私と結婚しませんか
#01 いただけますか
第一話『いただけますか』
◯スーパー・店内
蒼M「人生は、妥協の連続である」
吉岡蒼(22)、レジ横を通過する。
蒼M「スーパーという場所は、不愉快のオンパレードだ」
× × ×
(フラッシュ)
スーパーのレジ。
蒼の前に、しれっと割り込む中年女性。
蒼(テメェ……)
× × ×
蒼M「会計を言い渡されたあとで財布を探し始めたり会計後にポイントカードや値引きクーポンを出してごねる人間が苦手だ。
それから――」
× × ×
(フラッシュ)
スーパーのレジ、長蛇の列。
中年男性「ねーちゃん、アレどこに売ってるん? アレやん、ほら、アレやって」
店員「少々お待ちください」
蒼(アレってなんだよ)
蒼M「ところかまわず自分の都合を最優先させたがる人間が、苦手だ」
× × ×
蒼、商品棚を陳列する。
蒼(なぜ鯖缶がツナ缶の列に混ざってるの。ラベルは前を向けて、賞味期限の新しいものこそ奥に置くべきでしょ。これでヨシ)
蒼、持ち場(加工品売り場前・試食コーナー)について仕事を始める。
男児A「待てやー!」
男児B「待つかよ」
蒼M「こんなところで走り回る子供が苦手だ」
男児A「あ、オバさんまたウインナー焼いてんのか?」
蒼(オバさんいうな。まだ二十二だ。……まあ、君らから見れば仕方ないか)
蒼「(営業スマイル)ちょっと、ボクたち。店内を走り回るのは危ないからやめようねー?」
男児A「笑うなよキモい」
蒼「(真顔)口の利き方反吐が出るまで叩き込んでやろうかクソガキ」
蒼M「生意気な子供が、苦手だ」
男児B「あはは、そっちの方が面白いから、好き〜」
蒼(……っ、すき?)
蒼、うろたえる。
男児A「食おうぜ」
男児B「おう、腹減ってたんだー」
蒼「あんたたちが来ても売上にならないわ」
ホットプレートの横に立つ蒼が、ウインナーにつまようじをさして男児に渡す。
蒼「熱いから気をつけてね」
男児A「あっつ」
男児B「あつ!?」
蒼(オマエら……言ったそばから……)
蒼M「話を聞かないやつも、苦手だ」
蒼「大丈夫? 水飲む?」
男児A「(顔を引きつらせながら)ヨユウ」
蒼M「明らかな痩せ我慢である」
蒼(……かわいいかよ)
男児B「ウリアゲって?」
蒼(しまった、子供相手にする話ではなかったな)
蒼「君たちが美味しそうに食べてくれるのは嬉しいけど。買ってくれないと、おねえ……オバさんちょっと寂しいかな」
蒼M「売上がわたしの給料に影響することはない。それでも一袋でも多く売れたらいいなと思う気持ちでここに立っている」
男児A「うちの母さんにすすめといたら、このまえ買ってきたぞ」
蒼「おお、でかした」
男児B「俺も買ってって言っとくわ」
蒼「頼んだよ勇者さま」
男児A「まだぜんぜん食える〜」
蒼「なら、お土産にどうだいお兄ちゃん?」
男児A「は? アイス買いに来たから無理」
蒼(ですよね〜〜〜)
ホットプレートに顔を寄せる、男児A。
蒼「(焦った表情)っ、コラ。あんまり近づいたら危ない!」
男児A「え?」
男児B「俺、知ってる。この黒い鉄板のところに触れたらヤケドすんだろ?」
男児B、ホットプレートを指さす。
蒼「そうさ、その通りだが、顔や手を近づけるのはやめたまえ」
男児B「えー、触んないし」
蒼(いやいや心臓に悪いわ。どんな事故に繋がるかもわからない。君の指をジュウジュウと香ばしく焼きたくはないものだ)
蒼「(真剣な顔)触らなくても油が跳ねたりすることもあるの。油断しないこと」
男児A「ハイハーイ。じゃあまたな、オバさん」
蒼「(眉をつり上げ)ハイはいっかい! 吉岡だ!」
男児B「あはは。またな、ヨシオカ」
蒼(呼び捨てかい)
蒼、ため息をつく。
蒼「(微笑みながら)まったく」
蒼M「これだから子供は苦手なのだ」
蒼(アレが何十人もいるクラスを受け持つ教師という職に就いている人間は立派だな。赤ちゃんから大人になるまで育てあげる母親においては、頭があがらない)
蒼M「スーパーそのものに恨みなどない。むしろ手軽で、新鮮で、お買い得商品を多数取り揃えている楽園であるし――」
女児「ママー、ウインナーたべたい!」
親子、近づいてくる。
吉岡、ウインナーを女児に渡す。
女児、美味しそうに頬張る。
母親、ウインナーの袋をカートに入れる。
蒼「お買い上げありがとうございます」
女児「お姉ちゃん、ごちそうさま〜!」
女児、大きく手を振る。
吉岡、小さく振り返す。
蒼M「こういう瞬間は、まあ、悪くない」
女性客が、ながらスマホで蒼の隣を横切っていく。
手に持っているカゴがベビーカーの赤子に当たりそうになる。
赤子の母親は、友人らしき女性と立ち話をして道を塞いでいる。
蒼(ちょっ……)
思わず近づく蒼。
カゴ、赤子に当たらずに通過。
蒼(あっぶないなあ!?)
蒼M「他人の迷惑を顧みない人間が、本当に苦手だ」
蒼、赤子の寝顔を見つめる。
蒼(……めちゃくちゃかわいい)
蒼M「細かいことが気になりすぎるが故に、他人に対しても、そして自分に対しても期待値をさげて生活している。
こんなわたしには、子育てどころか他人との共同生活などまったくの無縁であると。
そう思っていたのに――」
桂「こんにちは」
蒼M「人生を狂わせる男が現れるなんて。
このときのわたしは、微塵も考えていなかったんだ」
蒼、目の前に立つ声の主(桂恭一)(30)を足元から天井に向かって目視する。
蒼(高そうな革靴に、高そうなスーツ……って、足なが。デカ。一八〇あるんじゃ……)
蒼、あたりを見渡す。
蒼(子連れではないのかな)
蒼「こんにちは」
蒼(顔ちっさ。睫毛なが。鼻高。ていうか、え、美形すぎやしないか……?)
蒼M「年は、二十後半くらいだろうか。黒い髪はきちんとセットされていて、このままパーティーにでも出席できそうな格好だが――」
蒼(なぜ庶民のスーパーにこんな凄まじいオーラを放つ紳士が? 映画の撮影でも始ま……ってないよねカメラ一台もないし。ひとまず貴方様に油が飛んだら責任とれないので離れてもらっても?)
桂「ひとつ、いただけますか」
蒼「へ?」
桂「味見してみたかったのですが。私がいただいちゃマズいですかね」
蒼(まさかの試食希望!?)
蒼「いえ、是非食べていって下さい」
蒼(売っているわたしが言うのもなんだけど、普通のウインナーですよ。さっき小学生と幼稚園児くらいの子が喜んでつまんでいきました。お弁当に入ってると嬉しい一口サイズのやつです。勿論どなたでも大歓迎ですがね? セレブの口に合うかどうか……)
桂「あーん、してくれますか」
蒼「…………」
吉岡と桂、無言で数秒見つめ合う。
蒼M「今、なんつった?」
桂「実は私、こう見えて猫舌でして。昔、たこ焼きで口の中の皮がはがれたのがトラウマなのです。あれは酷かった」
蒼「……はあ」
吉岡(どんくさいな。聞いたこっちがトラウマになるわ。って、なんのハナシだ?)
桂「ふーふー、あーん。してくれます?」
蒼(いや誰がするか。余計なオプション増えてない?」
蒼「当店では、そのようなサービスは……」
蒼(ってこれ昼間のスーパーで吐く台詞か?」
桂「そこをなんとかお願いしたい」
蒼M(キャバクラにでも行ってドレス着た女の子に野菜スティックでもかじらせてもらえコノヤロウ)
蒼「(営業スマイル)お断りします」
桂「残念です」
蒼M「こっちの台詞だ。ルックスも立ち振る舞いも申し分ないウルトラ紳士だが発言が最高に気持ちわるくて残念だな? さっきの台詞は取り消そう。誰でも歓迎してたまるか」
蒼(無視したい。場合によっては通報も……。いや、いちいち真に受ける必要ないか。この人なりのジョークかもしれない。なんにせよ変な男だな)
蒼「(営業スマイル)どうぞ」
蒼、ウインナーを男に差す。
蒼(さあ、自分で食え。ただの冷やかしならとっとと失せろ――)
桂、吉岡の手首を掴みあげる。
蒼(……!!)
桂「いただきます」
蒼「な、」
桂、吉岡の手からウインナーを食べる。
老人「まあまあ。お熱いこと」
そばを通ったお年を召した女性、顔に
手をあてクスッと笑う。
蒼M「笑い事じゃないです、ご婦人。これはセクハラです。熱いのはウインナーだけで十分です。鳥肌立ってます……!」
桂、上品にウインナーを食べ、高そうなハンカチをポケットから取り出し口をぬぐう。
蒼M「綺麗な色をした薄い唇。細く長い指。いちいち美しい仕草。きっとこの男をひと目見ただけで落ちる女性も少なくはないだろうという気がしてくる。わたしだって気持ち悪いことされなきゃ『お、おう。超絶イケメン現る……』と見惚れていたはずだ。
ただし――その正体、ヘンタイにつき。
強制的にわたしの手からウインナーを食べやがった。つまようじは依然として私の親指と人差し指に挟まれたままである。
さすがにこれはおかしいだろう!?」
桂「おかわり。いただけますか?」
蒼「買えや」
蒼(やばい思わず素で突っ込んでしまった。相手はヘンタイでもお客様なのに。いやヘンタイだからお客様でもないか。帰れ)
桂「そうですね。購入すると致しましょう」
蒼「!」
蒼(ちゃんと買う意志あるの?)
桂、ポケットから携帯を取り出すと操作して耳に当てる。
蒼(がかかってきた、というよりは。こちらからかけてるようだが……)
蒼「あの、そこ、通路なのですが」
蒼(邪魔になるんだけどなあ)
桂「おっと。これは失礼」
桂、蒼に近づく。
蒼(ち、近ッ!? そこまで傍にこなくても……)
蒼M「立ち姿が妙に色っぽい。思わずドキリとしてしまう。相手はおかしな男なのに。なんだかなあ」
蒼(黙っていれば、すごくカッコいい。黙っていれば)
桂「佐藤社長ですか」
蒼(イケボだし。社長レベルの人にポンと電話かけられるの?」
桂「ご無沙汰してます。桂です。今、おたくの吉岡さんといまして」
蒼(ん?)
桂「はい、試食販売員の。もらっていっていいですかね」
蒼M(うちの派遣会社の社長に電話してんの? ウインナー買うのに社長に許可取る意味わかんない。というか社長の知り合い?)
桂「ええ、あるだけすべて買い取ります」
蒼(え? ウインナー買い占めるの?)
桂「吉岡さんも含めて」
桂、蒼を覗き込む。
蒼(……はい?)
桂「はい。そうさせていただきましょう。で
は、のちほど」
蒼M「会話おかしくなかった? 人身売買みたいなこと言ってたの気のせいだよね?」
桂、電話をポケットにしまうと目を細め蒼を見つめる。
桂「と、いうことで。うちに帰って、おかわりさせてもらうとしましょうか」
蒼「…………」
蒼M「どういうことだ?」
〈第一話 おわり〉
◯スーパー・店内
蒼M「人生は、妥協の連続である」
吉岡蒼(22)、レジ横を通過する。
蒼M「スーパーという場所は、不愉快のオンパレードだ」
× × ×
(フラッシュ)
スーパーのレジ。
蒼の前に、しれっと割り込む中年女性。
蒼(テメェ……)
× × ×
蒼M「会計を言い渡されたあとで財布を探し始めたり会計後にポイントカードや値引きクーポンを出してごねる人間が苦手だ。
それから――」
× × ×
(フラッシュ)
スーパーのレジ、長蛇の列。
中年男性「ねーちゃん、アレどこに売ってるん? アレやん、ほら、アレやって」
店員「少々お待ちください」
蒼(アレってなんだよ)
蒼M「ところかまわず自分の都合を最優先させたがる人間が、苦手だ」
× × ×
蒼、商品棚を陳列する。
蒼(なぜ鯖缶がツナ缶の列に混ざってるの。ラベルは前を向けて、賞味期限の新しいものこそ奥に置くべきでしょ。これでヨシ)
蒼、持ち場(加工品売り場前・試食コーナー)について仕事を始める。
男児A「待てやー!」
男児B「待つかよ」
蒼M「こんなところで走り回る子供が苦手だ」
男児A「あ、オバさんまたウインナー焼いてんのか?」
蒼(オバさんいうな。まだ二十二だ。……まあ、君らから見れば仕方ないか)
蒼「(営業スマイル)ちょっと、ボクたち。店内を走り回るのは危ないからやめようねー?」
男児A「笑うなよキモい」
蒼「(真顔)口の利き方反吐が出るまで叩き込んでやろうかクソガキ」
蒼M「生意気な子供が、苦手だ」
男児B「あはは、そっちの方が面白いから、好き〜」
蒼(……っ、すき?)
蒼、うろたえる。
男児A「食おうぜ」
男児B「おう、腹減ってたんだー」
蒼「あんたたちが来ても売上にならないわ」
ホットプレートの横に立つ蒼が、ウインナーにつまようじをさして男児に渡す。
蒼「熱いから気をつけてね」
男児A「あっつ」
男児B「あつ!?」
蒼(オマエら……言ったそばから……)
蒼M「話を聞かないやつも、苦手だ」
蒼「大丈夫? 水飲む?」
男児A「(顔を引きつらせながら)ヨユウ」
蒼M「明らかな痩せ我慢である」
蒼(……かわいいかよ)
男児B「ウリアゲって?」
蒼(しまった、子供相手にする話ではなかったな)
蒼「君たちが美味しそうに食べてくれるのは嬉しいけど。買ってくれないと、おねえ……オバさんちょっと寂しいかな」
蒼M「売上がわたしの給料に影響することはない。それでも一袋でも多く売れたらいいなと思う気持ちでここに立っている」
男児A「うちの母さんにすすめといたら、このまえ買ってきたぞ」
蒼「おお、でかした」
男児B「俺も買ってって言っとくわ」
蒼「頼んだよ勇者さま」
男児A「まだぜんぜん食える〜」
蒼「なら、お土産にどうだいお兄ちゃん?」
男児A「は? アイス買いに来たから無理」
蒼(ですよね〜〜〜)
ホットプレートに顔を寄せる、男児A。
蒼「(焦った表情)っ、コラ。あんまり近づいたら危ない!」
男児A「え?」
男児B「俺、知ってる。この黒い鉄板のところに触れたらヤケドすんだろ?」
男児B、ホットプレートを指さす。
蒼「そうさ、その通りだが、顔や手を近づけるのはやめたまえ」
男児B「えー、触んないし」
蒼(いやいや心臓に悪いわ。どんな事故に繋がるかもわからない。君の指をジュウジュウと香ばしく焼きたくはないものだ)
蒼「(真剣な顔)触らなくても油が跳ねたりすることもあるの。油断しないこと」
男児A「ハイハーイ。じゃあまたな、オバさん」
蒼「(眉をつり上げ)ハイはいっかい! 吉岡だ!」
男児B「あはは。またな、ヨシオカ」
蒼(呼び捨てかい)
蒼、ため息をつく。
蒼「(微笑みながら)まったく」
蒼M「これだから子供は苦手なのだ」
蒼(アレが何十人もいるクラスを受け持つ教師という職に就いている人間は立派だな。赤ちゃんから大人になるまで育てあげる母親においては、頭があがらない)
蒼M「スーパーそのものに恨みなどない。むしろ手軽で、新鮮で、お買い得商品を多数取り揃えている楽園であるし――」
女児「ママー、ウインナーたべたい!」
親子、近づいてくる。
吉岡、ウインナーを女児に渡す。
女児、美味しそうに頬張る。
母親、ウインナーの袋をカートに入れる。
蒼「お買い上げありがとうございます」
女児「お姉ちゃん、ごちそうさま〜!」
女児、大きく手を振る。
吉岡、小さく振り返す。
蒼M「こういう瞬間は、まあ、悪くない」
女性客が、ながらスマホで蒼の隣を横切っていく。
手に持っているカゴがベビーカーの赤子に当たりそうになる。
赤子の母親は、友人らしき女性と立ち話をして道を塞いでいる。
蒼(ちょっ……)
思わず近づく蒼。
カゴ、赤子に当たらずに通過。
蒼(あっぶないなあ!?)
蒼M「他人の迷惑を顧みない人間が、本当に苦手だ」
蒼、赤子の寝顔を見つめる。
蒼(……めちゃくちゃかわいい)
蒼M「細かいことが気になりすぎるが故に、他人に対しても、そして自分に対しても期待値をさげて生活している。
こんなわたしには、子育てどころか他人との共同生活などまったくの無縁であると。
そう思っていたのに――」
桂「こんにちは」
蒼M「人生を狂わせる男が現れるなんて。
このときのわたしは、微塵も考えていなかったんだ」
蒼、目の前に立つ声の主(桂恭一)(30)を足元から天井に向かって目視する。
蒼(高そうな革靴に、高そうなスーツ……って、足なが。デカ。一八〇あるんじゃ……)
蒼、あたりを見渡す。
蒼(子連れではないのかな)
蒼「こんにちは」
蒼(顔ちっさ。睫毛なが。鼻高。ていうか、え、美形すぎやしないか……?)
蒼M「年は、二十後半くらいだろうか。黒い髪はきちんとセットされていて、このままパーティーにでも出席できそうな格好だが――」
蒼(なぜ庶民のスーパーにこんな凄まじいオーラを放つ紳士が? 映画の撮影でも始ま……ってないよねカメラ一台もないし。ひとまず貴方様に油が飛んだら責任とれないので離れてもらっても?)
桂「ひとつ、いただけますか」
蒼「へ?」
桂「味見してみたかったのですが。私がいただいちゃマズいですかね」
蒼(まさかの試食希望!?)
蒼「いえ、是非食べていって下さい」
蒼(売っているわたしが言うのもなんだけど、普通のウインナーですよ。さっき小学生と幼稚園児くらいの子が喜んでつまんでいきました。お弁当に入ってると嬉しい一口サイズのやつです。勿論どなたでも大歓迎ですがね? セレブの口に合うかどうか……)
桂「あーん、してくれますか」
蒼「…………」
吉岡と桂、無言で数秒見つめ合う。
蒼M「今、なんつった?」
桂「実は私、こう見えて猫舌でして。昔、たこ焼きで口の中の皮がはがれたのがトラウマなのです。あれは酷かった」
蒼「……はあ」
吉岡(どんくさいな。聞いたこっちがトラウマになるわ。って、なんのハナシだ?)
桂「ふーふー、あーん。してくれます?」
蒼(いや誰がするか。余計なオプション増えてない?」
蒼「当店では、そのようなサービスは……」
蒼(ってこれ昼間のスーパーで吐く台詞か?」
桂「そこをなんとかお願いしたい」
蒼M(キャバクラにでも行ってドレス着た女の子に野菜スティックでもかじらせてもらえコノヤロウ)
蒼「(営業スマイル)お断りします」
桂「残念です」
蒼M「こっちの台詞だ。ルックスも立ち振る舞いも申し分ないウルトラ紳士だが発言が最高に気持ちわるくて残念だな? さっきの台詞は取り消そう。誰でも歓迎してたまるか」
蒼(無視したい。場合によっては通報も……。いや、いちいち真に受ける必要ないか。この人なりのジョークかもしれない。なんにせよ変な男だな)
蒼「(営業スマイル)どうぞ」
蒼、ウインナーを男に差す。
蒼(さあ、自分で食え。ただの冷やかしならとっとと失せろ――)
桂、吉岡の手首を掴みあげる。
蒼(……!!)
桂「いただきます」
蒼「な、」
桂、吉岡の手からウインナーを食べる。
老人「まあまあ。お熱いこと」
そばを通ったお年を召した女性、顔に
手をあてクスッと笑う。
蒼M「笑い事じゃないです、ご婦人。これはセクハラです。熱いのはウインナーだけで十分です。鳥肌立ってます……!」
桂、上品にウインナーを食べ、高そうなハンカチをポケットから取り出し口をぬぐう。
蒼M「綺麗な色をした薄い唇。細く長い指。いちいち美しい仕草。きっとこの男をひと目見ただけで落ちる女性も少なくはないだろうという気がしてくる。わたしだって気持ち悪いことされなきゃ『お、おう。超絶イケメン現る……』と見惚れていたはずだ。
ただし――その正体、ヘンタイにつき。
強制的にわたしの手からウインナーを食べやがった。つまようじは依然として私の親指と人差し指に挟まれたままである。
さすがにこれはおかしいだろう!?」
桂「おかわり。いただけますか?」
蒼「買えや」
蒼(やばい思わず素で突っ込んでしまった。相手はヘンタイでもお客様なのに。いやヘンタイだからお客様でもないか。帰れ)
桂「そうですね。購入すると致しましょう」
蒼「!」
蒼(ちゃんと買う意志あるの?)
桂、ポケットから携帯を取り出すと操作して耳に当てる。
蒼(がかかってきた、というよりは。こちらからかけてるようだが……)
蒼「あの、そこ、通路なのですが」
蒼(邪魔になるんだけどなあ)
桂「おっと。これは失礼」
桂、蒼に近づく。
蒼(ち、近ッ!? そこまで傍にこなくても……)
蒼M「立ち姿が妙に色っぽい。思わずドキリとしてしまう。相手はおかしな男なのに。なんだかなあ」
蒼(黙っていれば、すごくカッコいい。黙っていれば)
桂「佐藤社長ですか」
蒼(イケボだし。社長レベルの人にポンと電話かけられるの?」
桂「ご無沙汰してます。桂です。今、おたくの吉岡さんといまして」
蒼(ん?)
桂「はい、試食販売員の。もらっていっていいですかね」
蒼M(うちの派遣会社の社長に電話してんの? ウインナー買うのに社長に許可取る意味わかんない。というか社長の知り合い?)
桂「ええ、あるだけすべて買い取ります」
蒼(え? ウインナー買い占めるの?)
桂「吉岡さんも含めて」
桂、蒼を覗き込む。
蒼(……はい?)
桂「はい。そうさせていただきましょう。で
は、のちほど」
蒼M「会話おかしくなかった? 人身売買みたいなこと言ってたの気のせいだよね?」
桂、電話をポケットにしまうと目を細め蒼を見つめる。
桂「と、いうことで。うちに帰って、おかわりさせてもらうとしましょうか」
蒼「…………」
蒼M「どういうことだ?」
〈第一話 おわり〉