夜明け3秒前
「お母さん!伝えたいことがあるの、聞いてほしいです」



家の中で、久しぶりに響いた声だった。
今度は母も1秒と待たず、私の方へと向き合った。



「何?今夜ご飯の準備で忙しいの、あんたには見てもわからないのかしら」



冷たい目で見られて、心臓の奥の方がひゅっとする。
ぎゅっと胸の前で手を握って、口を開ける。



「ごめんなさい、後で手伝うから」



さっきとは違い、言葉が切れないように続ける。



「明日、私の友達が家に来ます。夏休みに旅行に行きたくて、その話を私と友達とお母さんで話したい、から、明日少しでいいから時間をください」



とても拙い文章になってしまった。
最後の方は結局小さくなり、母にちゃんと聞こえているかどうか怪しい。


それでも聞こえていたのだろう、母の表情はみるみる変わっていった。



「……あんたの友達?あの馬鹿丸出しのギャルみたいな女がまた来るの?」


「違う!……それに麻妃はバカじゃない……」



一触即発の空気が流れる。
母の機嫌はよくないけれど、私の話は聞いてくれているみたいだ。



「あらそう、あの女以外にあんたに友達なんていたのね」


「うん……」



正直、流川くんを友達だと言っていいのか迷ったけれど……
私は少なくともそうなりたいと思っているし、他にこの関係性をどう表現していいかわからなかった。



「それで旅行に行きたいですって?……はあ、まあいいわ。話は明日ね」



それだけ言うと、もう話は終わりとでもいうように作業に戻った。
これは……明日時間をくれるということ、でいいのかな。



「何突っ立ってるの、あんたは自分が言ったことも守れない子なの?」



私の方を一瞥もくれずに話す。
相手が私じゃなかったら、きっとそうじゃない。



「ごめんなさい!手伝うね」



それでも、彼女と並んで料理できることが嬉しい。
言葉も態度も厳しいけれど、私のことを好いていないってわかっているけれど。


それでも心のどこかで私のことを愛してほしいと願ってしまう。
この人は世界で一人しかいない、私の母親だから。
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