夜明け3秒前
「違うの、ドレスコードのことじゃなくて……その、私の腕とか、痣だらけで見せられるものじゃないから……」


小声で、麻妃にだけ聞こえるように話す。
私が、夏のこんなに暑い日でも長袖を着ている理由。


伝わったかな、と不安になってチラっと見てみると、彼女は「そっか」と悲しそうな顔をして、すぐににこっと笑顔に変わった。


「でも、パーティーがあるの8月の終わりでしょ?まだ一ヵ月近くあるし、もうすぐ旅行に行くから家族とも会わない」

「え?うん、そうだけど……」


彼女の言いたいことがあまりわからなくて、頭の上にはてなが浮かぶ。


「つまり、今ある痣はパーティーまでに治る。そして新しい痣も作ることはない」


そこまで聞いて、彼女の言いたいことがやっとわかった。


痣がない綺麗な肌。
そんなの考えたことなかったけれど、旅行に行ったらそれも夢じゃない。


みんなが普通に着ている半袖も、麻妃が着こなすオフショルダーも、こんなに綺麗なドレスだって、気にせず着ることができる。


そう思ったら、すごく胸が熱くなって嬉しかった。


「あははっ、着たくなってきたみたいじゃん!じゃあ決まりだね。明るい色がいいと思うんだけど、凛月は何色がいい?」

「え、うーん……でも似合うかな」


それとこれは別問題で不安になってくると、背中を慰めるようにポンポンと叩かれる。


「似合うに決まってるでしょ。あ、でも凛月、パーティーバッグとか持ってる?あとパンプスとか」

「も、持ってない……」


服のことしか考えてなくて、かばんや靴のことを忘れてた……
おしゃれに興味がないわけじゃないけれど、進んでしたいと思える状況じゃなかったし、物も最低限しか持ってない。


「よし、じゃあそれも用意しないとね。大丈夫、お金が足りなかったらあたしの貸すか、プレゼントするから!」

「ええ!?そんなの申し訳ないよ、それに貯めてたお年玉があるから、たぶんなんとかなる……と思う」


使う機会があまりなかったおかげで、14年間分くらいは残っている。
たまに母が何円か持ち出していたけれど……


こうやっておしゃれなものを買ってみたかったし、憧れだった。


「だからコーディネートお願いしたいな、麻妃」
「どんと任せな!」


結局ドレスだけじゃなくて、たくさんのものを買うことになった。
大きな袋二つ分になった荷物は、とても重くて指が痛かった。


だけど、こんなに楽しいショッピングをしたことはなくて、麻妃と笑い合う。


「こんなに可愛い服を買っても、あたしより先に流川が見るんだもんな~」なんて言うから、「着たら写真撮って送るよ」と答えた。


もう目と鼻の先に迫っている旅行が、とても楽しみになった日だった。
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