15年目の小さな試練
 俺の驚きは声に出ていたかも知れない。ハルちゃんはきまりが悪そうに表情を硬くした。

「恥ずかしいんだけど……身体が持たなくて」

「あ、いや、恥ずかしがる必要はなにもないから! あれを、入学して数ヶ月のハルちゃんが解いてることが普通じゃないから!」

 俺の言葉を聞いて、ホッとするどころか、何故か悲しそうな顔をしたハルちゃん。

「……やっぱり、そんなに、普通じゃないんだよね」

「ああ、……うん。幾ら専門の授業だからって、ちょっと行き過ぎかなと思うよ。普通なら、もっと入門的な演習問題をやるはずだから」

 1年から2年の前期の演習は学年全体、2年後期からは少人数制での演習、つまりいわゆるゼミナール。基礎を勉強するはずの今、ハルちゃん一人応用編ってのは普通じゃない。

「そうか。あれを止めてもらうんだ」

「そうしようかなって。……それで、山野先生と個人的にお話をしたいのだけど、どうすればいいのか分からなくて。わたし、部屋の移動に時間がかかるから、授業の後に話すのも難しくて」

「ああ、十五分じゃ棟移動があるといっぱいいっぱいだよね。それに、他の学生の前で話すのも微妙だしね」

 そう言うと、

「うん」

 と、ハルちゃんは小さく頷いた。

「研究室にお邪魔すれば、多分ゆっくり話せるよ」

「研究室?」

「そう。うちの学部は学生課のある棟の三階にある。うちの教授の研究室のお向かいだし、よかったら案内するよ」

 入学してすぐなんて、先生の研究室にお邪魔するような事はない。先生方が研究室と呼ばれる個室を持っている事くらいは知っているかもしれないけど。
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