私と結婚しませんか
#16 初恋
第十六話『初恋』
◯居酒屋、個室(夜)
蒼、トイレから戻る。
坂元、咥えていた煙草を灰皿に押しあて火をけす。蒼の青ざめた顔を見てギョッとする。
坂元「どうかした?」
蒼「え?」
坂元「顔色悪いよ」
蒼(せっかく坂元くんとご飯食べてるのに。今は、なにもかも忘れて大崎航談義を楽しまなきゃ)
蒼「なんでもない!」
蒼、作り笑いする。
坂元「ひょっとして木崎と喧嘩した? 僕が誘ったりしたせいでギクシャクさせちゃったとか」
蒼「ないない!」
蒼、席につく。
坂元「本当に?」
蒼「うん。それより『初恋』のこと話そ! 坂元くんは、どのシーンが印象的だった?」
坂元「そうだな。どこも丁寧で印象的だったけど、世間を恐怖に陥れたシリアルキラーの加瀬が躊躇いなく殺人を繰り返すところかな。一見控えめで暴力性の見られない青年の心が鬼、という点は実在するサイコキラーにも見られる特徴でリアルだった」
蒼「わかる。人間の心の闇って、恐ろしいよね。幽霊とかゾンビより」
坂元「吉岡さんの気に入ったシーンはどこ?」
蒼「わたしは、加瀬が少年時代を振り返るシーン。淡い恋心を抱いていたことに気付かされるところ、鳥肌たった」
蒼M「本で読んだとき。モンスターにも心があったのだと感銘を受けた」
蒼「大崎航が愛について描くのは珍しい」
坂元「たしかに」
蒼「“恋に落ちていたということに気づいたのは。彼女が僕の腕の中で冷たくなったときだった”――彼は凄く後悔したんだよね。彼女に気持ちを伝えられなかったこと」
坂元「自分で息の根を止めておきながら、後悔する。加瀬の狂気が滲み出ていたシーンだ」
蒼M「加瀬は初恋の女を殺したあとで抱いた。動かなくなった彼女を愛でた。そんな惨い話を木崎くんが書いたのは十八の頃だ。
この作品を映像化するにあたり賛否両論があったらしい。それでも世に出る価値があると認められたことがわたしは嬉しい」
蒼「美しいと思った」
坂元「残酷なのに?」
蒼「加瀬は猟奇殺人鬼には違いない。絶対に彼を赦しちゃいけない。それでも加瀬の歪んだ愛情がわたしは嫌いになれなかった。それは加瀬のバックグラウンドが細かに描写されていたからだと思う。彼は物語の終盤で自殺してしまうけど、わたしの心の中には今も生き続けてる。きっと、この先も」
蒼、まっすぐに前を向く。
坂元「同意するよ」
蒼、ぱあっと笑顔になる。
蒼「創作の世界って、無限大だよね。それに。誰かの紡いだ物語が、どこかで誰かの拠り所になることが素敵だと思う」
坂元「ひょっとして。吉岡さんも執筆を?」
坂元、中指で眼鏡をあげる。
蒼、頬を染める。
蒼「……うん。歴浅い、素人だけどね!」
坂元「読んでみたいな」
蒼「えっ!?」
坂元「知り合いには内緒で書いてたりする?」
蒼「そうだね。あ、でも木崎くんだけには……」
坂元「木崎には読ませたんだ」
蒼「カツを入れてもらったところ」
坂元「じゃあ僕にも読ませてよ」
蒼、耳まで赤くなる。
蒼(木崎くんは毒舌がデフォだからすんなり受け入れられるし。顔のわからない相手からの批評はダメージないんだけど。優しい坂元くんから駄作って言われたらさすがのわたしでも三日くらいは引きずりそう……)
蒼「えっと。今、手直ししてる作品があって。手直しというか。全部書き直すんだけど。それが出来上がったら読んでもらえるかな?」
坂元「喜んで」
蒼「……ありがとう」
坂元「楽しみにしてる」
蒼(ウッ……ハードルあがる)
蒼「最初は、自分のために書いた。他になにもなかったから。それが顔も名前も知らない人に受け入れてもらえて。居場所となり生き甲斐となった。わたしも誰かの人生にほんの少しでも関わることができたのが嬉しい。たった一人に喜んでもらえることでこんなに幸せなのに、もっと多くの人に楽しんでもらえたらどれだけ満たされるんだろうって思う。きっかけをくれたのは、木崎くんなんだよ」
坂元「今の吉岡さんの言葉を木崎が聞いたら。水たまりに足でも突っ込みそうだ」
坂元、酒を飲む。
蒼「あはは。なにそれ。本人を目の前にすると、なかなかここまで語れないんだけど」
坂元「照れくさい?」
蒼「というよりは、語らせてくれないんだよね。嫌がって」
坂元「彼らしい」
蒼「それでも、言わなきゃ想いは伝わらないって思う。わたしの気持ちが大崎航の――木崎くんの一%でも力になら、伝えた方がいいよね。そうだ。ファンレター書こうかな。匿名で」
坂元「好きなの?」
蒼(……!)
坂元、蒼を見つめる。
坂元「友達と言いつつ木崎のこと男として見てるんじゃない?」
蒼「やだな。ちがうよ」
蒼(どうしてそういう方向に持っていきたがるの)
坂元「そうだろうか。僕にはそう思えてならない」
蒼「誤解だよ」
蒼M「だって、わたしが好きなのは。
好きなのは――……」
蒼、手元のグラスを口運ぶ。
坂元、その様子を薄笑いで見つめる。
蒼「美味しい……!」
坂元「気に入ってくれた?」
蒼「うん。なにが入ってるんだろ」
蒼、酒を飲む。
坂元「ココナッツリキュール」
蒼「へえ。めっちゃ好きだ、これ」
坂元「それはよかった」
坂元、優しく微笑みかける。
蒼、つられて笑顔に。あくびをする。
坂元「退屈?」
蒼「え、そんなことないよ」
蒼、目をこする。
坂元「寝不足だった?」
蒼(それはあるかもしれない。プロット練ってたから。でも、なんだろう。急に、睡魔が……。まだ二杯目だし酔ってはないと思うんだけど……)
坂元「実は、このあと吉岡さんを連れて行きたいところがあるんだけど」
蒼、腕時計を見る。
(時刻、二十二時すぎ)
蒼(もうこんな時間!)
蒼「そろそろ帰ろうかな」
坂元「残念」
蒼(電車なくなる前に帰りたいし。
にしても……)
坂元、蒼を見つめて微笑む。
坂元「ん?」
蒼M「こんな形で、坂元くんと再会するなんて。つくづく世間は狭いというか。人生なにがあるかわからないものだ」
蒼「誘ってくれてありがとう。楽しかった」
坂元「僕も。楽しかったよ」
坂元、蒼の隣に立つ。
坂元「立てる?」
蒼「あ……うん。大丈――」
蒼、立ちくらみ。
坂元、蒼を支える。
蒼「ごめっ……」
蒼(なんでだろう。思うように、力が、入らない)
坂元「木崎のことばかり見るの。やめてくれないかな」
蒼「え?」
坂元「昔から、そうだ。君はどんなに意地悪をされても。木崎のことを認めていて。すぐ傍で君のことを想う男に気づかずにいた」
坂元、蒼を抱きしめる。
蒼、目を見開く。
蒼「……!?」
坂元「運命だって思っちゃいけないかな。今夜、君と再会できたこと」
蒼M「あのね、坂元くん。
あなたはわたしの憧れだった。
そして――」
× × ×
(フラッシュ)
小学校、教室。
坂元、蒼にプリントを渡す。
蒼「あ、ありがとう」
坂元「なに書いてるの?」
坂元、蒼のノートを覗き込む。
蒼「えっ……と。これは」
蒼、俯く。
坂元「へえ。ヨーロッパにありそうな街並み。凄いよく描けてる、上手だね」
蒼、赤面。
× × ×
坂元「君が欲しい」
蒼M「紛れもなくあなたがわたしの初恋の男の子だったんだ」
蒼、目を閉じる。全身から力が抜ける。
坂元、不敵に笑う。
◯ホテル、ベッドの上(朝)
蒼M「――夢を見た。
大好きな男に抱きしめられる夢だ。
先輩を忘れられなかったときに繰り返し同じような夢をみたが、この夢はちがう。
だって彼はわたしを愛してくれているはずなのだから」
蒼(桂さんのバカ……。夢じゃなくて目の前に現れてよ)
蒼M「本当のバカは、わたしだ。
彼が必要なのはわたしの方なのだ」
蒼(次に会ったら、もっと素直になれるかな。気持ちを。伝えられるかな)
蒼、瞼を開く。
蒼M「って、ここ。どこ?」
蒼(昨晩は、坂元くんと楽しく飲んで。帰り際に。坂元くんから……告白されて。え? ええっ!?)
蒼、身を起こす。裸で寝ていることに驚く。
ベッド脇のサイドテーブルに眼鏡。
蒼(これ。坂元くんの……)
坂元「目が覚めた?」
坂元、バスローブ姿でやってくる。
蒼、血の気が引く。
蒼「……え」
坂元、ベッドにあがってくる。
蒼、布団で身体を隠す。
蒼(なに? なんで、こんな……)
蒼、目をそらす。
坂元、蒼の頭を撫でる。
坂元「どうしたの。昨夜は僕のこと、あんなに求めてくれたのに」
蒼「ウソ」
坂元「ショックだな。何度も名前を読んでくれた。『秀太郎』って。すごく可愛かったよ」
蒼(……そんな)
坂元「ちゃんと蒼の気持ちは伝わった」
蒼「わたしの、気持ち?」
坂元「僕が初恋だったんだろ」
蒼「!!」
坂元「僕も。君が、初恋だ」
蒼M「……坂元くんが。わたしのことを?」
坂元、蒼にキスしようとする。
蒼「ダメっ……」
蒼、抵抗する。
坂元、かまわずキスし、蒼に覆いかぶさる。
坂元「一度じゃ抱き足りない。君の好きなところ、もっと僕に教えて」
坂元、蒼の耳元で囁く。
蒼「やだ。やめて、坂元くん」
蒼、抵抗。
坂元「照れてる? それとも。やっぱり木崎のこと――」
蒼「木崎くんは関係ない!」
坂元「どうだか」
蒼「ねえ、本当にわたし。坂元くんと、寝たの……?」
蒼M「嘘だと言って」
坂元「少しも覚えてない? 僕を受け入れたこと。僕は覚えてるよ。君の身体のあちこちに残っている痕は僕がつけたし。これは。君が僕に残した愛の証だ」
坂元、バスローブをはだけさせる。胸元にキスマーク。
蒼(……っ!!)
蒼M「だったら、あの夢は。
彼に抱きしめられた気になっていたわたしは――」
蒼、青ざめる。手足が震える。
坂元、そっと蒼を抱きしめる。
坂元「怖がらせてごめん」
蒼「!!」
坂元「なにも君に乱暴したいわけじゃない。ただ、熱い夜だっただけに、すっかり忘れられちゃったのが虚しくてね」
蒼「…………」
坂元「このまま愛し合いたい。だけど。襲うようなことはしたくない」
蒼「ごめんなさい。わたし……」
坂元「謝るのは僕の方だ。木崎に君を奪われたくなくて焦ってしまった。カッコ悪いな、ほんと」
蒼「坂元くん……」
木崎「ねえ、吉岡さん。僕にまた恋してよ」
蒼、目を見開く。
坂元、蒼の頭の横で口元を歪め笑う。
◯空港(夜 ※現地時刻)
T『同時刻、ロサンゼルス』
桂、携帯画面を見つめて微笑む。
画面には(公園デート時の)蒼の写真が。
◯木崎マンション、寝室(朝)
木崎、電話している。
木崎「……は?」
木崎、目を見開く。
(第十六話 おわり)
◯居酒屋、個室(夜)
蒼、トイレから戻る。
坂元、咥えていた煙草を灰皿に押しあて火をけす。蒼の青ざめた顔を見てギョッとする。
坂元「どうかした?」
蒼「え?」
坂元「顔色悪いよ」
蒼(せっかく坂元くんとご飯食べてるのに。今は、なにもかも忘れて大崎航談義を楽しまなきゃ)
蒼「なんでもない!」
蒼、作り笑いする。
坂元「ひょっとして木崎と喧嘩した? 僕が誘ったりしたせいでギクシャクさせちゃったとか」
蒼「ないない!」
蒼、席につく。
坂元「本当に?」
蒼「うん。それより『初恋』のこと話そ! 坂元くんは、どのシーンが印象的だった?」
坂元「そうだな。どこも丁寧で印象的だったけど、世間を恐怖に陥れたシリアルキラーの加瀬が躊躇いなく殺人を繰り返すところかな。一見控えめで暴力性の見られない青年の心が鬼、という点は実在するサイコキラーにも見られる特徴でリアルだった」
蒼「わかる。人間の心の闇って、恐ろしいよね。幽霊とかゾンビより」
坂元「吉岡さんの気に入ったシーンはどこ?」
蒼「わたしは、加瀬が少年時代を振り返るシーン。淡い恋心を抱いていたことに気付かされるところ、鳥肌たった」
蒼M「本で読んだとき。モンスターにも心があったのだと感銘を受けた」
蒼「大崎航が愛について描くのは珍しい」
坂元「たしかに」
蒼「“恋に落ちていたということに気づいたのは。彼女が僕の腕の中で冷たくなったときだった”――彼は凄く後悔したんだよね。彼女に気持ちを伝えられなかったこと」
坂元「自分で息の根を止めておきながら、後悔する。加瀬の狂気が滲み出ていたシーンだ」
蒼M「加瀬は初恋の女を殺したあとで抱いた。動かなくなった彼女を愛でた。そんな惨い話を木崎くんが書いたのは十八の頃だ。
この作品を映像化するにあたり賛否両論があったらしい。それでも世に出る価値があると認められたことがわたしは嬉しい」
蒼「美しいと思った」
坂元「残酷なのに?」
蒼「加瀬は猟奇殺人鬼には違いない。絶対に彼を赦しちゃいけない。それでも加瀬の歪んだ愛情がわたしは嫌いになれなかった。それは加瀬のバックグラウンドが細かに描写されていたからだと思う。彼は物語の終盤で自殺してしまうけど、わたしの心の中には今も生き続けてる。きっと、この先も」
蒼、まっすぐに前を向く。
坂元「同意するよ」
蒼、ぱあっと笑顔になる。
蒼「創作の世界って、無限大だよね。それに。誰かの紡いだ物語が、どこかで誰かの拠り所になることが素敵だと思う」
坂元「ひょっとして。吉岡さんも執筆を?」
坂元、中指で眼鏡をあげる。
蒼、頬を染める。
蒼「……うん。歴浅い、素人だけどね!」
坂元「読んでみたいな」
蒼「えっ!?」
坂元「知り合いには内緒で書いてたりする?」
蒼「そうだね。あ、でも木崎くんだけには……」
坂元「木崎には読ませたんだ」
蒼「カツを入れてもらったところ」
坂元「じゃあ僕にも読ませてよ」
蒼、耳まで赤くなる。
蒼(木崎くんは毒舌がデフォだからすんなり受け入れられるし。顔のわからない相手からの批評はダメージないんだけど。優しい坂元くんから駄作って言われたらさすがのわたしでも三日くらいは引きずりそう……)
蒼「えっと。今、手直ししてる作品があって。手直しというか。全部書き直すんだけど。それが出来上がったら読んでもらえるかな?」
坂元「喜んで」
蒼「……ありがとう」
坂元「楽しみにしてる」
蒼(ウッ……ハードルあがる)
蒼「最初は、自分のために書いた。他になにもなかったから。それが顔も名前も知らない人に受け入れてもらえて。居場所となり生き甲斐となった。わたしも誰かの人生にほんの少しでも関わることができたのが嬉しい。たった一人に喜んでもらえることでこんなに幸せなのに、もっと多くの人に楽しんでもらえたらどれだけ満たされるんだろうって思う。きっかけをくれたのは、木崎くんなんだよ」
坂元「今の吉岡さんの言葉を木崎が聞いたら。水たまりに足でも突っ込みそうだ」
坂元、酒を飲む。
蒼「あはは。なにそれ。本人を目の前にすると、なかなかここまで語れないんだけど」
坂元「照れくさい?」
蒼「というよりは、語らせてくれないんだよね。嫌がって」
坂元「彼らしい」
蒼「それでも、言わなきゃ想いは伝わらないって思う。わたしの気持ちが大崎航の――木崎くんの一%でも力になら、伝えた方がいいよね。そうだ。ファンレター書こうかな。匿名で」
坂元「好きなの?」
蒼(……!)
坂元、蒼を見つめる。
坂元「友達と言いつつ木崎のこと男として見てるんじゃない?」
蒼「やだな。ちがうよ」
蒼(どうしてそういう方向に持っていきたがるの)
坂元「そうだろうか。僕にはそう思えてならない」
蒼「誤解だよ」
蒼M「だって、わたしが好きなのは。
好きなのは――……」
蒼、手元のグラスを口運ぶ。
坂元、その様子を薄笑いで見つめる。
蒼「美味しい……!」
坂元「気に入ってくれた?」
蒼「うん。なにが入ってるんだろ」
蒼、酒を飲む。
坂元「ココナッツリキュール」
蒼「へえ。めっちゃ好きだ、これ」
坂元「それはよかった」
坂元、優しく微笑みかける。
蒼、つられて笑顔に。あくびをする。
坂元「退屈?」
蒼「え、そんなことないよ」
蒼、目をこする。
坂元「寝不足だった?」
蒼(それはあるかもしれない。プロット練ってたから。でも、なんだろう。急に、睡魔が……。まだ二杯目だし酔ってはないと思うんだけど……)
坂元「実は、このあと吉岡さんを連れて行きたいところがあるんだけど」
蒼、腕時計を見る。
(時刻、二十二時すぎ)
蒼(もうこんな時間!)
蒼「そろそろ帰ろうかな」
坂元「残念」
蒼(電車なくなる前に帰りたいし。
にしても……)
坂元、蒼を見つめて微笑む。
坂元「ん?」
蒼M「こんな形で、坂元くんと再会するなんて。つくづく世間は狭いというか。人生なにがあるかわからないものだ」
蒼「誘ってくれてありがとう。楽しかった」
坂元「僕も。楽しかったよ」
坂元、蒼の隣に立つ。
坂元「立てる?」
蒼「あ……うん。大丈――」
蒼、立ちくらみ。
坂元、蒼を支える。
蒼「ごめっ……」
蒼(なんでだろう。思うように、力が、入らない)
坂元「木崎のことばかり見るの。やめてくれないかな」
蒼「え?」
坂元「昔から、そうだ。君はどんなに意地悪をされても。木崎のことを認めていて。すぐ傍で君のことを想う男に気づかずにいた」
坂元、蒼を抱きしめる。
蒼、目を見開く。
蒼「……!?」
坂元「運命だって思っちゃいけないかな。今夜、君と再会できたこと」
蒼M「あのね、坂元くん。
あなたはわたしの憧れだった。
そして――」
× × ×
(フラッシュ)
小学校、教室。
坂元、蒼にプリントを渡す。
蒼「あ、ありがとう」
坂元「なに書いてるの?」
坂元、蒼のノートを覗き込む。
蒼「えっ……と。これは」
蒼、俯く。
坂元「へえ。ヨーロッパにありそうな街並み。凄いよく描けてる、上手だね」
蒼、赤面。
× × ×
坂元「君が欲しい」
蒼M「紛れもなくあなたがわたしの初恋の男の子だったんだ」
蒼、目を閉じる。全身から力が抜ける。
坂元、不敵に笑う。
◯ホテル、ベッドの上(朝)
蒼M「――夢を見た。
大好きな男に抱きしめられる夢だ。
先輩を忘れられなかったときに繰り返し同じような夢をみたが、この夢はちがう。
だって彼はわたしを愛してくれているはずなのだから」
蒼(桂さんのバカ……。夢じゃなくて目の前に現れてよ)
蒼M「本当のバカは、わたしだ。
彼が必要なのはわたしの方なのだ」
蒼(次に会ったら、もっと素直になれるかな。気持ちを。伝えられるかな)
蒼、瞼を開く。
蒼M「って、ここ。どこ?」
蒼(昨晩は、坂元くんと楽しく飲んで。帰り際に。坂元くんから……告白されて。え? ええっ!?)
蒼、身を起こす。裸で寝ていることに驚く。
ベッド脇のサイドテーブルに眼鏡。
蒼(これ。坂元くんの……)
坂元「目が覚めた?」
坂元、バスローブ姿でやってくる。
蒼、血の気が引く。
蒼「……え」
坂元、ベッドにあがってくる。
蒼、布団で身体を隠す。
蒼(なに? なんで、こんな……)
蒼、目をそらす。
坂元、蒼の頭を撫でる。
坂元「どうしたの。昨夜は僕のこと、あんなに求めてくれたのに」
蒼「ウソ」
坂元「ショックだな。何度も名前を読んでくれた。『秀太郎』って。すごく可愛かったよ」
蒼(……そんな)
坂元「ちゃんと蒼の気持ちは伝わった」
蒼「わたしの、気持ち?」
坂元「僕が初恋だったんだろ」
蒼「!!」
坂元「僕も。君が、初恋だ」
蒼M「……坂元くんが。わたしのことを?」
坂元、蒼にキスしようとする。
蒼「ダメっ……」
蒼、抵抗する。
坂元、かまわずキスし、蒼に覆いかぶさる。
坂元「一度じゃ抱き足りない。君の好きなところ、もっと僕に教えて」
坂元、蒼の耳元で囁く。
蒼「やだ。やめて、坂元くん」
蒼、抵抗。
坂元「照れてる? それとも。やっぱり木崎のこと――」
蒼「木崎くんは関係ない!」
坂元「どうだか」
蒼「ねえ、本当にわたし。坂元くんと、寝たの……?」
蒼M「嘘だと言って」
坂元「少しも覚えてない? 僕を受け入れたこと。僕は覚えてるよ。君の身体のあちこちに残っている痕は僕がつけたし。これは。君が僕に残した愛の証だ」
坂元、バスローブをはだけさせる。胸元にキスマーク。
蒼(……っ!!)
蒼M「だったら、あの夢は。
彼に抱きしめられた気になっていたわたしは――」
蒼、青ざめる。手足が震える。
坂元、そっと蒼を抱きしめる。
坂元「怖がらせてごめん」
蒼「!!」
坂元「なにも君に乱暴したいわけじゃない。ただ、熱い夜だっただけに、すっかり忘れられちゃったのが虚しくてね」
蒼「…………」
坂元「このまま愛し合いたい。だけど。襲うようなことはしたくない」
蒼「ごめんなさい。わたし……」
坂元「謝るのは僕の方だ。木崎に君を奪われたくなくて焦ってしまった。カッコ悪いな、ほんと」
蒼「坂元くん……」
木崎「ねえ、吉岡さん。僕にまた恋してよ」
蒼、目を見開く。
坂元、蒼の頭の横で口元を歪め笑う。
◯空港(夜 ※現地時刻)
T『同時刻、ロサンゼルス』
桂、携帯画面を見つめて微笑む。
画面には(公園デート時の)蒼の写真が。
◯木崎マンション、寝室(朝)
木崎、電話している。
木崎「……は?」
木崎、目を見開く。
(第十六話 おわり)