私と結婚しませんか
#17 俺と一緒になれば
第十七話『俺と一緒になれば』
◯蒼マンション、部屋(夕方)
蒼、ベッドにうつ伏せ。枕に顔を埋める。
蒼M「誰が思うだろう。
初恋というタイトルの映画を見たあとに初恋の男の子から告白されてしまうなんて」
蒼(……そのうえ。シてしまうなんて)
蒼M「あのあと坂元くんは放心状態のわたしをタクシーに乗せ、運転手にお金を握らせた。電車で帰ると言ったのに。心配だから、と」
蒼(昔と雰囲気が違っても。やっぱり坂元くんは坂元くんだった)
× × ×
(フラッシュ)
ホテル、ベッドの上。
坂元「昨夜は僕のこと、あんなに求めてくれたのに」
坂元「ショックだな。何度も名前読んでくれた」
坂元「ねえ、吉岡さん。僕にまた恋してよ」
× × ×
蒼(わたし、最低だ。
坂元くんを期待させるような反応しちゃったんだ)
蒼、携帯を手に取る。カメラロールを開き写真(桂と蒼のツーショット、公園デート時)を眺める。
(携帯画面)
写真を削除しますか?
〈はい/いいえ〉
(『はい』選択のち、“削除しました”表示)
桂 恭一
“ブロックしますか?”
蒼M「深入りする前に抜け出せてよかった?
まだ、引き返せる?」
蒼(……無理)
蒼、桂をブロックせずに携帯をベッドに置く。
蒼(要らなくなったなら。要らないって言え)
蒼M「期待なんてしたくないクセに。
頭の中で彼がわたしに連絡できない理由を探して安心しようとしている。
だけど今更。
他の男と寝ておいて、どの面さげて会えっていうの」
(携帯の通知音)
蒼「……!!」
蒼、携帯を手に取る。
蒼M「真っ先に桂さんからの連絡なんじゃないかと考えてしまった」
(携帯画面)
【着信:木崎 航】
蒼(木崎くん?)
蒼、仰向けに寝転んだまま電話に出る。
蒼(もしかして昨日断ったこと根に持ってるんじゃ)
木崎の声「今どこ」
蒼「どこって……。家だけど」
木崎の声「外でんなよ。テレビつけんな。携帯も切ってろ。十分以内に着く」
蒼「え?」
蒼(テレビは見ないけど。なんで携帯切れとか言われなきゃならないの)
蒼「……ちょっとなに言ってるかわからないし。一人になりたいんだけど」
木崎の声「黙って俺のこと待ってろ」
木崎、一方的に電話を切る。
蒼「……なんなの」
(メッセージ)
坂元【ニュースみた?】
蒼「!?」
蒼(坂元くん今仕事中なんじゃ……? ニュース?)
蒼、ニュースを開き驚愕する。
(携帯画面)
【大崎航 熱愛発覚!?】
蒼(大崎航がトップニュースになってる。それも色恋沙汰で)
蒼「“波乱の三角関係”……? なにこれ」
蒼、呆れ顔。
蒼(ひょっとして木崎くんの家、記者に見張られてて。うちに避難しに来るとか? だったら少しくらい匿ってあげるか)
蒼「なになに。“Aさんを奪い合う現場をファンに目撃情報され――”」
蒼、画面をスクロール。目を見開く。
(携帯画面)
昨夜、舞台挨拶のあった劇場にて。 【蒼、木崎、坂元三人のうつる写真(蒼の手を掴む木崎。木崎の手を蒼から引き離そうとする坂元。坂元は後ろ姿。蒼、木崎は横顔。蒼の目元に横線)】
蒼「…………」
蒼M「Aさんってわたしかよ!!」
蒼(こんな写真、誰が撮ったの。いや、それより)
(記事)
目撃者によると、Aさんは二十前後の甘え上手な小悪魔系女子とのこと。ミステリアスなイメージを貫いてきた大崎航も惚れた女の前ではただの男ということか。
蒼M「誰が小悪魔系女子だ」
蒼(なんで木崎くんと坂元くんとわたしの三角関係みたく書かれてるの。芸能人のスキャンダルが週刊誌とかにデタラメで載せられるって話は聞くけど……これは酷い)
蒼、苦笑い。
ニュースに対するコメントを見て目を見開く。
(コメント)
【小悪魔っていうかただのビッチ】
【文才あっても女見る目ないとかw】
【映画の宣伝だろ】
【この女うざい。誰か特定してよ。】
【目元隠れてるけど普通にブスだよね(笑)】
蒼(そうか。木崎くんが携帯の電源を切れといったのは、これが理由か)
蒼M「情報に踊らされる人間が、苦手だ」
(メッセージ)
蒼【いま見た】
坂元【大丈夫?】
蒼【木崎くんのことだから。なんとかしちゃうんじゃない?】
坂元【いや。蒼が大丈夫かなと思って】
蒼(!)
(メッセージ)
蒼【わたしは平気だよ】
坂元【無理しないで。少しでも困ったことあったら相談して欲しい。信頼できる弁護士紹介するし、不安なときに傍にいることくらいなら僕にもできるから】
蒼(心配してくれてるんだ)
蒼M「坂元くんみたいな人と一緒になれば、幸せになれる……?」
蒼(って、なに考えてんだか)
(インターホンの音)
蒼(木崎くんかな)
◯同マンション、玄関(夕方)
蒼、扉を開ける。
扉の向こう側にはモデルのような長身美女(黒髪ロング、スーツ)に扮した木崎が。
蒼「あ……えっと?」
蒼、目を丸くさせる。
木崎「はやく中に入れろや」
蒼(イケボ!?)
蒼「ええっ……! まさか。木崎く――」
木崎「でけえ声出すな」
木崎、蒼の口を手で塞ぎ中に入り鍵をかける。
蒼「なにその格好」
木崎「見りゃわかんだろうが。変装だよ変装」
蒼M「逆に目立つ!!」
蒼(まあ、でも、さすがに木崎くんとは誰も思うまい)
蒼(めちゃくちゃキレイ)
蒼、木崎をガン見。
蒼(ウィッグに女物の服にメイク)
蒼「いつからそういう趣味――」
木崎「借りもんだ。知り合いから再三俺をこんな風に施してみたいと言われて断固拒否してたんだが。まさか。自分から頼む羽目になるとはな」
蒼(木崎くんの知り合いの気持ちがわからないでもない)
蒼「顔出した途端プライベートにまで踏み込まれて。人気者は大変だね」
木崎、バツの悪そうな顔をする。
木崎「見ちまったか」
蒼「なんか、ごめん」
木崎「なんで吉岡が謝んの」
蒼「木崎くんかわたしにフラれたみたいに書いてある記事、読んだ。心外だよねえ」
木崎、ため息をつく。
木崎「……オマエは、なんも悪くねえだろ」
◯蒼マンション、ダイニング(夕方)
蒼、木崎と並んで座る。
木崎「なんとか鎮火させたい」
蒼「やましい写真でもないし。堂々としてればいいんじゃない?」
木崎「いいか、吉岡。ネットに一度あがったものは永遠に消えない」
蒼「それはそうだけど」
木崎「俺は。大崎航は、高校生ンときからダークな話ばっか書いてるんだ。今更どんな印象抱かれようがかまわねーよ。この先、過去の女癖の悪さをネタにされたとして。それで離れてくファンなんざ俺は要らねえ。スキャンダルなんて痛くも痒くもない」
蒼(そうだよね。木崎くんは、この程度でぺしゃんとなる人じゃない)
蒼「それ聞いて安心した。なら、風化するの待とうよ」
木崎「後悔してる。吉岡を巻き込んだこと」
木崎、苛立ちを見せる。
木崎「出版業界の人間も来てたから。オマエのこと紹介してやれると思った」
蒼「!」
木崎「だけど軽率だった。あんな場所で手を握るべきではなかったんだ」
蒼「気にしないで。木崎くんは、なにも後ろめたいことしてないよ。盗撮して載せた人や事実確認もせずに記事を書いた人が悪い」
木崎「バッシング受けてるのは。……俺より、オマエの方だ。今は目線隠れてるけど。いつ外れた写真出回るかわかんねえし。知り合いならアレがオマエってわかるかもしれない。特定されて名前や住所が晒されたら、ここは安全じゃなくなる」
蒼M「そうか。木崎くんは、自分が誹謗中傷を受けることはなんともないのに、わたしが被害を受けるのは我慢ならないんだ」
蒼M「木崎くんが女の子をたらしこんでいるというよりは。わたしが、木崎くんを虜にしてるみたいな書かれ方してた。
事実とは違う情報が出回り、たくさんの人が的外れなことを言っている」
蒼「大丈夫だって。わたしは誰になんと言われても平気だから。木崎くんの作家活動に影響ないなら、それでいいと思う」
蒼M「失うものなんてない。
失いたくないものは、手に入れる資格をなくしてしまった」
蒼「むしろ気分いいかなー。大好きな大崎航を手玉に取った女なんてさ。それで困るとか贅沢すぎる悩みだ。そう思わない?」
蒼、木崎に微笑みかける。
木崎「強がんなよ」
蒼「そんなことないって」
木崎「俺には甘えられねーってか」
蒼「!」
木崎、神妙な顔つきになる。
木崎「桂になら。甘えられるか?」
蒼「!」
木崎「アイツに頼めば早急に火消しできるかもしれない」
蒼「…………」
蒼、木崎から目をそらす。
蒼「桂さんには頼まない」
木崎「は?」
蒼「もう一週間以上、連絡とってないし。会うことだって。……ないし」
沈黙が流れる。
木崎「そういや電話したとき、一人になりたいって言ってたな。なにがあった」
蒼「…………」
木崎「言えよ。喧嘩でもしたか?」
蒼「無理だった」
木崎「無理?」
蒼「わたしには。やっぱり恋愛は向いてなかった」
木崎「なんだそれ」
蒼M「一人でいい。
一生、恋なんてしなくていい」
蒼M「桂さんのことは忘れて。坂元くんには気持ちに応えられないって話して。
全部、終わらせよう」
木崎「そんなこと言うなよ」
蒼「いいの。これからは。夢を追いかける」
蒼M「それとも、忘れなくてもいいかな。
あんな滅茶苦茶なひと、忘れる方が難しいし。もう出逢えないだろうから。彼との甘いひとときを思い出にするくらい、赦されるだろうか」
木崎「俺と一緒になれば」
蒼「……え?」
蒼と木崎、見つめ合う。
木崎「俺が責任もって。オマエのこと幸せにしてやる。夢も。傍で応援してたい」
蒼「……責任って。なんの責任? 噂になったから? 別にわたし、傷ついてなんて――」
木崎「惚れた責任だ」
蒼M「ホレタセキニン?」
蒼「励まそうとして。無理してる?」
木崎「ちげえよ。犯すぞ」
蒼「っ、身体目当て……?」
蒼、うろたえる。
木崎「バカか。身体だけで選ぶならモデルでもグラビアアイドルでも食ってるわ」
蒼「……言い方がいやだ」
木崎「とにかく。吉岡に人としての魅力を感じてると同時に。女としても。放っておけない」
蒼「嘘。わたしのこと抱きしめてドキドキしないって言ったクセに」
木崎「したさ。しすぎて。……少しもエロい気分にもなれなかった」
蒼「……はあ?」
木崎「好きでもない女の料理食いにくるほど暇じゃねーんだよこっちは。下心なきゃ。バッタリ会った同級生と茶なんてしないだろうが」
木崎、赤面。手で顔を覆う。
木崎「天の邪鬼な態度ばかりとってきた。情けねーよな。引きたきゃ引けよ」
蒼「いや……その」
蒼、赤面。
木崎「意識しすぎか」
蒼「だって。こんなの。予想外すぎて」
蒼(木崎くんが。わたしを?)
木崎「せっかくだ。もっと予想外なことするか。記者会見でも開いて。俺たち結婚しますって発表しようぜ」
蒼「む、無理!」
木崎、蒼の顎を持ち上げる。
木崎「なら、オマエがその気になれるように。今から本気出してみるわ」
蒼「本気?」
木崎「そうだな。既成事実作るまで解放してやらないなんてのは、どうだ」
蒼「……え?」
木崎「確実に手に入れるためなら強行突破にでも出たくなるくらいには。どうしようもないくらい。オマエが欲しい」
蒼M「ねえ、木崎くん。
どんな気持ちでわたしの傍にいたの。
どんな気持ちで桂さんと三人で飲もうって言ってくれたの。
どんな気持ちで優しくしてくれたの?」
木崎「抱かせろよ。俺の身体、忘れられなくなるまで」
蒼「……木崎くん」
木崎「俺のこと男として見ろよ。向いてないとか言わずに、なあ。甘えてみろよ。俺を好きなだけ振り回せばいいだろ」
蒼「……っ」
木崎「はあ。なんで俺、一世一代の告白をこんな姿でしてんだろうな」
木崎、蒼から手を離し両手で頭を抱える。
蒼M「むしろ、口説かれた相手が綺麗なお姉さんで良かったなと思えるくらいには。
木崎くんの不器用でいてまっすぐな言葉に大きく心が揺れてしまった。
本当にわたしというやつは。
恋をしないなんて口だけだな。
こんなときも考えてしまうのは、やっぱり――」
木崎「わかってる」
蒼「……?」
木崎「オマエのことだ。どうせ、なんだかんだあの男しか見えてないんだろ」
蒼M「――図星だった」
木崎「ツンデレ発揮させてるだけで。会いたくて仕方がないんだろう?」
蒼「!!」
蒼M「そうだよ。わたしは桂さんに会いたくてたまらない」
木崎「連絡とってないくらいでヘコみやがって。少ないとは言えねえ誹謗中傷に耐えられるのに。好きな男とのことになると弱えんだな」
蒼M「ぐうの音もでない」
木崎「逃げんなよ。オマエのくだらない恋愛相談に付き合ってやってもいいがな。とにかく今は、オマエの身の安全を考えるぞ」
蒼(木崎くん……)
木崎、眉間にシワを寄せる。
蒼「あのね。坂元くんが、困ったら相談してって言ってた」
木崎「坂元が?」
蒼「なんか。信用できる弁護士紹介できるって」
木崎「そういやアイツの親は検察だったか。坂元は、なんの仕事してんだ?」
蒼「わかんない。休みなくて昨日が久々のオフだって……。ゆっくりできてよかったって。言ってたかな」
蒼、木崎から目をそらす。
木崎、ハッとする。
木崎「まさかとは思うけど」
蒼「なに?」
木崎「(引きつった笑顔)……坂元と。メシ食ったあと、別れたよな?」
蒼、木崎に視線を戻す。
木崎「ミステリー脳してるせいか。なにもかも伏線に思えちまう。悪いクセだ」
蒼(なにもかもが。伏線?)
蒼M「あの隠し撮り写真。坂元くんだけは、しっかり顔が隠れてた」
蒼、目を見開く。
木崎「変なこと聞いて悪かったな。今のは忘れてくれ――」
蒼「……寝た」
木崎、真顔になる。
蒼、木崎を見つめる。
蒼「坂元くんと。ホテル行った」
(第十七話 おわり)
◯蒼マンション、部屋(夕方)
蒼、ベッドにうつ伏せ。枕に顔を埋める。
蒼M「誰が思うだろう。
初恋というタイトルの映画を見たあとに初恋の男の子から告白されてしまうなんて」
蒼(……そのうえ。シてしまうなんて)
蒼M「あのあと坂元くんは放心状態のわたしをタクシーに乗せ、運転手にお金を握らせた。電車で帰ると言ったのに。心配だから、と」
蒼(昔と雰囲気が違っても。やっぱり坂元くんは坂元くんだった)
× × ×
(フラッシュ)
ホテル、ベッドの上。
坂元「昨夜は僕のこと、あんなに求めてくれたのに」
坂元「ショックだな。何度も名前読んでくれた」
坂元「ねえ、吉岡さん。僕にまた恋してよ」
× × ×
蒼(わたし、最低だ。
坂元くんを期待させるような反応しちゃったんだ)
蒼、携帯を手に取る。カメラロールを開き写真(桂と蒼のツーショット、公園デート時)を眺める。
(携帯画面)
写真を削除しますか?
〈はい/いいえ〉
(『はい』選択のち、“削除しました”表示)
桂 恭一
“ブロックしますか?”
蒼M「深入りする前に抜け出せてよかった?
まだ、引き返せる?」
蒼(……無理)
蒼、桂をブロックせずに携帯をベッドに置く。
蒼(要らなくなったなら。要らないって言え)
蒼M「期待なんてしたくないクセに。
頭の中で彼がわたしに連絡できない理由を探して安心しようとしている。
だけど今更。
他の男と寝ておいて、どの面さげて会えっていうの」
(携帯の通知音)
蒼「……!!」
蒼、携帯を手に取る。
蒼M「真っ先に桂さんからの連絡なんじゃないかと考えてしまった」
(携帯画面)
【着信:木崎 航】
蒼(木崎くん?)
蒼、仰向けに寝転んだまま電話に出る。
蒼(もしかして昨日断ったこと根に持ってるんじゃ)
木崎の声「今どこ」
蒼「どこって……。家だけど」
木崎の声「外でんなよ。テレビつけんな。携帯も切ってろ。十分以内に着く」
蒼「え?」
蒼(テレビは見ないけど。なんで携帯切れとか言われなきゃならないの)
蒼「……ちょっとなに言ってるかわからないし。一人になりたいんだけど」
木崎の声「黙って俺のこと待ってろ」
木崎、一方的に電話を切る。
蒼「……なんなの」
(メッセージ)
坂元【ニュースみた?】
蒼「!?」
蒼(坂元くん今仕事中なんじゃ……? ニュース?)
蒼、ニュースを開き驚愕する。
(携帯画面)
【大崎航 熱愛発覚!?】
蒼(大崎航がトップニュースになってる。それも色恋沙汰で)
蒼「“波乱の三角関係”……? なにこれ」
蒼、呆れ顔。
蒼(ひょっとして木崎くんの家、記者に見張られてて。うちに避難しに来るとか? だったら少しくらい匿ってあげるか)
蒼「なになに。“Aさんを奪い合う現場をファンに目撃情報され――”」
蒼、画面をスクロール。目を見開く。
(携帯画面)
昨夜、舞台挨拶のあった劇場にて。 【蒼、木崎、坂元三人のうつる写真(蒼の手を掴む木崎。木崎の手を蒼から引き離そうとする坂元。坂元は後ろ姿。蒼、木崎は横顔。蒼の目元に横線)】
蒼「…………」
蒼M「Aさんってわたしかよ!!」
蒼(こんな写真、誰が撮ったの。いや、それより)
(記事)
目撃者によると、Aさんは二十前後の甘え上手な小悪魔系女子とのこと。ミステリアスなイメージを貫いてきた大崎航も惚れた女の前ではただの男ということか。
蒼M「誰が小悪魔系女子だ」
蒼(なんで木崎くんと坂元くんとわたしの三角関係みたく書かれてるの。芸能人のスキャンダルが週刊誌とかにデタラメで載せられるって話は聞くけど……これは酷い)
蒼、苦笑い。
ニュースに対するコメントを見て目を見開く。
(コメント)
【小悪魔っていうかただのビッチ】
【文才あっても女見る目ないとかw】
【映画の宣伝だろ】
【この女うざい。誰か特定してよ。】
【目元隠れてるけど普通にブスだよね(笑)】
蒼(そうか。木崎くんが携帯の電源を切れといったのは、これが理由か)
蒼M「情報に踊らされる人間が、苦手だ」
(メッセージ)
蒼【いま見た】
坂元【大丈夫?】
蒼【木崎くんのことだから。なんとかしちゃうんじゃない?】
坂元【いや。蒼が大丈夫かなと思って】
蒼(!)
(メッセージ)
蒼【わたしは平気だよ】
坂元【無理しないで。少しでも困ったことあったら相談して欲しい。信頼できる弁護士紹介するし、不安なときに傍にいることくらいなら僕にもできるから】
蒼(心配してくれてるんだ)
蒼M「坂元くんみたいな人と一緒になれば、幸せになれる……?」
蒼(って、なに考えてんだか)
(インターホンの音)
蒼(木崎くんかな)
◯同マンション、玄関(夕方)
蒼、扉を開ける。
扉の向こう側にはモデルのような長身美女(黒髪ロング、スーツ)に扮した木崎が。
蒼「あ……えっと?」
蒼、目を丸くさせる。
木崎「はやく中に入れろや」
蒼(イケボ!?)
蒼「ええっ……! まさか。木崎く――」
木崎「でけえ声出すな」
木崎、蒼の口を手で塞ぎ中に入り鍵をかける。
蒼「なにその格好」
木崎「見りゃわかんだろうが。変装だよ変装」
蒼M「逆に目立つ!!」
蒼(まあ、でも、さすがに木崎くんとは誰も思うまい)
蒼(めちゃくちゃキレイ)
蒼、木崎をガン見。
蒼(ウィッグに女物の服にメイク)
蒼「いつからそういう趣味――」
木崎「借りもんだ。知り合いから再三俺をこんな風に施してみたいと言われて断固拒否してたんだが。まさか。自分から頼む羽目になるとはな」
蒼(木崎くんの知り合いの気持ちがわからないでもない)
蒼「顔出した途端プライベートにまで踏み込まれて。人気者は大変だね」
木崎、バツの悪そうな顔をする。
木崎「見ちまったか」
蒼「なんか、ごめん」
木崎「なんで吉岡が謝んの」
蒼「木崎くんかわたしにフラれたみたいに書いてある記事、読んだ。心外だよねえ」
木崎、ため息をつく。
木崎「……オマエは、なんも悪くねえだろ」
◯蒼マンション、ダイニング(夕方)
蒼、木崎と並んで座る。
木崎「なんとか鎮火させたい」
蒼「やましい写真でもないし。堂々としてればいいんじゃない?」
木崎「いいか、吉岡。ネットに一度あがったものは永遠に消えない」
蒼「それはそうだけど」
木崎「俺は。大崎航は、高校生ンときからダークな話ばっか書いてるんだ。今更どんな印象抱かれようがかまわねーよ。この先、過去の女癖の悪さをネタにされたとして。それで離れてくファンなんざ俺は要らねえ。スキャンダルなんて痛くも痒くもない」
蒼(そうだよね。木崎くんは、この程度でぺしゃんとなる人じゃない)
蒼「それ聞いて安心した。なら、風化するの待とうよ」
木崎「後悔してる。吉岡を巻き込んだこと」
木崎、苛立ちを見せる。
木崎「出版業界の人間も来てたから。オマエのこと紹介してやれると思った」
蒼「!」
木崎「だけど軽率だった。あんな場所で手を握るべきではなかったんだ」
蒼「気にしないで。木崎くんは、なにも後ろめたいことしてないよ。盗撮して載せた人や事実確認もせずに記事を書いた人が悪い」
木崎「バッシング受けてるのは。……俺より、オマエの方だ。今は目線隠れてるけど。いつ外れた写真出回るかわかんねえし。知り合いならアレがオマエってわかるかもしれない。特定されて名前や住所が晒されたら、ここは安全じゃなくなる」
蒼M「そうか。木崎くんは、自分が誹謗中傷を受けることはなんともないのに、わたしが被害を受けるのは我慢ならないんだ」
蒼M「木崎くんが女の子をたらしこんでいるというよりは。わたしが、木崎くんを虜にしてるみたいな書かれ方してた。
事実とは違う情報が出回り、たくさんの人が的外れなことを言っている」
蒼「大丈夫だって。わたしは誰になんと言われても平気だから。木崎くんの作家活動に影響ないなら、それでいいと思う」
蒼M「失うものなんてない。
失いたくないものは、手に入れる資格をなくしてしまった」
蒼「むしろ気分いいかなー。大好きな大崎航を手玉に取った女なんてさ。それで困るとか贅沢すぎる悩みだ。そう思わない?」
蒼、木崎に微笑みかける。
木崎「強がんなよ」
蒼「そんなことないって」
木崎「俺には甘えられねーってか」
蒼「!」
木崎、神妙な顔つきになる。
木崎「桂になら。甘えられるか?」
蒼「!」
木崎「アイツに頼めば早急に火消しできるかもしれない」
蒼「…………」
蒼、木崎から目をそらす。
蒼「桂さんには頼まない」
木崎「は?」
蒼「もう一週間以上、連絡とってないし。会うことだって。……ないし」
沈黙が流れる。
木崎「そういや電話したとき、一人になりたいって言ってたな。なにがあった」
蒼「…………」
木崎「言えよ。喧嘩でもしたか?」
蒼「無理だった」
木崎「無理?」
蒼「わたしには。やっぱり恋愛は向いてなかった」
木崎「なんだそれ」
蒼M「一人でいい。
一生、恋なんてしなくていい」
蒼M「桂さんのことは忘れて。坂元くんには気持ちに応えられないって話して。
全部、終わらせよう」
木崎「そんなこと言うなよ」
蒼「いいの。これからは。夢を追いかける」
蒼M「それとも、忘れなくてもいいかな。
あんな滅茶苦茶なひと、忘れる方が難しいし。もう出逢えないだろうから。彼との甘いひとときを思い出にするくらい、赦されるだろうか」
木崎「俺と一緒になれば」
蒼「……え?」
蒼と木崎、見つめ合う。
木崎「俺が責任もって。オマエのこと幸せにしてやる。夢も。傍で応援してたい」
蒼「……責任って。なんの責任? 噂になったから? 別にわたし、傷ついてなんて――」
木崎「惚れた責任だ」
蒼M「ホレタセキニン?」
蒼「励まそうとして。無理してる?」
木崎「ちげえよ。犯すぞ」
蒼「っ、身体目当て……?」
蒼、うろたえる。
木崎「バカか。身体だけで選ぶならモデルでもグラビアアイドルでも食ってるわ」
蒼「……言い方がいやだ」
木崎「とにかく。吉岡に人としての魅力を感じてると同時に。女としても。放っておけない」
蒼「嘘。わたしのこと抱きしめてドキドキしないって言ったクセに」
木崎「したさ。しすぎて。……少しもエロい気分にもなれなかった」
蒼「……はあ?」
木崎「好きでもない女の料理食いにくるほど暇じゃねーんだよこっちは。下心なきゃ。バッタリ会った同級生と茶なんてしないだろうが」
木崎、赤面。手で顔を覆う。
木崎「天の邪鬼な態度ばかりとってきた。情けねーよな。引きたきゃ引けよ」
蒼「いや……その」
蒼、赤面。
木崎「意識しすぎか」
蒼「だって。こんなの。予想外すぎて」
蒼(木崎くんが。わたしを?)
木崎「せっかくだ。もっと予想外なことするか。記者会見でも開いて。俺たち結婚しますって発表しようぜ」
蒼「む、無理!」
木崎、蒼の顎を持ち上げる。
木崎「なら、オマエがその気になれるように。今から本気出してみるわ」
蒼「本気?」
木崎「そうだな。既成事実作るまで解放してやらないなんてのは、どうだ」
蒼「……え?」
木崎「確実に手に入れるためなら強行突破にでも出たくなるくらいには。どうしようもないくらい。オマエが欲しい」
蒼M「ねえ、木崎くん。
どんな気持ちでわたしの傍にいたの。
どんな気持ちで桂さんと三人で飲もうって言ってくれたの。
どんな気持ちで優しくしてくれたの?」
木崎「抱かせろよ。俺の身体、忘れられなくなるまで」
蒼「……木崎くん」
木崎「俺のこと男として見ろよ。向いてないとか言わずに、なあ。甘えてみろよ。俺を好きなだけ振り回せばいいだろ」
蒼「……っ」
木崎「はあ。なんで俺、一世一代の告白をこんな姿でしてんだろうな」
木崎、蒼から手を離し両手で頭を抱える。
蒼M「むしろ、口説かれた相手が綺麗なお姉さんで良かったなと思えるくらいには。
木崎くんの不器用でいてまっすぐな言葉に大きく心が揺れてしまった。
本当にわたしというやつは。
恋をしないなんて口だけだな。
こんなときも考えてしまうのは、やっぱり――」
木崎「わかってる」
蒼「……?」
木崎「オマエのことだ。どうせ、なんだかんだあの男しか見えてないんだろ」
蒼M「――図星だった」
木崎「ツンデレ発揮させてるだけで。会いたくて仕方がないんだろう?」
蒼「!!」
蒼M「そうだよ。わたしは桂さんに会いたくてたまらない」
木崎「連絡とってないくらいでヘコみやがって。少ないとは言えねえ誹謗中傷に耐えられるのに。好きな男とのことになると弱えんだな」
蒼M「ぐうの音もでない」
木崎「逃げんなよ。オマエのくだらない恋愛相談に付き合ってやってもいいがな。とにかく今は、オマエの身の安全を考えるぞ」
蒼(木崎くん……)
木崎、眉間にシワを寄せる。
蒼「あのね。坂元くんが、困ったら相談してって言ってた」
木崎「坂元が?」
蒼「なんか。信用できる弁護士紹介できるって」
木崎「そういやアイツの親は検察だったか。坂元は、なんの仕事してんだ?」
蒼「わかんない。休みなくて昨日が久々のオフだって……。ゆっくりできてよかったって。言ってたかな」
蒼、木崎から目をそらす。
木崎、ハッとする。
木崎「まさかとは思うけど」
蒼「なに?」
木崎「(引きつった笑顔)……坂元と。メシ食ったあと、別れたよな?」
蒼、木崎に視線を戻す。
木崎「ミステリー脳してるせいか。なにもかも伏線に思えちまう。悪いクセだ」
蒼(なにもかもが。伏線?)
蒼M「あの隠し撮り写真。坂元くんだけは、しっかり顔が隠れてた」
蒼、目を見開く。
木崎「変なこと聞いて悪かったな。今のは忘れてくれ――」
蒼「……寝た」
木崎、真顔になる。
蒼、木崎を見つめる。
蒼「坂元くんと。ホテル行った」
(第十七話 おわり)