夜明け3秒前
彼が目を見開く。
その表情を見て、距離が驚くほど近くなっていたことと、自分が変なことを口走ってしまったことに気がついた。


「ご、ごめん……!1人よりも誰かがいた方が勇気出るかなと思って……!」


彼とささっと距離をとる。
自分がそうだからと言って、他の人もそうだとは限らないのに。

焦りながら謝ると、彼は雪が溶けたように笑った。


「ううん。凛月がいてくれたら勇気出るかも」


流川くんは私が空けた距離を詰めてくる。
肩と肩が触れる。

綺麗な顔が目と鼻の先にあって、思わず息を呑む。
彼は甘い声で囁いた。


「そばにいてくれる?」
「……う、うん」


頷くだけで精一杯だった。
流川くんは安心したように微笑む。


「……よし」


そして覚悟を決めたような真剣な表情に変わると、ポケットに入れてあった携帯を開く。



それからしばらくの間沈黙が流れた。
彼が文字を入力する音とお互いの呼吸音しか聞こえない。

たまに夏の涼しい風が部屋に入ってきて、流川くんの髪をなでていく。
シャンプーのいい香りがした。

麻妃以外でこんな肌が触れる距離にいたことがない。
ドキドキと緊張しているはずなのに、何故かすごく安心する。


彼の表情はすごく真剣で、頑張れ頑張れ、と念を送った。
それから5分、10分……一体どれくらいたったかな。


「……送った!」


彼が嬉しそうに声を上げる。
そしてそのあと、ふうーっと息を吐いた。


「お疲れ様、流川くん。よかった」
「ほんとありがとう、凛月」


彼が微笑むから、つられるように私の口角も上がる。


「……誰かにそばにいてもらうって、思った以上にすげー勇気出た」


うん、と共感して頷く。
自分独りじゃないというのは、それだけで力が湧いてくるすごいことだと思う。


「ごめん。一緒に背負うとかかっこつけといて、結局、凛月に助けてもらったな」


流川くんは悲しそうな顔で話す。
だけど私は、いつも助けてくれる彼を少しでも助けられたことが嬉しかった。

さっきまであんなに震えて、暗い気持ちに縛られていたのに。
そんな私が誰かの力になれたなんて不思議だけれど、気持ちが華やぐ。


「ううん。私だって、流川くんの辛いこととか一緒に背負うよ」


私がそう言うと、彼は嬉しそうに花笑(はなえ)む。
思わず見惚れてしまうくらい綺麗だった。
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