冴えない私の周りは主役級ばかり~雫の恋愛行進曲〜
わたしは蓮によって介抱されるまでも無く、トイレの個室にて全てから解放された。



乙女の尊厳を犠牲にして得た、束の間の休息。
個室から出て手を洗う。女子トイレの外には蓮が待ってくれている。



体調の悪い演技は不要だ。頭の良い蓮は騙せない。それなら一層、スッキリとした顔でピエロを演じよう。



「あっ!」



ハンカチを出したと同時に、ポケットに入れていた500円玉が転がり落ち、排水路へと消えて行った。



「クソー、開かないやっ」



排水路の鉄蓋は固く動かない。



粘れば取れそうだが、外で待つ蓮をこれ以上待たせられない。ここは一旦諦めるしかない。



「さようなら。小春の五百円」



わたしは不遇な最後を迎えた小春からせしめた五百円玉に別れを告げ、澄ました顔を作りトイレから出たのだ。



「もう大丈夫なのか?」



「うん、大丈夫」



「じゃっ、行くぞ」



彼はそう言うと、教室と逆方向に歩き出した。



「何処に行くの蓮?」



「ん、保健室に決まってるだろ」



気を使ってくれてるのだろうか……。



どう見てもわたしは体調不良では無い。



「蓮……気づいてるんでしょ?」



「何を?」



「わたしが体調不良じゃなくて、只、お手洗いに行きたかったって事だよ」



恥ずかしさのあまり、視線を床へと向ける。顔は赤色を通り越して、紫色に紅潮しているだろう。うー、恥ずかしい。



すると蓮は体を此方へと向き直し、近づいて来た。



「何をそんなに気にしてるんだ?」



「だ、だって、恥ずかしいんだもん」



「雫、別に恥ずかしがる事ないぞ。只の生理現象だろ。それより、入学式もある事だし、念のために保健室に腹痛の薬を貰いに行くぞ」



そう言うと彼はわたしの手を取り、強引に羞恥の世界から保健室へと連れ出したのだ。
 
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