私と結婚しませんか
#12 余裕
第十二話『余裕』
◯(回想)住宅街(夜)
蒼、小学生時代。
蒼M「偶然見かけたことがある。木崎くんが一人、バスケの練習をしているところを。
同級生の多くは家でゲームしたりテレビを見たりしているような時間だ」
小さなバスケコートのある公園。
木崎、離れたところからシュートを決める。
蒼、車の中からガラス越しにその様子を見る。
蒼M「親の車で塾に弟を迎えに行っていたときのことだ。
翌週も。そのまた翌週も、木崎くんはやっぱり公園にいた。
自分よりずっと身体の大きな、多分中学生くらいの相手と勝負してることもあった。
ひたむきに練習する木崎くんを見て――この人のことはイジワルで苦手だけど凄いなって思わずにはいられなかったんだ」
(回想終了)
◯蒼マンション、玄関(夜)
蒼M「どうしてわたし、木崎くんの腕の中に……?」
蒼(立ちくらみ……ではないよな)
木崎、蒼を抱き寄せたまま離さない。
蒼「えーっと。これは……どういう状況で?」
木崎「聞いたよな、俺に。欲しいものあるかって」
蒼(あー、サイン本とチケットのお礼)
蒼「うん」
木崎「オマエちょうだい」
蒼「(目を丸くさせ)…………」
蒼M「は?」
蒼(わたしが欲しい? 木崎くんが? なにゆえ?)
× × ×
(フラッシュ)
小学校、教室。休み時間。
蒼、自由帳に絵を描いている。
木崎、友人と教室に戻ってくる(タオルで汗を拭いながら)。
女子「吉岡さんって暗いよね」
女子「いつも何か書いてるけど。楽しいのかなー。ね、木崎くん?」
木崎「あ?……そうだな。きめえな」
女子「え〜、それは言いすぎ!」
女子、ケラケラ笑う。
蒼、(冷たい目で)木崎を見る。
蒼と木崎、目が合う。
蒼、木崎から目を逸らす。
× × ×
蒼(わたしのことを根暗でキモいと言っていた。あの、木崎くんが……?)
蒼、(不審な目で)木崎を見上げる。
蒼M「顔良し。スタイルよし。
おまけに人気小説家。
俺様イジワル男子。
……だけど結構、優しく成長してる」
蒼(どう考えても女の子に困っていない。わたしとのラブが発生する可能性は限りなくゼロに近いゼロ。これはなんのドッキリだ? 血迷ったか?)
蒼「……あ、そうか。パシリ的な」
木崎「は?」
蒼「大歓迎さ。手伝えることあったら。なんなりと」
木崎、ため息をつき蒼を離す。
木崎「頼み方、間違えたわ」
蒼(?)
木崎、蒼の耳元に口を近づける。
木崎「一発ヤらせて」
蒼M「!?」
蒼「なにいってんの」
蒼(そういや人って死にそうになったら本能的に子孫を残そうと性欲高まるとかなんとか……)
蒼「やっぱり疲れてる……よね?」
蒼、青ざめる。
木崎「幸せボケしてんじゃねえよ。バーカ」
蒼「はあ?」
木崎「疲れもするさ。人気者は暇じゃないんでね」
木崎、蒼にデコピン。
蒼「いった!」
蒼、やり返そうとして木崎にかわされる。
木崎「はやく追いついてこいよ」
蒼「無茶言わないで」
木崎「俺なんかよりな。すげえやつは数え切れないほどいるんだ。俺も。もっと上を目指す」
蒼「え……?」
木崎「そうすることにした」
蒼M「なんとなく。これは本当にただの勝手な想像なのだけれど。
ひょっとして木崎航は、筆を折りかけていたんじゃないかという気がした」
蒼(……ちょっと顔色よくなった)
蒼M「木崎くんの元気が。
どうか、空元気でないといいなと思う」
蒼「わたしのヒーローは、木崎くんだよ」
木崎「俺じゃなくて。大崎航がだろ」
蒼「大崎航は、木崎くんじゃん」
木崎「しかしまあ。自分で自分のクビ絞めることになるとはな」
蒼「……なにそれ?」
木崎、蒼を見つめる。
蒼、首を傾けて木崎を見つめる。
木崎「そうそう。ベッドの下にエロ本でもあんじゃねーかと覗いたらさ」
蒼「ないし」
蒼(わたしは高校生男児か。そんでもって木崎くんは、カレシの家に遊びに来たカノジョか。それとも息子の部屋の片付けしてるオカンか)
木崎「アレが大量にあってだな」
蒼「え? アレってな……に……」
蒼M「コンドーム!!」
蒼「みないでよ」
木崎「(苦笑い)どんなけ絶倫なんだよオマエの彼氏」
蒼「(うろたえながら)……っ、別に、そんなことばっかしてないからね?」
蒼(カレシではない)
木崎「お盛んなことで」
蒼「店員に特徴を聞いて。ほぼ全種類買ってきたらしい」
木崎「なんの罰ゲームだよ」
蒼「ガチだよ。……なんていうか。ほんと、残念で。無茶苦茶で。会ったその日にウインナー食べさせてとねだってきたかと思えば。二日目には従業員以外立ち入り禁止のロッカー室までついてきてプロポーズしてきたり」
木崎「強烈だな。通報レベルの不審者じゃねーか」
蒼「(赤面)気持ちわるいのに。……なぜ拒絶できない?」
木崎「俺に聞くなや」
蒼「“好き”ってさ。いったん認めてしまったら。負けな気がする」
木崎「……そうかもしれねーな」
蒼M「とはいえ、わたしは桂さんに、好きだとか、愛してるだとかいう気持ちを言葉にして伝えられていない。
というよりは。伝えるのを躊躇っている。
恋人になってとも言わない。ましてや結婚の約束もしない。
だけど彼に愛されていることが嬉しいと感じる。
……ズルいなあ、わたし」
蒼「ひとつ、聞いていいかな」
木崎「ンだよ」
蒼、木崎を見上げる。
蒼「(真顔)わたしを抱きしめてドキドキした?」
木崎、ふき出す。
木崎「……いや?」
蒼「だよね。わたしってさ。未だに未成年に間違えられるくらいには色気ゼロで。最近モテたのって源蔵さんくらいで。それも軽いジョークだし」
木崎「ゲンゾウって誰だよ」
蒼「青汁とか買ってくれるおじさん」
木崎「(乾いた笑い)ははは」
蒼「JKやJDのブランドも背負っていない今。特にモテ要因ないよね。ましてやイケメンが選ぶ女じゃないよね」
蒼、顎に手をあて悩む。
木崎「自己評価低すぎか」
蒼M「わたしが今の自分に自信がないのもあるけど、あの男がハイスペックすぎるのだ」
蒼「彼は紛れもなく変人だけど。いざというとき、カッコよくて」
木崎「へえ」
蒼「いい男なんだよね。だから、どうしてわたしなのか。サッパリわからない」
木崎「それは、アレだろ。いい肉ばっか食ってたら。たまに安モンの肉も食いたくなるやつだ」
蒼「サイテー。それは木崎くんの話でしょ」
木崎「最低で結構」
蒼「すごい、まっすぐっていうか。わたしのこと無駄に大好きで。なにをしても許してくれそうな包容力さえある」
蒼M「それが、怖いとも思う」
木崎「なんでもいーけど。そのノロケいつまで聞かされんの、俺」
蒼(ノロケ!?)
蒼「いや、あの。つまり。もう懲り懲りだって思ってたんだけど――……」
蒼M「本当に面倒くさい。恋愛って」
蒼、俯く。
木崎、苦笑い。
木崎「そんなに惚れてんだな。そいつに」
蒼「認めたくないけど。認めざるを得ない」
木崎「なあ、吉岡」
蒼「?」
蒼、木崎を見上げる。
木崎、蒼を見つめる。
木崎「オマエの好きな男は。すげえよ」
蒼「え?」
木崎「電話一本で。吉岡のこと、あんな顔にさせて」
蒼(あんな顔、とは)
蒼「……わたし。どんな顔してた?」
× × ×
(フラッシュ)
蒼マンション、ダイニング。
蒼、木崎と電話してる。
木崎(電話?)
(蒼がなかなか戻ってこなくて声が聞こえてきたので様子を見にやってきた)木崎、蒼の満面の笑みを見て目を見開く。
× × ×
木崎「……アホづら」
蒼「ちょっと。ケンカ売ってんの?」
木崎「売ってる」
木崎、蒼の髪をクシャっと乱す。
蒼「なにすんの」
木崎「いちいち触れたくらいで怒んなよ。処女でもねえクセに」
蒼「あのねぇ……」
蒼(セクハラ大魔神)
木崎「今のオトコに飽きたら。そんときは。俺とも一回ヤっとけば」
蒼「やなこった」
木崎「親愛なる大崎航が抱いてやるって言ってんのにか?」
蒼「……大崎航には。いつも抱かれてる」
木崎「マニアックなやつ」
木崎、蒼に背を向ける。
蒼「下まで……」
木崎「ここでいい」
蒼「木崎くん!」
木崎、動きを止める。
蒼「……無理、しないでね」
木崎、目を見開く。
木崎、切なげに笑う。
木崎「余裕」
木崎、振り返り蒼に笑顔を見せる。
蒼「……おやすみ」
木崎「オヤスミ。蒼」
蒼(あ。名前で呼んだ)
(玄関の扉の閉まる音)
蒼M「――本当に?」
◯同、部屋(夜)
蒼、本棚から木崎航の本(デビュー作『疵』)を手に取る。
表紙をめくると万年筆のサインが入っている。
蒼M「木崎くんは、嘘をついた」
蒼、本を閉じ、抱きしめる。
蒼M「木崎航の作品は。
色で例えるなら、黝いと思う。
デビュー作『疵』は狂気溢れる作品で、十六歳の感性で描けるようなものではないと絶賛されていた。
以来、大崎航にはコアなファンが増え続けている。流行りのエンターテイメント作品でもなければ王道に沿った安心できる作品でも、明るい話でもない。ときに読了後の後味の悪さも問題になる。
そんな彼の世界観に人々は魅力され続けているのだ。
若くして夢を掴み取った彼は。
今、なにを抱えているの……?」
× × ×
(フラッシュ)
蒼のマンション、玄関。
木崎「どうしてオマエは。……いつもいつも」
木崎、振り返る。
木崎「(切なげな顔)俺を見ていない」
× × ×
蒼(余裕な人が、あんな泣きそうな顔しない)
蒼M「完璧に見えて実は努力家で。
器用に見えて案外不器用そうで。
強がっていても、本当は脆いかもしれない――」
蒼「木崎くんの内側は。何色なんだろう」
蒼M「見てるよ。見てる。
木崎航という人間をこの目でしっかり見ているつもりだ。
それでも」
蒼(わたしが、嘘をつかせた?)
蒼、その場に立ちすくむ。
蒼「エンジン。あんまり入れてあげられなかった」
蒼(なんだか。もう。木崎くんと、こんな風に会えない気がしてきた)
◯同、ダイニング(夜)
蒼、テーブルの上の試写会チケットを手に取る。
蒼(きっと、すぐに手の届かない人になっちゃうんだろうな。いや。既に雲の上の人か)
蒼、洗い終わった食器を見る。
蒼(またご飯食べたりとか。なさそう)
蒼M「それでも、どこにいても。
大崎航の本を開けば彼の世界に浸ることができるのは救いだ」
(インターホンが鳴る)
蒼(木崎くん?)
蒼、顔をあげる。
蒼(忘れ物は、なかったと思う。もしかしてタクシー捕まらなかったとか……)
○同、玄関(夜)
蒼、扉を開ける。
桂、扉の向こうに立っている。
蒼、目を見開く。
桂「(爽やかな笑み)こんばんは」
蒼「……こんばんは。って」
木崎、桂の隣に立つ。
桂、木崎の腕を掴んでいる。
蒼「木崎くん!?」
木崎「(青ざめた顔)拉致られた」
蒼「…………」
蒼M「え?」
(第十二話 おわり)
◯(回想)住宅街(夜)
蒼、小学生時代。
蒼M「偶然見かけたことがある。木崎くんが一人、バスケの練習をしているところを。
同級生の多くは家でゲームしたりテレビを見たりしているような時間だ」
小さなバスケコートのある公園。
木崎、離れたところからシュートを決める。
蒼、車の中からガラス越しにその様子を見る。
蒼M「親の車で塾に弟を迎えに行っていたときのことだ。
翌週も。そのまた翌週も、木崎くんはやっぱり公園にいた。
自分よりずっと身体の大きな、多分中学生くらいの相手と勝負してることもあった。
ひたむきに練習する木崎くんを見て――この人のことはイジワルで苦手だけど凄いなって思わずにはいられなかったんだ」
(回想終了)
◯蒼マンション、玄関(夜)
蒼M「どうしてわたし、木崎くんの腕の中に……?」
蒼(立ちくらみ……ではないよな)
木崎、蒼を抱き寄せたまま離さない。
蒼「えーっと。これは……どういう状況で?」
木崎「聞いたよな、俺に。欲しいものあるかって」
蒼(あー、サイン本とチケットのお礼)
蒼「うん」
木崎「オマエちょうだい」
蒼「(目を丸くさせ)…………」
蒼M「は?」
蒼(わたしが欲しい? 木崎くんが? なにゆえ?)
× × ×
(フラッシュ)
小学校、教室。休み時間。
蒼、自由帳に絵を描いている。
木崎、友人と教室に戻ってくる(タオルで汗を拭いながら)。
女子「吉岡さんって暗いよね」
女子「いつも何か書いてるけど。楽しいのかなー。ね、木崎くん?」
木崎「あ?……そうだな。きめえな」
女子「え〜、それは言いすぎ!」
女子、ケラケラ笑う。
蒼、(冷たい目で)木崎を見る。
蒼と木崎、目が合う。
蒼、木崎から目を逸らす。
× × ×
蒼(わたしのことを根暗でキモいと言っていた。あの、木崎くんが……?)
蒼、(不審な目で)木崎を見上げる。
蒼M「顔良し。スタイルよし。
おまけに人気小説家。
俺様イジワル男子。
……だけど結構、優しく成長してる」
蒼(どう考えても女の子に困っていない。わたしとのラブが発生する可能性は限りなくゼロに近いゼロ。これはなんのドッキリだ? 血迷ったか?)
蒼「……あ、そうか。パシリ的な」
木崎「は?」
蒼「大歓迎さ。手伝えることあったら。なんなりと」
木崎、ため息をつき蒼を離す。
木崎「頼み方、間違えたわ」
蒼(?)
木崎、蒼の耳元に口を近づける。
木崎「一発ヤらせて」
蒼M「!?」
蒼「なにいってんの」
蒼(そういや人って死にそうになったら本能的に子孫を残そうと性欲高まるとかなんとか……)
蒼「やっぱり疲れてる……よね?」
蒼、青ざめる。
木崎「幸せボケしてんじゃねえよ。バーカ」
蒼「はあ?」
木崎「疲れもするさ。人気者は暇じゃないんでね」
木崎、蒼にデコピン。
蒼「いった!」
蒼、やり返そうとして木崎にかわされる。
木崎「はやく追いついてこいよ」
蒼「無茶言わないで」
木崎「俺なんかよりな。すげえやつは数え切れないほどいるんだ。俺も。もっと上を目指す」
蒼「え……?」
木崎「そうすることにした」
蒼M「なんとなく。これは本当にただの勝手な想像なのだけれど。
ひょっとして木崎航は、筆を折りかけていたんじゃないかという気がした」
蒼(……ちょっと顔色よくなった)
蒼M「木崎くんの元気が。
どうか、空元気でないといいなと思う」
蒼「わたしのヒーローは、木崎くんだよ」
木崎「俺じゃなくて。大崎航がだろ」
蒼「大崎航は、木崎くんじゃん」
木崎「しかしまあ。自分で自分のクビ絞めることになるとはな」
蒼「……なにそれ?」
木崎、蒼を見つめる。
蒼、首を傾けて木崎を見つめる。
木崎「そうそう。ベッドの下にエロ本でもあんじゃねーかと覗いたらさ」
蒼「ないし」
蒼(わたしは高校生男児か。そんでもって木崎くんは、カレシの家に遊びに来たカノジョか。それとも息子の部屋の片付けしてるオカンか)
木崎「アレが大量にあってだな」
蒼「え? アレってな……に……」
蒼M「コンドーム!!」
蒼「みないでよ」
木崎「(苦笑い)どんなけ絶倫なんだよオマエの彼氏」
蒼「(うろたえながら)……っ、別に、そんなことばっかしてないからね?」
蒼(カレシではない)
木崎「お盛んなことで」
蒼「店員に特徴を聞いて。ほぼ全種類買ってきたらしい」
木崎「なんの罰ゲームだよ」
蒼「ガチだよ。……なんていうか。ほんと、残念で。無茶苦茶で。会ったその日にウインナー食べさせてとねだってきたかと思えば。二日目には従業員以外立ち入り禁止のロッカー室までついてきてプロポーズしてきたり」
木崎「強烈だな。通報レベルの不審者じゃねーか」
蒼「(赤面)気持ちわるいのに。……なぜ拒絶できない?」
木崎「俺に聞くなや」
蒼「“好き”ってさ。いったん認めてしまったら。負けな気がする」
木崎「……そうかもしれねーな」
蒼M「とはいえ、わたしは桂さんに、好きだとか、愛してるだとかいう気持ちを言葉にして伝えられていない。
というよりは。伝えるのを躊躇っている。
恋人になってとも言わない。ましてや結婚の約束もしない。
だけど彼に愛されていることが嬉しいと感じる。
……ズルいなあ、わたし」
蒼「ひとつ、聞いていいかな」
木崎「ンだよ」
蒼、木崎を見上げる。
蒼「(真顔)わたしを抱きしめてドキドキした?」
木崎、ふき出す。
木崎「……いや?」
蒼「だよね。わたしってさ。未だに未成年に間違えられるくらいには色気ゼロで。最近モテたのって源蔵さんくらいで。それも軽いジョークだし」
木崎「ゲンゾウって誰だよ」
蒼「青汁とか買ってくれるおじさん」
木崎「(乾いた笑い)ははは」
蒼「JKやJDのブランドも背負っていない今。特にモテ要因ないよね。ましてやイケメンが選ぶ女じゃないよね」
蒼、顎に手をあて悩む。
木崎「自己評価低すぎか」
蒼M「わたしが今の自分に自信がないのもあるけど、あの男がハイスペックすぎるのだ」
蒼「彼は紛れもなく変人だけど。いざというとき、カッコよくて」
木崎「へえ」
蒼「いい男なんだよね。だから、どうしてわたしなのか。サッパリわからない」
木崎「それは、アレだろ。いい肉ばっか食ってたら。たまに安モンの肉も食いたくなるやつだ」
蒼「サイテー。それは木崎くんの話でしょ」
木崎「最低で結構」
蒼「すごい、まっすぐっていうか。わたしのこと無駄に大好きで。なにをしても許してくれそうな包容力さえある」
蒼M「それが、怖いとも思う」
木崎「なんでもいーけど。そのノロケいつまで聞かされんの、俺」
蒼(ノロケ!?)
蒼「いや、あの。つまり。もう懲り懲りだって思ってたんだけど――……」
蒼M「本当に面倒くさい。恋愛って」
蒼、俯く。
木崎、苦笑い。
木崎「そんなに惚れてんだな。そいつに」
蒼「認めたくないけど。認めざるを得ない」
木崎「なあ、吉岡」
蒼「?」
蒼、木崎を見上げる。
木崎、蒼を見つめる。
木崎「オマエの好きな男は。すげえよ」
蒼「え?」
木崎「電話一本で。吉岡のこと、あんな顔にさせて」
蒼(あんな顔、とは)
蒼「……わたし。どんな顔してた?」
× × ×
(フラッシュ)
蒼マンション、ダイニング。
蒼、木崎と電話してる。
木崎(電話?)
(蒼がなかなか戻ってこなくて声が聞こえてきたので様子を見にやってきた)木崎、蒼の満面の笑みを見て目を見開く。
× × ×
木崎「……アホづら」
蒼「ちょっと。ケンカ売ってんの?」
木崎「売ってる」
木崎、蒼の髪をクシャっと乱す。
蒼「なにすんの」
木崎「いちいち触れたくらいで怒んなよ。処女でもねえクセに」
蒼「あのねぇ……」
蒼(セクハラ大魔神)
木崎「今のオトコに飽きたら。そんときは。俺とも一回ヤっとけば」
蒼「やなこった」
木崎「親愛なる大崎航が抱いてやるって言ってんのにか?」
蒼「……大崎航には。いつも抱かれてる」
木崎「マニアックなやつ」
木崎、蒼に背を向ける。
蒼「下まで……」
木崎「ここでいい」
蒼「木崎くん!」
木崎、動きを止める。
蒼「……無理、しないでね」
木崎、目を見開く。
木崎、切なげに笑う。
木崎「余裕」
木崎、振り返り蒼に笑顔を見せる。
蒼「……おやすみ」
木崎「オヤスミ。蒼」
蒼(あ。名前で呼んだ)
(玄関の扉の閉まる音)
蒼M「――本当に?」
◯同、部屋(夜)
蒼、本棚から木崎航の本(デビュー作『疵』)を手に取る。
表紙をめくると万年筆のサインが入っている。
蒼M「木崎くんは、嘘をついた」
蒼、本を閉じ、抱きしめる。
蒼M「木崎航の作品は。
色で例えるなら、黝いと思う。
デビュー作『疵』は狂気溢れる作品で、十六歳の感性で描けるようなものではないと絶賛されていた。
以来、大崎航にはコアなファンが増え続けている。流行りのエンターテイメント作品でもなければ王道に沿った安心できる作品でも、明るい話でもない。ときに読了後の後味の悪さも問題になる。
そんな彼の世界観に人々は魅力され続けているのだ。
若くして夢を掴み取った彼は。
今、なにを抱えているの……?」
× × ×
(フラッシュ)
蒼のマンション、玄関。
木崎「どうしてオマエは。……いつもいつも」
木崎、振り返る。
木崎「(切なげな顔)俺を見ていない」
× × ×
蒼(余裕な人が、あんな泣きそうな顔しない)
蒼M「完璧に見えて実は努力家で。
器用に見えて案外不器用そうで。
強がっていても、本当は脆いかもしれない――」
蒼「木崎くんの内側は。何色なんだろう」
蒼M「見てるよ。見てる。
木崎航という人間をこの目でしっかり見ているつもりだ。
それでも」
蒼(わたしが、嘘をつかせた?)
蒼、その場に立ちすくむ。
蒼「エンジン。あんまり入れてあげられなかった」
蒼(なんだか。もう。木崎くんと、こんな風に会えない気がしてきた)
◯同、ダイニング(夜)
蒼、テーブルの上の試写会チケットを手に取る。
蒼(きっと、すぐに手の届かない人になっちゃうんだろうな。いや。既に雲の上の人か)
蒼、洗い終わった食器を見る。
蒼(またご飯食べたりとか。なさそう)
蒼M「それでも、どこにいても。
大崎航の本を開けば彼の世界に浸ることができるのは救いだ」
(インターホンが鳴る)
蒼(木崎くん?)
蒼、顔をあげる。
蒼(忘れ物は、なかったと思う。もしかしてタクシー捕まらなかったとか……)
○同、玄関(夜)
蒼、扉を開ける。
桂、扉の向こうに立っている。
蒼、目を見開く。
桂「(爽やかな笑み)こんばんは」
蒼「……こんばんは。って」
木崎、桂の隣に立つ。
桂、木崎の腕を掴んでいる。
蒼「木崎くん!?」
木崎「(青ざめた顔)拉致られた」
蒼「…………」
蒼M「え?」
(第十二話 おわり)