私と結婚しませんか
#11 これだから、恋は
第十一話『これだから、恋は』
◯蒼マンション、ダイニング(夜)
蒼、探し物をしながら電話している。
桂の声「青汁売れました?」
蒼「まずまずですね」
桂の声「明日、伺えなくなりました」
蒼(そういや店に顔出す気満々だったな……)
蒼「来なくていいです」
桂の声「ガサゴソと音が聞こえますが」
蒼「マジック探してて」
蒼、筆箱を漁る。
桂の声「マーカーでしたら冷蔵庫横の収納ラックにありましたよ。ラップと一緒に」
蒼「え?」
蒼、ラックに視線を向ける。
蒼M「あった!!」
× × ×
(フラッシュ)
蒼マンション、キッチン。
蒼が白米を多めに炊き冷凍保存している様子。
ラップの上から保存した日時を記入。
× × ×
蒼(最後にここで使ったんだった)
蒼「よく覚えていましたね」
桂の声「貴女のことならなんだって。部屋の間取りと家具の配置と目視できる範囲の小物類の数や柄に関しては大方記憶しています」
蒼「いろんな意味で怖いですけど助かりました」
桂の声「お役に立ててよかったです」
蒼「ってこれ、なんの電話ですか。最初に言いましたけど。今、友達来てるので切りますね」
桂の声「吉岡さんの声が聞きたくなりました」
蒼「……は?」
桂の声「電話をかけるのに。それ以上の理由が必要ですか?」
蒼M「またこの男は。平然と、そんなことを――」
桂の声「では」
蒼「あ、桂さん!」
桂の声「はい」
蒼「えっ……と。お仕事。お疲れさまです」
桂の声「ありがとうございます」
蒼「あと」
桂の声「はい」
蒼「……声。わたしも聞きたかったです」
蒼M「恋人がいた頃。携帯をコミュニケーションに欠かせないツールだと思って肌見放さず持っていた。
くだらないことで何時間も電話したり、飽くことなく朝までメッセージのやり取りをしたものだ。
それが今や出先でのSNSチェック及び執筆用マシーンと化した。電話もメールも殆ど使用していない。
携帯というものは、この先、わたしにとって事務的ツールであり続けると思っていた。
なのにどうだ。
たかが電話で、こんなにも気分が高揚している。
届いたメッセージの送り主に『桂恭一』と表示されるだけで、心臓が大きく鼓動する。
耳元から聞こえてくる声にドキドキして仕方がない。
たとえどれだけくだらない会話でも楽しい。それがわたしは悔しくてたまらない。
……どうしてこうなった?」
桂の声「ちなみに」
蒼「?」
桂の声「マーカー、なにに使われるのですか」
蒼「サインもらうんです」
桂の声「ほう。サイン。いいですねえ、私もいただきたいものです」
蒼「誰のです?」
桂の声「勿論吉岡さんの」
蒼「もちろんの意味がわかりませんし、わたしのサインには一円の価値もありません。というか、そもそもにサインないです」
蒼(本当は一度だけ考えてみたことがあるなんて言えない)
桂の声「婚姻届に」
蒼「誰がサインするか」
桂の声「それでは。ご友人に、よろしくお伝えください」
蒼、真顔になる。
蒼「……はい」
蒼M「声色が、変わったのがわかった」
蒼(そういえば)
× × ×
(フラッシュ)
シャワー後の桂、鋭い目で蒼を見る。
蒼の弟のスウェットを着用。
桂「どなたのですか」
桂「男モノですよね」
× × ×
蒼(あのときと同じ声)
蒼M「桂さんって。
……独占欲、強そう」
蒼M「もしも桂さんに踏み込まれたくないところまで踏み込まれたら、このドキドキは途端に冷めてまうだろうか。
そんなことになってほしくはない。
だけどその可能性はゼロじゃない。
これだから、恋は、苦手なんだ」
木崎、部屋からやってくる。鞄を手に取る。
木崎「帰るわ」
蒼、目を丸くする。
蒼「もう帰るの?」
木崎「“もう”? 逆に、まだ居ていいの俺」
蒼「いいよ」
木崎「(つぶやき)……即答かよ」
蒼(もしかして気を使ってる? わたしが電話してたから。それとも単に忙しいからか。これ以上うちにいても退屈ってことも考えられるけど)
木崎「しておいた。サイン」
蒼「ペンは?」
木崎「これ」
木崎、万年筆を見せる。
蒼「ありがとう!……急いでる?」
木崎「別に」
蒼「もうちょっとだけ話せないかな」
蒼、木崎を見つめる。
木崎「……いいけど。前言ってた相談ってやつ?」
蒼「うん。あ、座って」
木崎、椅子にかける。鞄を床に置く。
蒼、テーブルを挟み向かいに座る。
蒼「えっと。相談というのは」
木崎「小説のことだろ」
蒼「……!」
木崎「なにが聞きたい。まさか俺にコネ使ってデビューさせろなんて頼むんじゃねーだろうな」
蒼「ちがうちがう。カツを入れてしくて」
木崎「はあ?」
蒼「大崎先生から気合い入れてもらえたら、最大火力でエンジンかかるかなって」
木崎「俺はガソリンかなにかか」
蒼「わたしも木崎くんみたいに、誰かの人生の一ページに残るような作品が書きたい」
蒼、木崎の目をまっすぐに見る。
木崎、だるそうに問いかける。
木崎「完結作品あんの?」
蒼「あるよ」
木崎「どのくらい」
蒼「えーっと、長編が十作くらい。短編はその倍はあるかな」
木崎、意表をつかれたような顔つきになる。
木崎「俺と再会したあとに始めてそれだけ書いたのか。エタってるわけでもなさそうだな」
蒼「えたる……って?」
木崎「未完結のまま放置してる作品は」
蒼「ないよ。止めちゃったら更新追いかけてくれてる人に申し訳ないし」
木崎「ということはネットで公開してんのか。見せろ」
蒼「ええっ!? 無理!」
木崎「アホか。見ねえとコメントしようがないだろうが」
蒼「……読んでくれるの? 感想まで!?」
木崎「オマエの駄作に対するクレーム送りつけてやるっつってんだ」
蒼(大崎航からの批評!?)
蒼「いいの? ありがとう……!!」
蒼(なんて贅沢な。光栄の極み)
木崎「駄作って言われて礼言うなや」
蒼「いや、だって、わたしの作品はプロからみたら拙いのわかってるし」
木崎「自信ねーのか」
蒼「え?」
木崎「人にすすめられないような。くだらないもん書いてるのかオマエ」
蒼「そんなことない……! 未熟だけど。万人受けするとは言えないけど。それでもわたしが面白いと思うものを詰め込んでる」
蒼、真剣な眼差し。
木崎「だったら尚更。胸はってろ」
蒼「はい、先生」
木崎「先生いうな。言っとくけど俺は辛口だから覚悟しとけ」
蒼「はい、師匠!」
木崎「勝手に弟子になんな。ほんとに覚悟できてんのかね」
蒼「大歓迎だよ。お客様からのクレームは宝って言うよね。批評には成長するためのヒントが大いに隠されてると思ってる。実際、参考にさせてもらったこともある」
木崎「そんな風に捉えられるのは強みだな」
蒼「そう?」
木崎「いちいち他人の意見気にしてヘコんでばかりいたらやってけねーだろ」
蒼「たしかに」
木崎「かといって少しも耳を傾けられねえ視野の狭さでも空回りするしな。つーか。それ以前に興味持てなかったら一ページもめくらねえけど」
蒼「……う、うん」
木崎「どこで書いてる」
蒼「最大級の投稿サイト。木崎くんがデビュー作を載せてた」
木崎「あそこか。ペンネームは?」
蒼(…………)
木崎「言えや」
蒼「ひ、柊……アヤ」
木崎「ヒイラギってキヘンに冬の? アヤは?」
木崎、携帯片手に蒼に問いかける。
蒼「そうそう。アヤは、カタカナ。……めちゃくちゃ恥ずかしい」
蒼、手で顔を覆う。
木崎「散々俺の本読んでおいてそれはねえだろ」
蒼「木崎くんのは売られてるじゃん」
木崎「オマエだってそうなればいいと思って書いてるんじゃねーのかよ」
蒼「え……」
木崎「違うのか?」
蒼「違わない。けど」
木崎「けど?」
蒼、顔から手をずらす。
蒼「(赤面)リアルの知り合いに読んでもらうのは、木崎くんが初めてだから。やっぱり。照れくさいものがあるね……?」
木崎「…………」
木崎、蒼の照れ顔を見つめる。
蒼「アーッ、緊張する」
蒼、ふたたび手で顔を覆う。
木崎「……まあ、俺も。できれば知り合いには読まれたくなくて。未成年だったから出版に親の承諾が必要で渋々告白したけど、そうでもなきゃ誰にも知られずひっそり書いてたかったわ」
蒼「そうなんだ。木崎くんくらい立派なら言いふらしたくなりそうなものだけど」
木崎「俺を知るやつに作品を読まれるってのは。素っ裸な自分を見られるよりキツいものがあるからな」
蒼「あれ。でも木崎くんさ、わたしと十年ぶりに会ったときに自分から教えてくれたよね。あのときには、結構もう知ってる友達もいたとか?」
木崎「…………」
木崎、携帯に視線を落とす。
蒼「今度の試写会で顔バレしたら。木崎くんの友達、みんなビックリするね」
木崎「話してない」
蒼「え?」
木崎「親と関係者を除けば。俺が自分のことを大崎航だと告げたのは、吉岡だけだ」
蒼「!」
木崎M「どうして木崎くんは。
あの日、わたしに、あんなことを」
× × ×
(フラッシュ)
一年半前。電車の中。
蒼と木崎が立って乗車している。
木崎「なあ、吉岡」
蒼「ん?」
木崎「俺が書いた」
蒼「え?」
木崎「だから、あれ」
木崎、車内広告を指さす。
× × ×
蒼M「……丸裸な木崎くんを。
わたしには、見せてくれたの?」
蒼(いや、飛躍きすぎか。別に読めって渡されたわけじゃないし。読んだって知ったあと露骨に嫌がったし。でも、木崎くんは、そういうところ素直じゃなかったりする。わかるよ。わたしも、喜んでいながら捻くれた態度をとってしまう人間だから)
蒼M「木崎くんは。
わたしに秘密を教えてくれた」
蒼「(神妙な顔つき)……なんで」
木崎「タクの中で読むわ」
木崎、携帯をポケットにしまい、立ち上がる。
蒼「帰るの?」
木崎「わりいかよ。意見送るならメッセで十分だろ」
蒼(それはそうだけど)
木崎「それともなんだ。他に俺といたい理由でもあんの」
蒼(いたい理由がある、というよりは。逃げるように帰らなくてもいいんじゃないかと思うわけで)
木崎「ここには、タダ飯食いにきただけだからな。目的達成」
蒼「……なにか、あった?」
木崎「(とぼけた表情)なにかって?」
木崎、鞄を持ち部屋を出る。
蒼、追いかける。
◯蒼マンション、玄関(深夜)
木崎「ごちそーさん」
蒼「木崎くんさ。ごはんに困るような生活してないよね。食事する相手だって、幾らでもいるでしょう?」
木崎「なにが言いたい」
蒼M「親友や恋人でない、ただの友達だからこそ気兼ねなく話せることもある。
木崎くんもまたガソリンをチャージしに来たというなら。
わたしが木崎くんから元気もらったように。
わたしも、木崎くんに――」
蒼「言うか迷ったんだけど。木崎くん、すごく疲れた顔してる」
木崎、ハッとする。
蒼「憂さ晴らしなら、付き合うよ」
蒼M「ねえ、木崎くんは。
なにをわたしに隠しているの?」
木崎「それでまた気を取り直して新作書いてください先生ってか」
蒼「え?」
木崎「どうしてオマエは。……いつもいつも」
蒼(怒ってる? いや。ちがう)
木崎、振り返る。
木崎「(切なげな顔)俺を見ていない」
蒼M「――木崎くんが泣いている。
彼の目には涙なんてたまっていないのに、なせか、そう思わずにはいられなくて。
胸が、苦しくなった」
蒼(どうしよう。
木崎くん、ものすごく顔色悪い)
蒼、(心配そうに)木崎に近づいて顔を覗き込む。
木崎、目をそらす。
蒼、木崎を観察。
蒼(食欲がないわけではないようだけど。隈がある。ひょっとして、あんまり寝ていないんじゃ……)
木崎、ふいに、蒼の胸元(仕事着では隠れる部位)にキスマークを見つける。
蒼「タクシー、下ですぐ拾えるかな。うちに呼ぼうか。それまで中にいれば……」
木崎「オマエさあ。人に簡単に触れるなとか説教する前に――」
木崎、葵の背中に腕を回す。
木崎「オマエが興味ない男の前で無防備になるのやめろや」
木崎、蒼を抱き寄せる。
蒼、目を見開く。
(第十一話 おわり)
◯蒼マンション、ダイニング(夜)
蒼、探し物をしながら電話している。
桂の声「青汁売れました?」
蒼「まずまずですね」
桂の声「明日、伺えなくなりました」
蒼(そういや店に顔出す気満々だったな……)
蒼「来なくていいです」
桂の声「ガサゴソと音が聞こえますが」
蒼「マジック探してて」
蒼、筆箱を漁る。
桂の声「マーカーでしたら冷蔵庫横の収納ラックにありましたよ。ラップと一緒に」
蒼「え?」
蒼、ラックに視線を向ける。
蒼M「あった!!」
× × ×
(フラッシュ)
蒼マンション、キッチン。
蒼が白米を多めに炊き冷凍保存している様子。
ラップの上から保存した日時を記入。
× × ×
蒼(最後にここで使ったんだった)
蒼「よく覚えていましたね」
桂の声「貴女のことならなんだって。部屋の間取りと家具の配置と目視できる範囲の小物類の数や柄に関しては大方記憶しています」
蒼「いろんな意味で怖いですけど助かりました」
桂の声「お役に立ててよかったです」
蒼「ってこれ、なんの電話ですか。最初に言いましたけど。今、友達来てるので切りますね」
桂の声「吉岡さんの声が聞きたくなりました」
蒼「……は?」
桂の声「電話をかけるのに。それ以上の理由が必要ですか?」
蒼M「またこの男は。平然と、そんなことを――」
桂の声「では」
蒼「あ、桂さん!」
桂の声「はい」
蒼「えっ……と。お仕事。お疲れさまです」
桂の声「ありがとうございます」
蒼「あと」
桂の声「はい」
蒼「……声。わたしも聞きたかったです」
蒼M「恋人がいた頃。携帯をコミュニケーションに欠かせないツールだと思って肌見放さず持っていた。
くだらないことで何時間も電話したり、飽くことなく朝までメッセージのやり取りをしたものだ。
それが今や出先でのSNSチェック及び執筆用マシーンと化した。電話もメールも殆ど使用していない。
携帯というものは、この先、わたしにとって事務的ツールであり続けると思っていた。
なのにどうだ。
たかが電話で、こんなにも気分が高揚している。
届いたメッセージの送り主に『桂恭一』と表示されるだけで、心臓が大きく鼓動する。
耳元から聞こえてくる声にドキドキして仕方がない。
たとえどれだけくだらない会話でも楽しい。それがわたしは悔しくてたまらない。
……どうしてこうなった?」
桂の声「ちなみに」
蒼「?」
桂の声「マーカー、なにに使われるのですか」
蒼「サインもらうんです」
桂の声「ほう。サイン。いいですねえ、私もいただきたいものです」
蒼「誰のです?」
桂の声「勿論吉岡さんの」
蒼「もちろんの意味がわかりませんし、わたしのサインには一円の価値もありません。というか、そもそもにサインないです」
蒼(本当は一度だけ考えてみたことがあるなんて言えない)
桂の声「婚姻届に」
蒼「誰がサインするか」
桂の声「それでは。ご友人に、よろしくお伝えください」
蒼、真顔になる。
蒼「……はい」
蒼M「声色が、変わったのがわかった」
蒼(そういえば)
× × ×
(フラッシュ)
シャワー後の桂、鋭い目で蒼を見る。
蒼の弟のスウェットを着用。
桂「どなたのですか」
桂「男モノですよね」
× × ×
蒼(あのときと同じ声)
蒼M「桂さんって。
……独占欲、強そう」
蒼M「もしも桂さんに踏み込まれたくないところまで踏み込まれたら、このドキドキは途端に冷めてまうだろうか。
そんなことになってほしくはない。
だけどその可能性はゼロじゃない。
これだから、恋は、苦手なんだ」
木崎、部屋からやってくる。鞄を手に取る。
木崎「帰るわ」
蒼、目を丸くする。
蒼「もう帰るの?」
木崎「“もう”? 逆に、まだ居ていいの俺」
蒼「いいよ」
木崎「(つぶやき)……即答かよ」
蒼(もしかして気を使ってる? わたしが電話してたから。それとも単に忙しいからか。これ以上うちにいても退屈ってことも考えられるけど)
木崎「しておいた。サイン」
蒼「ペンは?」
木崎「これ」
木崎、万年筆を見せる。
蒼「ありがとう!……急いでる?」
木崎「別に」
蒼「もうちょっとだけ話せないかな」
蒼、木崎を見つめる。
木崎「……いいけど。前言ってた相談ってやつ?」
蒼「うん。あ、座って」
木崎、椅子にかける。鞄を床に置く。
蒼、テーブルを挟み向かいに座る。
蒼「えっと。相談というのは」
木崎「小説のことだろ」
蒼「……!」
木崎「なにが聞きたい。まさか俺にコネ使ってデビューさせろなんて頼むんじゃねーだろうな」
蒼「ちがうちがう。カツを入れてしくて」
木崎「はあ?」
蒼「大崎先生から気合い入れてもらえたら、最大火力でエンジンかかるかなって」
木崎「俺はガソリンかなにかか」
蒼「わたしも木崎くんみたいに、誰かの人生の一ページに残るような作品が書きたい」
蒼、木崎の目をまっすぐに見る。
木崎、だるそうに問いかける。
木崎「完結作品あんの?」
蒼「あるよ」
木崎「どのくらい」
蒼「えーっと、長編が十作くらい。短編はその倍はあるかな」
木崎、意表をつかれたような顔つきになる。
木崎「俺と再会したあとに始めてそれだけ書いたのか。エタってるわけでもなさそうだな」
蒼「えたる……って?」
木崎「未完結のまま放置してる作品は」
蒼「ないよ。止めちゃったら更新追いかけてくれてる人に申し訳ないし」
木崎「ということはネットで公開してんのか。見せろ」
蒼「ええっ!? 無理!」
木崎「アホか。見ねえとコメントしようがないだろうが」
蒼「……読んでくれるの? 感想まで!?」
木崎「オマエの駄作に対するクレーム送りつけてやるっつってんだ」
蒼(大崎航からの批評!?)
蒼「いいの? ありがとう……!!」
蒼(なんて贅沢な。光栄の極み)
木崎「駄作って言われて礼言うなや」
蒼「いや、だって、わたしの作品はプロからみたら拙いのわかってるし」
木崎「自信ねーのか」
蒼「え?」
木崎「人にすすめられないような。くだらないもん書いてるのかオマエ」
蒼「そんなことない……! 未熟だけど。万人受けするとは言えないけど。それでもわたしが面白いと思うものを詰め込んでる」
蒼、真剣な眼差し。
木崎「だったら尚更。胸はってろ」
蒼「はい、先生」
木崎「先生いうな。言っとくけど俺は辛口だから覚悟しとけ」
蒼「はい、師匠!」
木崎「勝手に弟子になんな。ほんとに覚悟できてんのかね」
蒼「大歓迎だよ。お客様からのクレームは宝って言うよね。批評には成長するためのヒントが大いに隠されてると思ってる。実際、参考にさせてもらったこともある」
木崎「そんな風に捉えられるのは強みだな」
蒼「そう?」
木崎「いちいち他人の意見気にしてヘコんでばかりいたらやってけねーだろ」
蒼「たしかに」
木崎「かといって少しも耳を傾けられねえ視野の狭さでも空回りするしな。つーか。それ以前に興味持てなかったら一ページもめくらねえけど」
蒼「……う、うん」
木崎「どこで書いてる」
蒼「最大級の投稿サイト。木崎くんがデビュー作を載せてた」
木崎「あそこか。ペンネームは?」
蒼(…………)
木崎「言えや」
蒼「ひ、柊……アヤ」
木崎「ヒイラギってキヘンに冬の? アヤは?」
木崎、携帯片手に蒼に問いかける。
蒼「そうそう。アヤは、カタカナ。……めちゃくちゃ恥ずかしい」
蒼、手で顔を覆う。
木崎「散々俺の本読んでおいてそれはねえだろ」
蒼「木崎くんのは売られてるじゃん」
木崎「オマエだってそうなればいいと思って書いてるんじゃねーのかよ」
蒼「え……」
木崎「違うのか?」
蒼「違わない。けど」
木崎「けど?」
蒼、顔から手をずらす。
蒼「(赤面)リアルの知り合いに読んでもらうのは、木崎くんが初めてだから。やっぱり。照れくさいものがあるね……?」
木崎「…………」
木崎、蒼の照れ顔を見つめる。
蒼「アーッ、緊張する」
蒼、ふたたび手で顔を覆う。
木崎「……まあ、俺も。できれば知り合いには読まれたくなくて。未成年だったから出版に親の承諾が必要で渋々告白したけど、そうでもなきゃ誰にも知られずひっそり書いてたかったわ」
蒼「そうなんだ。木崎くんくらい立派なら言いふらしたくなりそうなものだけど」
木崎「俺を知るやつに作品を読まれるってのは。素っ裸な自分を見られるよりキツいものがあるからな」
蒼「あれ。でも木崎くんさ、わたしと十年ぶりに会ったときに自分から教えてくれたよね。あのときには、結構もう知ってる友達もいたとか?」
木崎「…………」
木崎、携帯に視線を落とす。
蒼「今度の試写会で顔バレしたら。木崎くんの友達、みんなビックリするね」
木崎「話してない」
蒼「え?」
木崎「親と関係者を除けば。俺が自分のことを大崎航だと告げたのは、吉岡だけだ」
蒼「!」
木崎M「どうして木崎くんは。
あの日、わたしに、あんなことを」
× × ×
(フラッシュ)
一年半前。電車の中。
蒼と木崎が立って乗車している。
木崎「なあ、吉岡」
蒼「ん?」
木崎「俺が書いた」
蒼「え?」
木崎「だから、あれ」
木崎、車内広告を指さす。
× × ×
蒼M「……丸裸な木崎くんを。
わたしには、見せてくれたの?」
蒼(いや、飛躍きすぎか。別に読めって渡されたわけじゃないし。読んだって知ったあと露骨に嫌がったし。でも、木崎くんは、そういうところ素直じゃなかったりする。わかるよ。わたしも、喜んでいながら捻くれた態度をとってしまう人間だから)
蒼M「木崎くんは。
わたしに秘密を教えてくれた」
蒼「(神妙な顔つき)……なんで」
木崎「タクの中で読むわ」
木崎、携帯をポケットにしまい、立ち上がる。
蒼「帰るの?」
木崎「わりいかよ。意見送るならメッセで十分だろ」
蒼(それはそうだけど)
木崎「それともなんだ。他に俺といたい理由でもあんの」
蒼(いたい理由がある、というよりは。逃げるように帰らなくてもいいんじゃないかと思うわけで)
木崎「ここには、タダ飯食いにきただけだからな。目的達成」
蒼「……なにか、あった?」
木崎「(とぼけた表情)なにかって?」
木崎、鞄を持ち部屋を出る。
蒼、追いかける。
◯蒼マンション、玄関(深夜)
木崎「ごちそーさん」
蒼「木崎くんさ。ごはんに困るような生活してないよね。食事する相手だって、幾らでもいるでしょう?」
木崎「なにが言いたい」
蒼M「親友や恋人でない、ただの友達だからこそ気兼ねなく話せることもある。
木崎くんもまたガソリンをチャージしに来たというなら。
わたしが木崎くんから元気もらったように。
わたしも、木崎くんに――」
蒼「言うか迷ったんだけど。木崎くん、すごく疲れた顔してる」
木崎、ハッとする。
蒼「憂さ晴らしなら、付き合うよ」
蒼M「ねえ、木崎くんは。
なにをわたしに隠しているの?」
木崎「それでまた気を取り直して新作書いてください先生ってか」
蒼「え?」
木崎「どうしてオマエは。……いつもいつも」
蒼(怒ってる? いや。ちがう)
木崎、振り返る。
木崎「(切なげな顔)俺を見ていない」
蒼M「――木崎くんが泣いている。
彼の目には涙なんてたまっていないのに、なせか、そう思わずにはいられなくて。
胸が、苦しくなった」
蒼(どうしよう。
木崎くん、ものすごく顔色悪い)
蒼、(心配そうに)木崎に近づいて顔を覗き込む。
木崎、目をそらす。
蒼、木崎を観察。
蒼(食欲がないわけではないようだけど。隈がある。ひょっとして、あんまり寝ていないんじゃ……)
木崎、ふいに、蒼の胸元(仕事着では隠れる部位)にキスマークを見つける。
蒼「タクシー、下ですぐ拾えるかな。うちに呼ぼうか。それまで中にいれば……」
木崎「オマエさあ。人に簡単に触れるなとか説教する前に――」
木崎、葵の背中に腕を回す。
木崎「オマエが興味ない男の前で無防備になるのやめろや」
木崎、蒼を抱き寄せる。
蒼、目を見開く。
(第十一話 おわり)