え、そうかな?」
木崎「オッサンとか子供が寄ってくんだろうな」
蒼(なんでわかるんだろう……)
木崎「このへんの?」
蒼「んーん。電車で通える範囲で遠くに行くこともあるよ」
木崎「へえ」
木崎、水道をひねり水をとめる。(洗い終える)
蒼「洗い物、ありがとう」
木崎「俺の本」
蒼「え?」
木崎「本棚に並べてるって言ってたろ。ほんとにあんのかよ」
蒼「もちろん!」
◯同、部屋(夜)
蒼と木崎、本棚の前に立つ。
蒼「ほら、ここ。大崎航コーナー」
本棚には大崎航の既刊すべてが並ぶ。単行本と文庫本が出ているものは同タイトルが二冊ずつ置かれている。
蒼「本って場所とるからさ。電子書籍や図書館を利用することも多いんだけど、大崎航は絶対に紙の本で買うって決めてるんだよね」
木崎「どーして」
木崎「何度も読みたいのと。手元にあると安心するのと。少しでも先生の応援になればいいなって気持ちもある」
木崎「……きも」
蒼「キモいとはなんだ」
木崎「買ってんじゃねーよ」
蒼「ね? 嘘ついてないでしょ!」
木崎「(引きつった顔)ドヤ顔うっざ」
蒼「うざくて結構。何時間でも語れるよ」
木崎「勘弁してくれ」
蒼M「木崎くんは、わたしが大崎航のファンだと言うと嫌がる。
最初はそれが照れているのかと思った。いいや、照れているのだろう。本気で困っていたらサイン本もチケットもくれないから。
けれど、それでもやっぱり嫌がっているように見える」
木崎「マジックある?」
蒼「え……あっ、サイン書いてくれるの!?」
木崎「他になにがあんだよ。顔面にアホって書くか」
蒼「じゃあわたしはバカって書くね」
木崎「“君の名は”か」
木崎、蒼の頬を緩くつねる。
木崎「やわらか」
蒼、木崎をつねり返す。
木崎「っ、いてえな」
蒼「お返しだよ」
木崎「俺は優しくしてやってんのに」
蒼「簡単に触れるのやめたほうがいいと思う」
木崎「は?」
蒼「木崎くんがそんな風にやると。女の子は期待しちゃうから」
木崎、真顔になる。
木崎「吉岡も?」
蒼「わたし?……わたしはしない。期待するの、苦手だし。そもそもに木崎くんはわたしをそんな目で見てないの知ってるから」
木崎、口を開きかけて一度閉じる。(気持ちを押し殺す)
× × ×
(フラッシュ)
カフェの中。
蒼「残念でした。彼氏じゃないよ」
蒼「暫く恋愛とは無縁な生活送って、新しいことにチャレンジしたりしてみてたんだけど。不覚にも、会ったばかりの男性にときめいてしまって。みたいな。正直浮かれてる……って、こんなこと木崎くんにとっては、どうでもいいよね」
× × ×
木崎「期待するのが苦手なのって。元カレが原因?」
蒼「……!!」
木崎「で。他人への期待値が低い吉岡も。めでたく新しい恋を見つけたと」
蒼「……うん。あとね。こんな風にご飯食べたり好きなものの話ができる友達が久しぶりにできたのも、すごく嬉しい」
蒼、木崎に笑いかける。
蒼「あっちに筆箱あるからとってくる」
木崎「ん」
蒼、立ち上がりダイニングに向かう。
木崎、一人になり本棚の大崎航の本を見つめる。
木崎「(囁き)……簡単なもんか」
木崎、(蒼に触れた)指を見つめる。ふと後ろにあるベッドに視線を向ける。
◯同、ダイニング(夜)
蒼、携帯に着信が入る。
(携帯画面)
着信:桂 恭一
(第十話 おわり)