夜明け3秒前
彼の計画は、この格好で名前を使って説得することだ、と教えてもらった。


私には全然意味がわからなかったけれど、「凛月は隣にいてくれるだけでいいよ」と言われて、頷いてしまった。


嘘が得意じゃないから、あまり余計なことはしない方がいいだろう。
彼に頼りきりになるけれどどうか許してほしい。



「着いた、私の家ここです」



流川くんの方を見ると、小さくうなずかれる。
私も緊張しているけれど、彼も緊張しているのか、いつもより顔がこわばっていた。



「……私、何も力になれないと思うけど、一緒に頑張るね」


「うん、それだけで十分だ」



深呼吸をして玄関の扉を開ける。
すぐそこに母が立っていた。



「いらっしゃい」



笑顔ではないけれど、怒っているわけじゃない。
どちらかと言うとまだ友好的だと、声を聞いてわかる。



「えっと、昨日話してた友達の流川、さんです」

「こんにちは。流川千那です」



母は、流川くんの方を品定めするかのようにじっと見ると、「上がって」とだけ言ってリビングへと入る。


私たちも挨拶をして母について行った。
緊張しすぎて心臓が痛い。



「どうぞ座って」



促されてそのままリビングの椅子に座る。
こうしてみると、麻妃のときのことを思い出してしまう。



「これ、私の地元で美味しいと評判のお菓子なんです。よければ」



流川くんは、持っていた白い紙袋をふわりと笑って手渡す。
その所作があまりにも綺麗で驚く。


なんというか、慣れてる……?
私だったら絶対にこういう風にはふるまえない。



「あら、ありがたく頂戴するわ。緑茶か紅茶、どちらがいいかしら」


「紅茶で」



母は頷くと、紅茶をコップに注ぎ、音もたてずテーブルに二つ置く。
私は何も答えていないけれど、彼とは違い緑茶が入ったものだった。



「こちらもいただいていいかしら」

「はいもちろん」



丁寧にお菓子の袋を開けると、お皿の上にのせる。
とても美味しそうな、色とりどりのクッキーだった。


だけどあいにく、こんな空気じゃ美味しく食べられそうにない。
母は近所の人たちと話しているかのような話し方だ。


私相手ほど冷たくはないけれど、祖父たち相手かのように愛想がいいわけでもない。
ずっと監視されているみたいで居心地はよくなかった。
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