夜明け3秒前

自分の部屋に戻ると、ぼふんとベッドに寝転んだ。
こうしたからってすぐに眠りにつけることは少ない。


暗い部屋で、母や弟たちとのさっきまでの出来事が頭にぼんやりと浮かぶ。



『……ねぇ、私が洗うよ』



ご飯を食べ終わったあとだった。
お皿洗いをするのは私の仕事で、いつも通りキッチンへ向かう。


でも、私より先にキッチンに立っていたのはまだ小学生の弟だった。
彼なりに頑張っているんだろう、短い腕を必死に伸ばしてお皿を洗っていた。



『危ないよ、お皿洗いなら私が……』

『うるさい!僕が洗って褒められるんだ!』



なるほど、と納得した。
母に認めてもらいたいのか、私にもそんな時期があった。


そんなことをしなくても、私以外の兄弟たちは愛されているだろうに。


真剣な表情の弟に毒付きながら、



『台だけ持ってくるから、少し待ってて』



そう言って取りに行こうとしたときだった。

泡の付いた手で袖をまくろうとして、ぴちゃんと床に泡が付いてしまったのだ。



『……あ』



そのとき一瞬で思い出した。
今すぐ拭かなきゃ、母に見つかったら…

頭は嫌という程動いているのに、体は何故か震えて動かない。
弟は顔を真っ青にして、私にスポンジを押し付けてきた。



『……え、ちょっと』

『あら、もうお皿洗いは終わったの?』



母の声がすぐ後ろからした。
最悪だ、嫌だ、なんて思った瞬間殴られた。


ガタンと私の体は床に倒れる。
受け身をとれず肩をぶつけてしまって、ジンジンと痛い。



『どうして床を汚してるの!お皿洗いもろくにできないなんて!』



あぁ、やっぱり怒られた。
昔もあったな、あのときも私は弟のように無理に腕を伸ばしてた。


でも結局上手くはできなくて、殴られて怒鳴られた。
そしてそのとき父が帰ってきて、また殴られたのを思い出した。


体はぶるぶると震えて、背中に悪寒が走る。
怖い、私、悪くないのに。



『ぼ、僕は悪くない!』



まるで私の心の声を読んだかのように、弟の声と重なった。



……そっか、また私が悪かったんだ。



キッチンへ向かうのが私の方が遅かったから?
危ないと言ってスポンジを取り上げなかったから?




「……痛い」



殴られた体の部分が、当たり前のように貶される心が。


どうせ今更後悔したって、何も変わることはないのだ。


嫌われている事実も、痛くて苦しい今も。

それでもずっと引きずっている。

そしてそのまま何も行動できずにいる。

また何度目かの今日が終わる。


明日は素敵な1日だといいな、なんて他人事のように、いつものように祈って、そのまま眠れるよう目を閉じた。
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