私と結婚しませんか
#14 恋の順序
第十四話『恋の順序』
◯スーパー、ロッカー室(朝)
蒼M「恋に正しい順序なんてものはない」
蒼、出勤前。身支度を整える。
蒼M「片想いから始まり、告白して互いの意志と関係性を明白にし、手を繋ぎ、デートを重ね、キスをして。
家に誘われるもなにごともなく『魅力ないのかな?』思春期特有の余計な心配やすれ違いを繰り返した末に結ばれる。
そんな焦れったいものこそが恋だと考えていた時期もあった」
◯同、売り場(朝)
蒼、試食コーナーに立つ。
蒼、チーズを売る。
蒼M「なのに今はどうだ。
順序などスキップしようが入れ替わろうが許容できる。なんなら恋人でなくても人様に迷惑をかけない範囲でスキンシップくらい自由にしてしまえ、なんて考えなのだから本当にすれてしまったなあ」
◯同、試食コーナー(夕方)
結衣(小学生)、蒼の隣で熱心に語る。
結衣「それでね。カナタくんね。ユイのこと好きっていってたのにね」
蒼「うん。イケメンなクラスメイトで、野球部のカナタくんだよね?」
結衣「野球部はミナトくん!」
蒼「あー、そうだ。カナタくんはサッカー少年だったね」
蒼M「ここは先日、ナゲットを売り切ったあのスーパーであるが。(※買い占められた)
今日はチーズを販売するわたしの元に、ユイちゃんという女の子がやってきた。
お母さんの買い物が終わるまでわたしに恋愛相談していくのが定着している。
なんでも、ユイちゃんは同級生の男子二人の間で揺れていて、サッカー部のカナタくんと野球部のミナトくん。どちらを本命にするか悩んでいるそうなのだが――」
結衣「しっかりして、お姉ちゃん」
蒼(嗚呼、眩しいよ、きみが)
結衣「(ふてくされた顔で)ユイを好きって言ったのに他の女の子とデートしてたから。だからミナトくんとデートしたのに。カナタくんが怒ってさ」
蒼M「しかしきみは、ほんとに小学生なのかい。マセすぎやしないか。わたしは男子を意識したのも、初めての彼氏ができたのも、ずっと後だったよ?」
蒼、結衣を上から下まで観察。
そのままファッション雑誌に載ってしまいそうなお洒落な洋服に小物類。
蒼(都会の女子小学生というのは。こうも流行に敏感なのだろうか)
蒼M「タピる、とか。インスタ映えだとか。だいすきな男の子とデート♡なんてことをこの年から始めちゃってたりするの?」
結衣「どうすればいい? お姉ちゃん」
蒼M「なにも最初から、いきなり恋愛相談されていたわけじゃない」
× × ×
(フラッシュ)
スーパー、試食コーナー。
結衣「え? お姉ちゃん彼氏いないの?」
蒼(ほっとけ)
蒼「わたしの恋人は永遠に大崎航さ」
結衣「だれそれー」
蒼「本を書いてる人だよ」
結衣「それ恋人じゃなくない?」
蒼「大人になったら色んなものに恋をするんだよ。仕事を恋人にする人だっているからね」
結衣「えー、そんなのやだ。休みの日だらだらと過ごしてるって。オンナ捨ててるの?」
蒼(黙れ小娘が)
× × ×
蒼M「なんともない世間話から、気づけば恋愛相談一色になった。ユイちゃんにとってなによりも恋の話をすることは大事なのだろう。そういう年頃なのだ」
蒼「どうすればいいと言われてもなあ」
結衣「おねがい! 周りの子には相談できなくって」
蒼M「人生の先輩(?)としてアドバイスを乞われるわけだが。店内を走り回る少年達と比べても女子の成長は、すこぶるはやいなと思う。
それは、こんな風に色恋ごとに目覚めるのが早いのもそうだし、体格的な意味でもだし、わたしを『オバサン』でなく『お姉ちゃん』と呼び方に気遣いが見られるあたりにも感心してしまう」
蒼「んー。そこは相手がどうかじゃなくて。ユイちゃんが、誰を好きってのがまずは大切だと思うかな」
結衣「え?」
結衣、きょとんと目を丸くする。
蒼M「かわいいなあオイ。なんならいっそ悪いお姉さんに揺れてみないかと口説きたい」
結衣「ユイが?」
蒼「うん。これは、わたしの勝手な見解だけどさ」
結衣「ケンカイ?」
蒼「あー、つまり。ユイちゃんの話を聞いて感じたのはね。カナタくんが他の子とデートしたのが嫌だったんでしょ?」
結衣「うん!」
蒼「それで、ミナトくんとデートしたら。あてつけみたいだなって思うよ」
結衣「……あてつけ?」
蒼「そう。もちろん、ミナトくんが好きでデートするなら楽しめばいいよ。だけど、もし、そうじゃなくてミナトくんと一緒にいてもカナタくんのことが気になって楽しめなかったなら。それは誰のためにもならないよね。ユイちゃんも、悲しいし。ミナトくんも、ユイちゃんに楽しんでもらえなかったら楽しめないよね」
蒼M「小学生相手に、どこまで本音を語ってよいのやら。正直なところ、見る限りではユイちゃんはカナタくんにベタ惚れしている。本人はそれを認めていない。というよりは、まだ自覚していないのだろう。それに気づくのも時間の問題に見える。だったら、それとなくカナタにアタックさせるべきか」
蒼(ただしそのカナタくん。なかなかのプレイボーイで、ガールフレンドが多いみたい。おそらくは木崎くんみたいなモテ王子なのだろう)
蒼M「だからヤキモチを焼いてしまい、辛いときに優しく寄り添ってくれるミナトくんに、ユイちゃんは心が揺らぐのだ」
蒼(ミナト、男前すぎるぞ。傍観者的にはミナトを全力で推したい。しかし悲しいことにきみは典型的な当て馬野郎だ。もっとズルくならなければ、いい人で終わる。ユイちゃんの心はカナタくんに大きく傾いているのだから。でなきゃ、こんなスーパーの試食コーナーで相談などしないだろうよ)
椿「結衣、帰るわよ」
椿(35)、買い物を終え迎えに来る。両手にエコバッグ。
蒼M「ユイちゃんママはとても綺麗な人だ。小学生の娘さんがいるようには見えない。うちの『THE母親』って雰囲気とは違うな」
蒼(どことなく漂うお嬢様感)
結衣「えー、今いいところなのに!」
結衣、椿にガンを飛ばす。
蒼(やめんか美少女)
蒼M「悪いがここで帰ってもらうよユイちゃん。実はとっくに勤務時間すぎてサービス残業してたのさ」
蒼(まあ、可愛いユイちゃんのためなら悩み相談くらいいくらでも聞いてあげたくなるけどさ。さっきなにげにチーズ売れたしね。販売員の鏡だなわたし。日給あがらないかな)
椿「ワガママいわないの」
椿、蒼を見て微笑む。
椿「いつも結衣の話、優しく聞いてやってくれてありがとうございます」
蒼「とんでもない。お買い上げ、ありがとうございます」
蒼、一礼。
蒼M「ユイちゃんママは、なにげに、わたしの売っているものを買って行ってくれる。それがウインナーでもチーズでも。相談相手になっていることに対するお礼をかねてくれているんじゃないかと思う」
結衣、蒼に手を振る。
椿、結衣の隣で会釈。
蒼、小さく振り返す。
◯蒼マンション、ダイニング(夜)
蒼、テーブル上のノートパソコンを開く。
蒼「締切まで、三ヶ月か」
蒼M(新作、これまでと同じ路線で勝負するか。それとも変えていくか悩むなあ)
× × ×
(フラッシュ)
蒼マンション、玄関。
桂「一緒に住みませんか」
× × ×
蒼M「桂さんとわたしが。
同棲……?」
蒼(アレと住む……のか……?)
蒼、青ざめて頭を抱える。
バックにフーフー、アーンしてという桂が浮かぶ。
蒼M「きっと、同棲も結婚も勢いでできてしまう。桂さんとなら楽しく過ごせるだろう。
でも、ずっと一緒にいる覚悟がない。
子供を産む覚悟は、もっとない。
なのに期待されるようなことしていいものだろうか」
蒼、携帯を見つめる。
蒼(そういえば。かれこれ三日、連絡ないな)
蒼M「ただ声が聞きたいから電話した、なんて嬉しいことを。
あなたは、いつまで当たり前のように言ってくれますか」
蒼(話したい。でも……忙しそう)
蒼M「甘えたくないわけではない。
むしろ甘えたくて仕方がない。
昔のわたしなら、こちらから電話をかけるくらいのことを平気でしていただろう。
けれどそれは、過去の自分で。
今のわたしは甘えるのが猛烈に苦手な偏屈女だ」
蒼(……重荷になれば。離れていくし)
蒼M「――高校時代、恋愛が長続きしなかった原因は、わたしにあった」
× × ×
(フラッシュ)
高校、休み時間の教室。
蒼、彼氏が女子と話す姿を寂しげに見つめる。
帰り道、路上。夕方。
蒼「わたしじゃなくて、あの子と付き合えば?」
蒼M「身から出た錆。
自ら関係に亀裂を入れてしまった。
わたしは独占欲が、強かった。
人一倍ヤキモチ焼きだったのだ」
× × ×
× × ×
(フラッシュ)
蒼、大学時代。居酒屋。
仲睦まじく乾杯する男女。その中に蒼がいる。
蒼M「ところが大学では男女間の友情が多くみられ、自分の心の狭さに驚き反省したものだ。
いくら彼女だからといって、干渉のしすぎは相手を信用していないと言っているようなものだと気づいた」
× × ×
(フラッシュ)
大学内、喫煙所。
蒼(あっ、先輩!)
蒼、先輩に近付こうとする。
女、先輩にボディタッチ。
蒼「……っ」
蒼、声をかけずにその場から離れる。
× × ×
蒼M「高校時代の二の舞を演じることは避けたかった。ワガママ言って先輩に嫌われたくなかった。
それに、子供っぽいと思われたくないという想いからも独占欲を押し殺した」
× × ×
(フラッシュ)
蒼、クラスの仲間ら(男女)と浜辺でバーベキューをする。
蒼M「友人との交流を大切にした。
そうして先輩以外の人と過ごす時間も作ることで先輩と良好な関係が築けていた」
× × ×
蒼M「だけど、先輩が卒業するとき。
男二人・女二人の四人で旅行すると聞かされたわたしは――」
× × ×
(フラッシュ)
蒼のマンション。ダイニングでご飯を食べる蒼と先輩。
蒼「……同じ部屋に四人で泊まる?」
先輩「ああ。その方が旅費を抑えられるからな」
蒼「っ、そんなのイヤだ」
× × ×
蒼M「あろうことか駄々をこねてしまった。
勿論ただのヤキモチだ。先輩を信じられなかったわけじゃない。それでも、どうしてもその旅行に賛成できなかった。
結局わたしが引き引きとめようが計画は実行され、納得するしかなかった。先輩はわたしのヤキモチを可愛いと笑った。
けれど、わたしのそういうところが、本当は先輩の重荷になっていたんだろう」
蒼(一緒にいすぎたら、ダメになる気がする。たとえ。あの桂さんでも)
蒼M「桂さんはわたしのややこしいところまで知りたがっていた。責任持って愛してくれるつもりだろう。
でも、知らないから、そんなことが言えるような気がしてならない」
蒼(一緒に住もうという提案には頷けそうにない。だけど。もっと一緒にいたい。
……なんてワガママな人間だろう)
(通知音)
蒼「!!」
蒼M「もしかして――」
蒼、携帯画面を食い入るように見る。
(メッセージ)
木崎【あのさ】
蒼(……そろそろ桂さんからだろうなと思ってしまったのが悔しい)
(メッセージ)
木崎【柊アイの『秘密のN』だけど】
蒼(あっ、え、読んでくれたの!? わたしの小説を……大崎航が!!)
蒼、わたわたする。
(メッセージ)
木崎【オモシロイ】
蒼「…………」
蒼M「え!?」
蒼(嘘? お世辞じゃなくて?)
(メッセージ)
木崎【と思う前に読むのやめたくなる要素が多い。無駄ありすぎ。書き出しのパンチが弱いし構成もイマイチ。】
蒼M「ダメ出しキター!!!」
蒼(待ってましたとも)
(メッセージ)
木崎【サブタイトルみたいなタイトルが微妙。あらすじ見て全然読みたくならん。表紙、ゴミ。俺の貴重な時間返せクソが。イチから書き直せ。以上】
蒼(以上……って。ゴミって。クソって。ほぼ全部ダメなのでは? でも待てよ。つまり、最後まで読んでくれたの?)
(メッセージ)
蒼【読んでくれてありがとう!】
木崎【キャラや台詞は悪くなかった。ひとつひとつのエピソードも意外性あって俺は嫌いじゃない。】
蒼【ほんと?】
木崎【方向性このままで。詰めるところ詰めてみろ。だらだらせずにテンポよくな】
蒼、ニヤける。
蒼(わかりました先生……!)
木崎【あと】
木崎【難しい言葉を選ばずに小学生でも意味のわかる軽い言葉で響くもんがある。これ、オマエの強みだな。】
蒼M「木崎くんのメッセージは、わたしにやる気をくれるには十分すぎるものだった」
(メッセージ)
蒼【ハイオク満タンであります!】
木崎【だから俺はガソリンじゃねえよ】
蒼【木崎くんもチャージしたいときはわたしを頼るがいい】
木崎【黙れ】
蒼【今度は潰れないから】
木崎【信用ならんが、まあ、また三人で飲んでもいいかもな】
蒼、目を見開く。
蒼「三人で……」
(メッセージ)
木崎【あの奇人によろしく言っといてくれや】
蒼【うん】
蒼(連絡。とってないんだけどなあ)
蒼、携帯を置く。テーブルに顔を突っ伏す。
蒼(あー、ダメだ。すごく。会いたくなってる)
蒼M「――その夜も、その次の夜も。
わたしの携帯に桂さんから連絡が入ることはなかったんだ」
(第十四話 おわり)
◯スーパー、ロッカー室(朝)
蒼M「恋に正しい順序なんてものはない」
蒼、出勤前。身支度を整える。
蒼M「片想いから始まり、告白して互いの意志と関係性を明白にし、手を繋ぎ、デートを重ね、キスをして。
家に誘われるもなにごともなく『魅力ないのかな?』思春期特有の余計な心配やすれ違いを繰り返した末に結ばれる。
そんな焦れったいものこそが恋だと考えていた時期もあった」
◯同、売り場(朝)
蒼、試食コーナーに立つ。
蒼、チーズを売る。
蒼M「なのに今はどうだ。
順序などスキップしようが入れ替わろうが許容できる。なんなら恋人でなくても人様に迷惑をかけない範囲でスキンシップくらい自由にしてしまえ、なんて考えなのだから本当にすれてしまったなあ」
◯同、試食コーナー(夕方)
結衣(小学生)、蒼の隣で熱心に語る。
結衣「それでね。カナタくんね。ユイのこと好きっていってたのにね」
蒼「うん。イケメンなクラスメイトで、野球部のカナタくんだよね?」
結衣「野球部はミナトくん!」
蒼「あー、そうだ。カナタくんはサッカー少年だったね」
蒼M「ここは先日、ナゲットを売り切ったあのスーパーであるが。(※買い占められた)
今日はチーズを販売するわたしの元に、ユイちゃんという女の子がやってきた。
お母さんの買い物が終わるまでわたしに恋愛相談していくのが定着している。
なんでも、ユイちゃんは同級生の男子二人の間で揺れていて、サッカー部のカナタくんと野球部のミナトくん。どちらを本命にするか悩んでいるそうなのだが――」
結衣「しっかりして、お姉ちゃん」
蒼(嗚呼、眩しいよ、きみが)
結衣「(ふてくされた顔で)ユイを好きって言ったのに他の女の子とデートしてたから。だからミナトくんとデートしたのに。カナタくんが怒ってさ」
蒼M「しかしきみは、ほんとに小学生なのかい。マセすぎやしないか。わたしは男子を意識したのも、初めての彼氏ができたのも、ずっと後だったよ?」
蒼、結衣を上から下まで観察。
そのままファッション雑誌に載ってしまいそうなお洒落な洋服に小物類。
蒼(都会の女子小学生というのは。こうも流行に敏感なのだろうか)
蒼M「タピる、とか。インスタ映えだとか。だいすきな男の子とデート♡なんてことをこの年から始めちゃってたりするの?」
結衣「どうすればいい? お姉ちゃん」
蒼M「なにも最初から、いきなり恋愛相談されていたわけじゃない」
× × ×
(フラッシュ)
スーパー、試食コーナー。
結衣「え? お姉ちゃん彼氏いないの?」
蒼(ほっとけ)
蒼「わたしの恋人は永遠に大崎航さ」
結衣「だれそれー」
蒼「本を書いてる人だよ」
結衣「それ恋人じゃなくない?」
蒼「大人になったら色んなものに恋をするんだよ。仕事を恋人にする人だっているからね」
結衣「えー、そんなのやだ。休みの日だらだらと過ごしてるって。オンナ捨ててるの?」
蒼(黙れ小娘が)
× × ×
蒼M「なんともない世間話から、気づけば恋愛相談一色になった。ユイちゃんにとってなによりも恋の話をすることは大事なのだろう。そういう年頃なのだ」
蒼「どうすればいいと言われてもなあ」
結衣「おねがい! 周りの子には相談できなくって」
蒼M「人生の先輩(?)としてアドバイスを乞われるわけだが。店内を走り回る少年達と比べても女子の成長は、すこぶるはやいなと思う。
それは、こんな風に色恋ごとに目覚めるのが早いのもそうだし、体格的な意味でもだし、わたしを『オバサン』でなく『お姉ちゃん』と呼び方に気遣いが見られるあたりにも感心してしまう」
蒼「んー。そこは相手がどうかじゃなくて。ユイちゃんが、誰を好きってのがまずは大切だと思うかな」
結衣「え?」
結衣、きょとんと目を丸くする。
蒼M「かわいいなあオイ。なんならいっそ悪いお姉さんに揺れてみないかと口説きたい」
結衣「ユイが?」
蒼「うん。これは、わたしの勝手な見解だけどさ」
結衣「ケンカイ?」
蒼「あー、つまり。ユイちゃんの話を聞いて感じたのはね。カナタくんが他の子とデートしたのが嫌だったんでしょ?」
結衣「うん!」
蒼「それで、ミナトくんとデートしたら。あてつけみたいだなって思うよ」
結衣「……あてつけ?」
蒼「そう。もちろん、ミナトくんが好きでデートするなら楽しめばいいよ。だけど、もし、そうじゃなくてミナトくんと一緒にいてもカナタくんのことが気になって楽しめなかったなら。それは誰のためにもならないよね。ユイちゃんも、悲しいし。ミナトくんも、ユイちゃんに楽しんでもらえなかったら楽しめないよね」
蒼M「小学生相手に、どこまで本音を語ってよいのやら。正直なところ、見る限りではユイちゃんはカナタくんにベタ惚れしている。本人はそれを認めていない。というよりは、まだ自覚していないのだろう。それに気づくのも時間の問題に見える。だったら、それとなくカナタにアタックさせるべきか」
蒼(ただしそのカナタくん。なかなかのプレイボーイで、ガールフレンドが多いみたい。おそらくは木崎くんみたいなモテ王子なのだろう)
蒼M「だからヤキモチを焼いてしまい、辛いときに優しく寄り添ってくれるミナトくんに、ユイちゃんは心が揺らぐのだ」
蒼(ミナト、男前すぎるぞ。傍観者的にはミナトを全力で推したい。しかし悲しいことにきみは典型的な当て馬野郎だ。もっとズルくならなければ、いい人で終わる。ユイちゃんの心はカナタくんに大きく傾いているのだから。でなきゃ、こんなスーパーの試食コーナーで相談などしないだろうよ)
椿「結衣、帰るわよ」
椿(35)、買い物を終え迎えに来る。両手にエコバッグ。
蒼M「ユイちゃんママはとても綺麗な人だ。小学生の娘さんがいるようには見えない。うちの『THE母親』って雰囲気とは違うな」
蒼(どことなく漂うお嬢様感)
結衣「えー、今いいところなのに!」
結衣、椿にガンを飛ばす。
蒼(やめんか美少女)
蒼M「悪いがここで帰ってもらうよユイちゃん。実はとっくに勤務時間すぎてサービス残業してたのさ」
蒼(まあ、可愛いユイちゃんのためなら悩み相談くらいいくらでも聞いてあげたくなるけどさ。さっきなにげにチーズ売れたしね。販売員の鏡だなわたし。日給あがらないかな)
椿「ワガママいわないの」
椿、蒼を見て微笑む。
椿「いつも結衣の話、優しく聞いてやってくれてありがとうございます」
蒼「とんでもない。お買い上げ、ありがとうございます」
蒼、一礼。
蒼M「ユイちゃんママは、なにげに、わたしの売っているものを買って行ってくれる。それがウインナーでもチーズでも。相談相手になっていることに対するお礼をかねてくれているんじゃないかと思う」
結衣、蒼に手を振る。
椿、結衣の隣で会釈。
蒼、小さく振り返す。
◯蒼マンション、ダイニング(夜)
蒼、テーブル上のノートパソコンを開く。
蒼「締切まで、三ヶ月か」
蒼M(新作、これまでと同じ路線で勝負するか。それとも変えていくか悩むなあ)
× × ×
(フラッシュ)
蒼マンション、玄関。
桂「一緒に住みませんか」
× × ×
蒼M「桂さんとわたしが。
同棲……?」
蒼(アレと住む……のか……?)
蒼、青ざめて頭を抱える。
バックにフーフー、アーンしてという桂が浮かぶ。
蒼M「きっと、同棲も結婚も勢いでできてしまう。桂さんとなら楽しく過ごせるだろう。
でも、ずっと一緒にいる覚悟がない。
子供を産む覚悟は、もっとない。
なのに期待されるようなことしていいものだろうか」
蒼、携帯を見つめる。
蒼(そういえば。かれこれ三日、連絡ないな)
蒼M「ただ声が聞きたいから電話した、なんて嬉しいことを。
あなたは、いつまで当たり前のように言ってくれますか」
蒼(話したい。でも……忙しそう)
蒼M「甘えたくないわけではない。
むしろ甘えたくて仕方がない。
昔のわたしなら、こちらから電話をかけるくらいのことを平気でしていただろう。
けれどそれは、過去の自分で。
今のわたしは甘えるのが猛烈に苦手な偏屈女だ」
蒼(……重荷になれば。離れていくし)
蒼M「――高校時代、恋愛が長続きしなかった原因は、わたしにあった」
× × ×
(フラッシュ)
高校、休み時間の教室。
蒼、彼氏が女子と話す姿を寂しげに見つめる。
帰り道、路上。夕方。
蒼「わたしじゃなくて、あの子と付き合えば?」
蒼M「身から出た錆。
自ら関係に亀裂を入れてしまった。
わたしは独占欲が、強かった。
人一倍ヤキモチ焼きだったのだ」
× × ×
× × ×
(フラッシュ)
蒼、大学時代。居酒屋。
仲睦まじく乾杯する男女。その中に蒼がいる。
蒼M「ところが大学では男女間の友情が多くみられ、自分の心の狭さに驚き反省したものだ。
いくら彼女だからといって、干渉のしすぎは相手を信用していないと言っているようなものだと気づいた」
× × ×
(フラッシュ)
大学内、喫煙所。
蒼(あっ、先輩!)
蒼、先輩に近付こうとする。
女、先輩にボディタッチ。
蒼「……っ」
蒼、声をかけずにその場から離れる。
× × ×
蒼M「高校時代の二の舞を演じることは避けたかった。ワガママ言って先輩に嫌われたくなかった。
それに、子供っぽいと思われたくないという想いからも独占欲を押し殺した」
× × ×
(フラッシュ)
蒼、クラスの仲間ら(男女)と浜辺でバーベキューをする。
蒼M「友人との交流を大切にした。
そうして先輩以外の人と過ごす時間も作ることで先輩と良好な関係が築けていた」
× × ×
蒼M「だけど、先輩が卒業するとき。
男二人・女二人の四人で旅行すると聞かされたわたしは――」
× × ×
(フラッシュ)
蒼のマンション。ダイニングでご飯を食べる蒼と先輩。
蒼「……同じ部屋に四人で泊まる?」
先輩「ああ。その方が旅費を抑えられるからな」
蒼「っ、そんなのイヤだ」
× × ×
蒼M「あろうことか駄々をこねてしまった。
勿論ただのヤキモチだ。先輩を信じられなかったわけじゃない。それでも、どうしてもその旅行に賛成できなかった。
結局わたしが引き引きとめようが計画は実行され、納得するしかなかった。先輩はわたしのヤキモチを可愛いと笑った。
けれど、わたしのそういうところが、本当は先輩の重荷になっていたんだろう」
蒼(一緒にいすぎたら、ダメになる気がする。たとえ。あの桂さんでも)
蒼M「桂さんはわたしのややこしいところまで知りたがっていた。責任持って愛してくれるつもりだろう。
でも、知らないから、そんなことが言えるような気がしてならない」
蒼(一緒に住もうという提案には頷けそうにない。だけど。もっと一緒にいたい。
……なんてワガママな人間だろう)
(通知音)
蒼「!!」
蒼M「もしかして――」
蒼、携帯画面を食い入るように見る。
(メッセージ)
木崎【あのさ】
蒼(……そろそろ桂さんからだろうなと思ってしまったのが悔しい)
(メッセージ)
木崎【柊アイの『秘密のN』だけど】
蒼(あっ、え、読んでくれたの!? わたしの小説を……大崎航が!!)
蒼、わたわたする。
(メッセージ)
木崎【オモシロイ】
蒼「…………」
蒼M「え!?」
蒼(嘘? お世辞じゃなくて?)
(メッセージ)
木崎【と思う前に読むのやめたくなる要素が多い。無駄ありすぎ。書き出しのパンチが弱いし構成もイマイチ。】
蒼M「ダメ出しキター!!!」
蒼(待ってましたとも)
(メッセージ)
木崎【サブタイトルみたいなタイトルが微妙。あらすじ見て全然読みたくならん。表紙、ゴミ。俺の貴重な時間返せクソが。イチから書き直せ。以上】
蒼(以上……って。ゴミって。クソって。ほぼ全部ダメなのでは? でも待てよ。つまり、最後まで読んでくれたの?)
(メッセージ)
蒼【読んでくれてありがとう!】
木崎【キャラや台詞は悪くなかった。ひとつひとつのエピソードも意外性あって俺は嫌いじゃない。】
蒼【ほんと?】
木崎【方向性このままで。詰めるところ詰めてみろ。だらだらせずにテンポよくな】
蒼、ニヤける。
蒼(わかりました先生……!)
木崎【あと】
木崎【難しい言葉を選ばずに小学生でも意味のわかる軽い言葉で響くもんがある。これ、オマエの強みだな。】
蒼M「木崎くんのメッセージは、わたしにやる気をくれるには十分すぎるものだった」
(メッセージ)
蒼【ハイオク満タンであります!】
木崎【だから俺はガソリンじゃねえよ】
蒼【木崎くんもチャージしたいときはわたしを頼るがいい】
木崎【黙れ】
蒼【今度は潰れないから】
木崎【信用ならんが、まあ、また三人で飲んでもいいかもな】
蒼、目を見開く。
蒼「三人で……」
(メッセージ)
木崎【あの奇人によろしく言っといてくれや】
蒼【うん】
蒼(連絡。とってないんだけどなあ)
蒼、携帯を置く。テーブルに顔を突っ伏す。
蒼(あー、ダメだ。すごく。会いたくなってる)
蒼M「――その夜も、その次の夜も。
わたしの携帯に桂さんから連絡が入ることはなかったんだ」
(第十四話 おわり)