夜明け3秒前
時計の短い針が10を指す頃。
私たちはこのコテージを出発するため、荷物を持って玄関にいた。


「忘れ物はないかい?」
「ん、ちゃんと確認したから大丈夫」
「はい、私も大丈夫です」


本当にお別れなんだなと思うと、涙がぐっとこみあげてきてしまいそうだ。
ここで泣いたら心配をかけてしまうから、気持ちをできるだけ明るい方へと持って行く。


「清さん、本当にお世話になりました。すっごく楽しかったです、ありがとうございました」


言葉だけじゃ足りない感謝の気持ちを込めてぺこりとお辞儀をすると、清さんは笑って優しく肩を叩いてくれた。


「いいんだよ凛月さん。私も幸せな毎日を過ごさせてもらった、ありがとう」


ああ、本当にすごく優しい人だなあ……
心が温まるのと同時に、お別れするのがもっと寂しくなる。


「千那、凛月さんのこと頼んだよ」

「うん。今年もお世話になりました、ありがとうじいちゃん。また来るね」


ひらひらと手を振って玄関の扉を開ける。
外へ出ようとしたとき、清さんに名前を呼ばれた。


「いつでも来ていいからね」


その声と言葉は慈愛に満ちていて温かかった。
思えば、清さんは私のことをどの範囲まで知っていたのだろう。

家族のこと、学校のこと。
流川くんには話したけれど、清さんには直接話していないし聞かれたこともない。


……ううん、そんなのは問題じゃない。
その言葉が泣いてしまうほど嬉しかった。


「はい……!」


返事をすると、清さんはいつものように優しく笑った。


「千那もな。気を付けて帰るんだぞ」
「ありがとうじいちゃん。じゃあまたね」


ここでの幸せだった生活を、清さんの言葉を大切に抱きながら、駅を目指した。
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