私と結婚しませんか
#19 かなわない
第十九話『かなわない』
◯ホテル、部屋(夜)
蒼M「どうしてここに桂さんがいるの?
意味が、わからない。
まさか。
木崎くんが桂さんに連絡を……?」
桂、蒼の手首に結ばれたネクタイをはずす。
蒼(こんな姿、見られるとか。サイアク)
坂元「……ルームサービス? なにを言っている。君はこのホテルの人間ではないだろう」
桂「バレちゃいましたか」
坂元「そもそもに。この部屋には誰も近づけさせないように言ってあったはずだ」
桂「ああ、そういえば。受付で少々足止めされましたかね。五、六分ほど」
桂、蒼を抱き寄せる。
坂元「……なんなんだ。君は」
桂「名乗るほどの者ではありませんが。敢えて自己紹介するならば。私は吉岡さんのストーカーです」
蒼M「猛烈にカッコ悪い!!」
桂「話は大方、あの方から伺いました」
蒼(あのかた?)
木崎と裕子(29)、部屋に入ってくる。
木崎「ったく。無理しやがって」
蒼「……ごめん」
蒼(木崎くんの隣にいるの、誰だろう)
蒼、裕子を見る。
蒼(峰不二子みたい)
木崎「まあ。もっと無茶なやつがそこにいるわけだが」
木崎、桂を見る。
蒼「木崎くん。その女性(ひと)は?」
木崎「俺を付け回し、大崎航のスキャンダルを独占スクープしようと狙っていた記者だ。坂元とグルで、吉岡を巻き込んだことを認めた」
蒼(……!!)
坂元「寝返ったか」
裕子「ごめんなさいね」
裕子、舌を出す。
坂元「これまでどれだけいい思いさせてきてやったと思ってる」
裕子「それはそれ。これはこれよ。それに、乱暴するなんて聞いてないんだけど?」
坂元「……このホテルの支配人だけでなく。裕子まで丸め込んだのか」
裕子、肩をすくめる。
裕子「丸め込んだなんて言い方やめてよね、坊ちゃん。ビジネスのお付き合いよ。よりウマい話に乗っかるのは当然でしょう?」
坂元、桂を睨む。
桂、穏やかに微笑む。
木崎「おい、桂。コイツの処遇は」
桂「木崎くんに任せます」
木崎「はやく吉岡と二人きりにしろって言ってんだな?」
桂「(満面の笑み)はい♡」
蒼(!?)
木崎「また連絡するわ。なんつーか。吉岡のこと巻き込んじまって。どう詫びればいいか」
桂「ありがとうございます、木崎くん」
木崎「は? なにが」
桂「プライドの塊の君が。私を頼ってくれた」
木崎「……黙れよオッサン」
桂「さて」
蒼(え?)
蒼、桂に抱きかかえられる。
蒼(ええ!?)
蒼「おろしてください!!」
桂「おろしません」
桂、坂元を鋭い目で見る。
桂「吉岡さんのこと。これ以上傷つけるなら、消えていただきます」
坂元、真顔になる。
木崎、目を見開く。
坂元「なにができる」
桂「吉岡さんが安心して暮らせるためなら。私は、なんだってしますよ」
蒼(桂さんは木崎くんから、坂元くんとわたしのこと、どこまで聞いたんだろう)
裕子「してないでしょ」
蒼「!」
裕子「あなたはその子を抱いてないって。言ってあげなさいよ」
蒼M「!?」
裕子、坂元を見つめる。
坂元「…………」
木崎「どういうことか説明してもらおうか」
裕子「だって。秀太郎は――」
坂元「その通りだ。眠っている吉岡さんをホテルに連れていったあと、目が覚めるまでのあいだ。僕は指一本、彼女に触れていない。彼女の服を脱がしキスマークをつけたのは、裕子だ。今夜も頃合いを見て眠らせるつもりだった。怯えた動画さえ撮れれば。……それ以上、乱暴する気はなかった。もちろん広める気も。木崎のこと強請る材料に使えればそれで良かったのさ」
坂元、ポケットから睡眠薬を取り出す。
木崎「だからって。オマエのしたことは赦されねえぞ」
坂元、なにも応えない。
蒼「なんで?」
坂元、無表情。
蒼「できたよね。わたしに、酷いこと……」
坂元、頬を緩める。
坂元「君が純粋な大崎航の読者だからさ」
蒼「!」
坂元「君との大崎航談義は、思いのほか楽しめた」
蒼「……坂元くん」
坂元「君のストーカーは思ったより厄介そうだな」
坂元、桂を見る。
坂元「興味深い男だ」
坂元、頬を緩める。
桂「なにかありましたら文書でお願いします」
木崎「……俺かよ」
桂と蒼、部屋から出ていく。
坂元「失敗したなあ」
坂元、涼しい顔で囁く。
坂元「もっとボロボロになるところが見られる計算だったのに」
木崎「(青ざめて)……はあ?」
坂元「学生時代、僕はいつも君の次点だったの覚えてるだろ」
木崎「その腹いせに吉岡巻き込んだとか言ったらコロすぞ」
坂元「君が『疵』で大賞をとったコンテスト。僕は佳作だった」
木崎「!」
坂元「筆を折ったよ。大崎航の作品を読んで自信喪失した」
木崎「……オマエ。俺が大崎航だと知ってたんだな?」
坂元「偶然、大崎航のプロットノートを見つけたんだ。君の鞄の中に」
木崎「ほんとに偶然かよ」
坂元「どうだったかな」
木崎「俺に恨みがあるなら、俺に直接喧嘩売れや。復讐に周りの人間を巻き込むな」
坂元「仕方ないよね。君にダメージ与えるより、君の大切なモノを傷つける方が。何倍も君をズタズタにすることができる」
木崎「……なあ。オマエが女を抱けない理由って」
坂元「次はどうやって苦しめてやろう。跪いて僕の靴を舐める木崎を見るには。どうすればいい?」
木崎、鳥肌。
裕子「その男はゲイよ。それも異常愛者ね。女を愛するフリはできても、抱けないわ」
裕子、去る。
木崎「……マジかよ」
木崎、顔を引きつらせる。
坂元、不気味な笑みを浮かべる。
木崎「歪んでやがる」
坂元「僕を歪めたのは君だ。責任をとれ」
木崎「勘弁してくれ」
◯ホテル、地下駐車場(夜)
蒼と桂、並んで歩く。
蒼「木崎くんと坂元くん残してきて大丈夫だったかな」
桂「吉岡さんは、心配性ですね」
蒼「だって。坂元くんは絶対木崎くんのこと好きですよ。それもヤバい感じで。木崎くんへの憎悪と大崎航への敬愛が入り混じって大変なことになってる気がするんです」
桂「私もそう感じました」
蒼「やっぱり引き返すべきなのでは」
桂「木崎くんなら。なんとかしますよ」
蒼「でも」
蒼(坂元くんには前科が……)
桂「そろそろ私以外の男のこと考えるのやめていただけませんか」
蒼「!」
桂「ただいま。吉岡さん」
桂、蒼を見つめる。
蒼「おかえりなさい……って、どこ行ってたんですか」
桂「ちょっとロサンゼルスまで」
蒼「はあ!? どうしてまた」
桂「出張ですよ。何度も電話しようと思ったのですが。声を聞くと発狂すると思い我慢してました」
蒼「言ってくださいよ。仕事で会えないなら、そうひとこと教えてくれても……」
桂「知りたかったですか?」
蒼「え?」
蒼、立ち止まる。
桂「私は吉岡さんのスケジュールを把握していたいですが。吉岡さんも、そうなんですね? それほどに私に興味がおありだと。いくらでも教えて差し上げますよ。分単位で知りたいですか」
蒼「そこまで言ってないです」
桂「寂しかったんですね。連絡なくて。悲しかったですか。私が恋しかったんですね?」
蒼「……鬱陶しい」
蒼、桂から目をそらす。
蒼M「あんなに合わす顔ないって思ってたのが嘘みたいに。
今、隣にいられることが嬉しい」
桂「どうぞ」
桂、助手席のドアを開ける。
蒼「送ってくれるんですか」
桂「病院へ向かいます」
蒼「え?」
桂「念の為、診察を受け。薬を出してもらいましょう。そして心の傷が一日もはやく癒えるよう、私が貴女の傍にいます」
× × ×
(フラッシュ)
蒼のマンション。
木崎「安全なとこにいろ」
蒼「ここにいろってこと?」
木崎「いいや。あの男の傍だ」
× × ×
蒼、涙を流す。
蒼「……桂さん」
桂「はい」
桂、ハンカチで蒼の涙を拭う。
蒼「ごめんなさい」
桂「貴女が謝ることなんてなにも――」
蒼、桂の胸に飛び込む。
桂、目を見開く。
蒼「わたし。桂さんに嫌われちゃうと思うと、すごく怖かった」
桂「……嫌うわけないじゃないですか」
蒼M「あなたがわたしを必要としている以上に、わたしがあなたを必要だと思えてならない」
桂、蒼を抱きしめる。
蒼「夢を見ました」
桂「ほう。どんな夢ですか」
蒼「あなたに抱きしめられる夢です」
◯地下駐車場、桂の車の中(夜)
桂、蒼にキスする。
蒼「ちょっと……待……」
桂「待てません」
蒼、桂のキスを受け入れる。
桂「うちに帰るまでは我慢するつもりだったのに。あまりにも可愛いことを言い出すのものですから」
蒼「……わたしのせいですか」
桂「はい。貴女の所為です」
桂と蒼、キスする。
蒼M「満たされていく」
蒼「随分遠くまで行ってたんですね?」
桂「ゲームショウに呼ばれまして」
蒼「そういえば桂さんの会社って……」
桂「ゲーム会社です。大学時代に起業したのですが。昔から好きなものなので、仕事で向かったものの楽しんでしまいましたねえ」
蒼「わたしに連絡したら発狂しそうとかなんとか言って。余裕なんじゃないですか」
桂「まさか。吉岡さんの写真や動画を見て随時吉岡さんチャージしてましたよ。ところかまわず」
蒼「場所気にしてください。周りの人からツッコミ入らないの?」
桂「愛妻家として扱われてました」
蒼「……そうやって外堀を埋めていくのやめてください」
桂「吉岡さんの寝顔。本当に可愛くて可愛くて」
蒼「いつ撮ったの?」
桂「ふふ」
蒼「消してください」
桂「あの写真で。余裕で三回は抜けます」
蒼M「下品な言い方をするんじゃない。
せめてご飯三倍と言え。
それでも気持ちわるいけどな!?」
蒼(黙っていればイケメンなのに)
蒼、呆れ顔。
蒼「あの」
桂「はい」
桂、運転席から蒼を見る。
蒼「正直、言葉にして伝えるのが苦手なんですけど。ちゃんと言っておかないと。ダメだなって思うので。言います」
桂「……はい?」
蒼「わたしが好きなのは、桂さんですから」
桂、目を丸くさせる。
蒼と桂、見つめ合う。
蒼「なんていうか……意味がわからないくらい。すごく。好きみたいです」
蒼、目をそらす。
桂、放心。
蒼(うわ〜。可愛くないなあ。今の言い方)
桂「もう一度」
蒼「え?」
桂「録音させて下さい」
蒼「嫌です」
桂「“だから婚姻届に判を押します”というフレーズつきで」
蒼「勝手に足すんじゃない」
桂「ところでうちのベッドはダブルなのですが。クイーンの方がいいですかね」
蒼M「すごくどうでもいい」
蒼「一緒に住みませんよ?」
桂「どうしてですか」
蒼「どうしてって……」
蒼M「他人と住むと――見なくていいところまで見えてしまうから苦手だ」
桂「うちで暮せば家賃も光熱費も浮きます。家事全般を家政婦に任せることもできますし。欲しいものがあればなんだって買ってあげましょう」
蒼「甘やかさないでください」
桂「なぜ?」
蒼「……なぜって」
桂「(真顔)大好きな人を甘やかすことの。なにがイケないんです?」
蒼M「人をダメにする男だ!!」
蒼(桂さんと住んだらセレブな暮らしが待っているのか)
桂「不安にさせてすみません」
蒼「!」
桂「連絡。これからは、きちんとしますね」
蒼「……はい」
桂「しかし。私の愛は、まだまだ吉岡さんに伝わっていないようで」
蒼「?」
桂「もっと伝えていかなきゃならないなと痛感しました」
蒼「…………」
桂「残りの人生、まだまだ長いですから。たっぷり愛し合いましょうね?」
蒼M「愛を伝えてくれるのは嬉しい。
ただ、その手段を間違えないでくれと願わずにはいられない」
蒼「変なことしないでくださいね?」
桂「吉岡さんの嫌がることはしないので安心して下さい」
蒼「安心できない」
桂「私の愛情表現で心の底から嫌だったこと。ありました?」
蒼「……っ」
桂「ないですよね」
蒼(かなわないなあ)
蒼M「この人となら。
自分らしくいられる」
蒼(だけど他人と暮らすのは、そう簡単なことではない)
蒼M「果たしてわたしは桂恭一とうまく暮らしていくことができるのだろうか」
(第十九話 おわり)
◯ホテル、部屋(夜)
蒼M「どうしてここに桂さんがいるの?
意味が、わからない。
まさか。
木崎くんが桂さんに連絡を……?」
桂、蒼の手首に結ばれたネクタイをはずす。
蒼(こんな姿、見られるとか。サイアク)
坂元「……ルームサービス? なにを言っている。君はこのホテルの人間ではないだろう」
桂「バレちゃいましたか」
坂元「そもそもに。この部屋には誰も近づけさせないように言ってあったはずだ」
桂「ああ、そういえば。受付で少々足止めされましたかね。五、六分ほど」
桂、蒼を抱き寄せる。
坂元「……なんなんだ。君は」
桂「名乗るほどの者ではありませんが。敢えて自己紹介するならば。私は吉岡さんのストーカーです」
蒼M「猛烈にカッコ悪い!!」
桂「話は大方、あの方から伺いました」
蒼(あのかた?)
木崎と裕子(29)、部屋に入ってくる。
木崎「ったく。無理しやがって」
蒼「……ごめん」
蒼(木崎くんの隣にいるの、誰だろう)
蒼、裕子を見る。
蒼(峰不二子みたい)
木崎「まあ。もっと無茶なやつがそこにいるわけだが」
木崎、桂を見る。
蒼「木崎くん。その女性(ひと)は?」
木崎「俺を付け回し、大崎航のスキャンダルを独占スクープしようと狙っていた記者だ。坂元とグルで、吉岡を巻き込んだことを認めた」
蒼(……!!)
坂元「寝返ったか」
裕子「ごめんなさいね」
裕子、舌を出す。
坂元「これまでどれだけいい思いさせてきてやったと思ってる」
裕子「それはそれ。これはこれよ。それに、乱暴するなんて聞いてないんだけど?」
坂元「……このホテルの支配人だけでなく。裕子まで丸め込んだのか」
裕子、肩をすくめる。
裕子「丸め込んだなんて言い方やめてよね、坊ちゃん。ビジネスのお付き合いよ。よりウマい話に乗っかるのは当然でしょう?」
坂元、桂を睨む。
桂、穏やかに微笑む。
木崎「おい、桂。コイツの処遇は」
桂「木崎くんに任せます」
木崎「はやく吉岡と二人きりにしろって言ってんだな?」
桂「(満面の笑み)はい♡」
蒼(!?)
木崎「また連絡するわ。なんつーか。吉岡のこと巻き込んじまって。どう詫びればいいか」
桂「ありがとうございます、木崎くん」
木崎「は? なにが」
桂「プライドの塊の君が。私を頼ってくれた」
木崎「……黙れよオッサン」
桂「さて」
蒼(え?)
蒼、桂に抱きかかえられる。
蒼(ええ!?)
蒼「おろしてください!!」
桂「おろしません」
桂、坂元を鋭い目で見る。
桂「吉岡さんのこと。これ以上傷つけるなら、消えていただきます」
坂元、真顔になる。
木崎、目を見開く。
坂元「なにができる」
桂「吉岡さんが安心して暮らせるためなら。私は、なんだってしますよ」
蒼(桂さんは木崎くんから、坂元くんとわたしのこと、どこまで聞いたんだろう)
裕子「してないでしょ」
蒼「!」
裕子「あなたはその子を抱いてないって。言ってあげなさいよ」
蒼M「!?」
裕子、坂元を見つめる。
坂元「…………」
木崎「どういうことか説明してもらおうか」
裕子「だって。秀太郎は――」
坂元「その通りだ。眠っている吉岡さんをホテルに連れていったあと、目が覚めるまでのあいだ。僕は指一本、彼女に触れていない。彼女の服を脱がしキスマークをつけたのは、裕子だ。今夜も頃合いを見て眠らせるつもりだった。怯えた動画さえ撮れれば。……それ以上、乱暴する気はなかった。もちろん広める気も。木崎のこと強請る材料に使えればそれで良かったのさ」
坂元、ポケットから睡眠薬を取り出す。
木崎「だからって。オマエのしたことは赦されねえぞ」
坂元、なにも応えない。
蒼「なんで?」
坂元、無表情。
蒼「できたよね。わたしに、酷いこと……」
坂元、頬を緩める。
坂元「君が純粋な大崎航の読者だからさ」
蒼「!」
坂元「君との大崎航談義は、思いのほか楽しめた」
蒼「……坂元くん」
坂元「君のストーカーは思ったより厄介そうだな」
坂元、桂を見る。
坂元「興味深い男だ」
坂元、頬を緩める。
桂「なにかありましたら文書でお願いします」
木崎「……俺かよ」
桂と蒼、部屋から出ていく。
坂元「失敗したなあ」
坂元、涼しい顔で囁く。
坂元「もっとボロボロになるところが見られる計算だったのに」
木崎「(青ざめて)……はあ?」
坂元「学生時代、僕はいつも君の次点だったの覚えてるだろ」
木崎「その腹いせに吉岡巻き込んだとか言ったらコロすぞ」
坂元「君が『疵』で大賞をとったコンテスト。僕は佳作だった」
木崎「!」
坂元「筆を折ったよ。大崎航の作品を読んで自信喪失した」
木崎「……オマエ。俺が大崎航だと知ってたんだな?」
坂元「偶然、大崎航のプロットノートを見つけたんだ。君の鞄の中に」
木崎「ほんとに偶然かよ」
坂元「どうだったかな」
木崎「俺に恨みがあるなら、俺に直接喧嘩売れや。復讐に周りの人間を巻き込むな」
坂元「仕方ないよね。君にダメージ与えるより、君の大切なモノを傷つける方が。何倍も君をズタズタにすることができる」
木崎「……なあ。オマエが女を抱けない理由って」
坂元「次はどうやって苦しめてやろう。跪いて僕の靴を舐める木崎を見るには。どうすればいい?」
木崎、鳥肌。
裕子「その男はゲイよ。それも異常愛者ね。女を愛するフリはできても、抱けないわ」
裕子、去る。
木崎「……マジかよ」
木崎、顔を引きつらせる。
坂元、不気味な笑みを浮かべる。
木崎「歪んでやがる」
坂元「僕を歪めたのは君だ。責任をとれ」
木崎「勘弁してくれ」
◯ホテル、地下駐車場(夜)
蒼と桂、並んで歩く。
蒼「木崎くんと坂元くん残してきて大丈夫だったかな」
桂「吉岡さんは、心配性ですね」
蒼「だって。坂元くんは絶対木崎くんのこと好きですよ。それもヤバい感じで。木崎くんへの憎悪と大崎航への敬愛が入り混じって大変なことになってる気がするんです」
桂「私もそう感じました」
蒼「やっぱり引き返すべきなのでは」
桂「木崎くんなら。なんとかしますよ」
蒼「でも」
蒼(坂元くんには前科が……)
桂「そろそろ私以外の男のこと考えるのやめていただけませんか」
蒼「!」
桂「ただいま。吉岡さん」
桂、蒼を見つめる。
蒼「おかえりなさい……って、どこ行ってたんですか」
桂「ちょっとロサンゼルスまで」
蒼「はあ!? どうしてまた」
桂「出張ですよ。何度も電話しようと思ったのですが。声を聞くと発狂すると思い我慢してました」
蒼「言ってくださいよ。仕事で会えないなら、そうひとこと教えてくれても……」
桂「知りたかったですか?」
蒼「え?」
蒼、立ち止まる。
桂「私は吉岡さんのスケジュールを把握していたいですが。吉岡さんも、そうなんですね? それほどに私に興味がおありだと。いくらでも教えて差し上げますよ。分単位で知りたいですか」
蒼「そこまで言ってないです」
桂「寂しかったんですね。連絡なくて。悲しかったですか。私が恋しかったんですね?」
蒼「……鬱陶しい」
蒼、桂から目をそらす。
蒼M「あんなに合わす顔ないって思ってたのが嘘みたいに。
今、隣にいられることが嬉しい」
桂「どうぞ」
桂、助手席のドアを開ける。
蒼「送ってくれるんですか」
桂「病院へ向かいます」
蒼「え?」
桂「念の為、診察を受け。薬を出してもらいましょう。そして心の傷が一日もはやく癒えるよう、私が貴女の傍にいます」
× × ×
(フラッシュ)
蒼のマンション。
木崎「安全なとこにいろ」
蒼「ここにいろってこと?」
木崎「いいや。あの男の傍だ」
× × ×
蒼、涙を流す。
蒼「……桂さん」
桂「はい」
桂、ハンカチで蒼の涙を拭う。
蒼「ごめんなさい」
桂「貴女が謝ることなんてなにも――」
蒼、桂の胸に飛び込む。
桂、目を見開く。
蒼「わたし。桂さんに嫌われちゃうと思うと、すごく怖かった」
桂「……嫌うわけないじゃないですか」
蒼M「あなたがわたしを必要としている以上に、わたしがあなたを必要だと思えてならない」
桂、蒼を抱きしめる。
蒼「夢を見ました」
桂「ほう。どんな夢ですか」
蒼「あなたに抱きしめられる夢です」
◯地下駐車場、桂の車の中(夜)
桂、蒼にキスする。
蒼「ちょっと……待……」
桂「待てません」
蒼、桂のキスを受け入れる。
桂「うちに帰るまでは我慢するつもりだったのに。あまりにも可愛いことを言い出すのものですから」
蒼「……わたしのせいですか」
桂「はい。貴女の所為です」
桂と蒼、キスする。
蒼M「満たされていく」
蒼「随分遠くまで行ってたんですね?」
桂「ゲームショウに呼ばれまして」
蒼「そういえば桂さんの会社って……」
桂「ゲーム会社です。大学時代に起業したのですが。昔から好きなものなので、仕事で向かったものの楽しんでしまいましたねえ」
蒼「わたしに連絡したら発狂しそうとかなんとか言って。余裕なんじゃないですか」
桂「まさか。吉岡さんの写真や動画を見て随時吉岡さんチャージしてましたよ。ところかまわず」
蒼「場所気にしてください。周りの人からツッコミ入らないの?」
桂「愛妻家として扱われてました」
蒼「……そうやって外堀を埋めていくのやめてください」
桂「吉岡さんの寝顔。本当に可愛くて可愛くて」
蒼「いつ撮ったの?」
桂「ふふ」
蒼「消してください」
桂「あの写真で。余裕で三回は抜けます」
蒼M「下品な言い方をするんじゃない。
せめてご飯三倍と言え。
それでも気持ちわるいけどな!?」
蒼(黙っていればイケメンなのに)
蒼、呆れ顔。
蒼「あの」
桂「はい」
桂、運転席から蒼を見る。
蒼「正直、言葉にして伝えるのが苦手なんですけど。ちゃんと言っておかないと。ダメだなって思うので。言います」
桂「……はい?」
蒼「わたしが好きなのは、桂さんですから」
桂、目を丸くさせる。
蒼と桂、見つめ合う。
蒼「なんていうか……意味がわからないくらい。すごく。好きみたいです」
蒼、目をそらす。
桂、放心。
蒼(うわ〜。可愛くないなあ。今の言い方)
桂「もう一度」
蒼「え?」
桂「録音させて下さい」
蒼「嫌です」
桂「“だから婚姻届に判を押します”というフレーズつきで」
蒼「勝手に足すんじゃない」
桂「ところでうちのベッドはダブルなのですが。クイーンの方がいいですかね」
蒼M「すごくどうでもいい」
蒼「一緒に住みませんよ?」
桂「どうしてですか」
蒼「どうしてって……」
蒼M「他人と住むと――見なくていいところまで見えてしまうから苦手だ」
桂「うちで暮せば家賃も光熱費も浮きます。家事全般を家政婦に任せることもできますし。欲しいものがあればなんだって買ってあげましょう」
蒼「甘やかさないでください」
桂「なぜ?」
蒼「……なぜって」
桂「(真顔)大好きな人を甘やかすことの。なにがイケないんです?」
蒼M「人をダメにする男だ!!」
蒼(桂さんと住んだらセレブな暮らしが待っているのか)
桂「不安にさせてすみません」
蒼「!」
桂「連絡。これからは、きちんとしますね」
蒼「……はい」
桂「しかし。私の愛は、まだまだ吉岡さんに伝わっていないようで」
蒼「?」
桂「もっと伝えていかなきゃならないなと痛感しました」
蒼「…………」
桂「残りの人生、まだまだ長いですから。たっぷり愛し合いましょうね?」
蒼M「愛を伝えてくれるのは嬉しい。
ただ、その手段を間違えないでくれと願わずにはいられない」
蒼「変なことしないでくださいね?」
桂「吉岡さんの嫌がることはしないので安心して下さい」
蒼「安心できない」
桂「私の愛情表現で心の底から嫌だったこと。ありました?」
蒼「……っ」
桂「ないですよね」
蒼(かなわないなあ)
蒼M「この人となら。
自分らしくいられる」
蒼(だけど他人と暮らすのは、そう簡単なことではない)
蒼M「果たしてわたしは桂恭一とうまく暮らしていくことができるのだろうか」
(第十九話 おわり)