夜明け3秒前
コンビニを出て、二人でまた駅まで歩く。



「ごめん、女装するとこうなっちゃうときがあるんだよな……」


「そうだったんだ……私のせいでほんとごめんなさい」



謝ると彼は慌てて首を振った。



「え、凛月のせいじゃないって!むしろ俺の方が謝らないといけないっていうか……あんだけかっこつけてたのに恥ずかしいわ……」



情けなさそうに笑う流川くんを見ていると、胸が熱くなって言葉が勝手に出てくる。



「そんなことないよ!すごくかっこよかった!」



するとしばらく沈黙が流れて、気温は暑いのに頭は冷えていく。
あれ、私またやっちゃった……?



「っぶ、あはは!そっか、ありがとう。でも勢いが……ふふ」



急におかしそうに笑い始める。
不快な気持ちにはなっていないみたいで安心するけれど、なんだか行きの道と同じような空気になっている気がして複雑だ。



「そ、そういえば、さっきの話し合いのときに、お母さんは流川くんのことを知っているような雰囲気だったけど……」



ずっと気になっていたことだ。
母は『流川って……』と彼の苗字に反応していたし、それに対して流川くんも不思議に思っていなさそうだった。



「あー、実はじいちゃんが会社をやっててさ。今は父さんが社長なんだけど、ありがたいことに結構繁盛してるみたいで。凛月のお母さんも知っててくれたみたいだな」



ニコニコとなんでもないことのように話すけれど、さすがの私でもすごいことだとわかる。


会社!?社長!?
でもそっか、お金持ちじゃないとコテージなんて普通持ってない、よね。


それに、母の態度についても納得だ。
世間からの評価をとても大事にしている彼女なら、心の中でどんなことを考えているか少し想像がつく。



「でも知っててもらえてよかったよ。実はそれも作戦の一つだったからさ、うまくいってよかった」



ちょっと汚い手だったけど、と笑う流川くんがなんだか遠い存在のように思う。



私、本当は心のどこかで諦めていたのかもしれない。


絶対的な母に敵うはずがないって。
だから全部彼に任せて、『信じる』なんて、聞こえがいいことだけ言ってた。

もし無理だったら仕方ないって……
私、何もしてなかったのに。



「流川くん。本当にありがとう、それからごめんなさい!私、ほんとは」


「いいよ」



言葉を遮って流川くんが笑う。
私まだ、何も言えてないのに。



「で、でも……」

「うん、ほんとにいいよ。大丈夫、わかってるから」



優しく微笑む彼は、あのときみたいにすごく眩しい。
そっか……私の気持ちを知ってても、ここまでしてくれたんだ……



「……私、流川くんにお礼したいんだけど、何かできることあるかな……」



ほとんど独り言のようなものだった。
不甲斐ない気持ちから、ほとんど無意識に口から出ていた。



「……それならさ、一緒にパーティーに出てほしい」

「えっ?」


いつのまにか地面に向いていた視点が、流川くんの方へと戻る。
< 35 / 192 >

この作品をシェア

pagetop