冴えない私の周りは主役級ばかり~雫の恋愛行進曲〜
リビングへ入ると、食卓テーブルには母と蓮の二人だけだ。父は蓮のお父さんと泊まりで釣りに出かけて不在だ。母はわたしを見るや否や、ニヤニヤと笑みを浮かべた。
蓮の視線はテレビに行っている。
彼に悟られぬようにマミーをひと睨みした。
「きゃー怖~い、蓮くん雫が凄い顔で睨んでるんだけど」
わざとらしい猫被りな声。母は彼にそう告口(つげぐち)をすると、蓮の視線はテレビから此方へとやってきた。
わたしは咄嗟に表情筋を緩め回避する。女は愛嬌。無理矢理に口角を上げる。
「何変な顔してんだ?」
くっ、変な顔言われた。
まあいい、今はマミーが優先だ。
「何でもないよ。もーお母さんったら大袈裟なんだから。それよりちょっとこっちへ来て?」
わたしは、彼から死角となる炊事場に足を運び、マミーにちょいちょいと手招きをする。彼女の暴走を止める必要がある。
「いや、行かないけど」
「……」
我が母ながら相変わらずムカつく。
「いやっ、ちょっとコレとかアレだから手伝ってよー。ねえってばー」
「蓮くん冷めない内に食べましょ」
スルーを決め込みやがった。
ここでウダウダしていても仕方ない。
母の目的は明らかだ。コレは一見、夕飯と見せかけたわたしと蓮のお見合。
つまり母がセッティングした罠なのだ。
取り敢えず、蓮がそれに気づく前に早く夕飯を切り上げる必要がある。
わたしは渋々と食卓についた。
「カレーとサラダか……」
行ける! これなら五分でいける。
カレーはわたしにとって飲み物。母が余計な行動を起こす前に終わらせる。
左手にスプーンを持ち胃に流し込む。これは食事では無い。あくまでも作業だ。
「雫って、そんなにカレー好きだったけ?」
蓮は不思議そうに、カレーをがっつくわたしを見る。
「好きだよ。蓮も早く食べなよ。早く食べないと蓮の分も食べちゃうよ」
「はぁ……」
くっー、若干引かれてるけどここは損切りだ。
母は無駄に行動力がある。そしてそれは何時も空回りし、ロクな結果に繋がらない事を娘であるわたしはよく知っているのだ。
よしっ! 残り三分の一で完食。このスピードなら母も打つ手がなかろう。そう思いチラリと母の顔を見る。
「どうしたの雫? お母さんの顔に何かついてる?」
「……」
何? この余裕綽々の表情……。
わたしが感じた違和感の正体は直ぐに判明した。
インターホンが鳴ると、母は立ち上がり玄関へと向かった。そしてリビングから姿を消す刹那、不敵な笑みをわたしへと投げかけたのだ。
その表情たるや、何とも挑発的であり、勝利の確信に満ちている。アレは大富豪で手元にジョーカーを得た者がする慢心な顔つきだ。
「ルミちゃんこんばんは。ちょっと来るの早かったかしら?」
玄関から聞き覚えのある声がする。いや、母をルミちゃんと呼ぶ心当たりのある人は、一人しかいない。
「もう食べ終わるところよ。それより早く入って」
「悪いわね。はい、これビールのアテにと思って持ってきたの」
このおっとりとした口調。間違いない。
––––蓮のお母さんだ。
母と一緒に蓮のお母さんが食卓へと入って来た。
ニコニコとした美人な蓮のお母さんは、その風貌に似合わず、大量の缶ビールが入ったビニール袋を手に持っている。
それは今から夫の悪口を肴に、不満の溜まった主婦たちによるストレス発散会の開催を示している。
「おばさん、こんばんは」
「こんばんは雫ちゃん」
「何だ、母さんも来たのかよ。ってビールの数凄いな」
「ルミちゃんと女子会よ。お父さんたちも勝手してるしね」
蓮のお母さんも食卓につき、少ししてわたしと蓮は夕飯を食べ終えた。
全ては母の計算の内だったのだ。夕飯はブラフであり、母の真の目的は別のところにあったのだ。マミーは満を持してジョーカーを切った。
「蓮くん、おばさんたち飲み会するから、悪いけど雫の部屋で遊んでてくれる?」
な、な、なななんだとっ! 蓮がわたしの部屋に来る⁉︎ しかも二人っきりで。いや、流石に彼氏彼女でも無いのに蓮だって断るだろう。彼はそんなに軽い男では無い。落ち着けば簡単に分かる事だ。ふぅー。
「それじゃあ、雫行くか?」
「軽るるー‼︎」
「軽るるー?」
「あっ! 違う、えーと。本当に来るの……わたしの部屋に?」
「雫が嫌なら帰るけど」
「待って! い、嫌じゃないよ! ……じゃあ、二階いこっか」
母の策略と知りつつも、わたしはドキドキな夜の一時を拒む事など出来なかったのだ。
蓮の視線はテレビに行っている。
彼に悟られぬようにマミーをひと睨みした。
「きゃー怖~い、蓮くん雫が凄い顔で睨んでるんだけど」
わざとらしい猫被りな声。母は彼にそう告口(つげぐち)をすると、蓮の視線はテレビから此方へとやってきた。
わたしは咄嗟に表情筋を緩め回避する。女は愛嬌。無理矢理に口角を上げる。
「何変な顔してんだ?」
くっ、変な顔言われた。
まあいい、今はマミーが優先だ。
「何でもないよ。もーお母さんったら大袈裟なんだから。それよりちょっとこっちへ来て?」
わたしは、彼から死角となる炊事場に足を運び、マミーにちょいちょいと手招きをする。彼女の暴走を止める必要がある。
「いや、行かないけど」
「……」
我が母ながら相変わらずムカつく。
「いやっ、ちょっとコレとかアレだから手伝ってよー。ねえってばー」
「蓮くん冷めない内に食べましょ」
スルーを決め込みやがった。
ここでウダウダしていても仕方ない。
母の目的は明らかだ。コレは一見、夕飯と見せかけたわたしと蓮のお見合。
つまり母がセッティングした罠なのだ。
取り敢えず、蓮がそれに気づく前に早く夕飯を切り上げる必要がある。
わたしは渋々と食卓についた。
「カレーとサラダか……」
行ける! これなら五分でいける。
カレーはわたしにとって飲み物。母が余計な行動を起こす前に終わらせる。
左手にスプーンを持ち胃に流し込む。これは食事では無い。あくまでも作業だ。
「雫って、そんなにカレー好きだったけ?」
蓮は不思議そうに、カレーをがっつくわたしを見る。
「好きだよ。蓮も早く食べなよ。早く食べないと蓮の分も食べちゃうよ」
「はぁ……」
くっー、若干引かれてるけどここは損切りだ。
母は無駄に行動力がある。そしてそれは何時も空回りし、ロクな結果に繋がらない事を娘であるわたしはよく知っているのだ。
よしっ! 残り三分の一で完食。このスピードなら母も打つ手がなかろう。そう思いチラリと母の顔を見る。
「どうしたの雫? お母さんの顔に何かついてる?」
「……」
何? この余裕綽々の表情……。
わたしが感じた違和感の正体は直ぐに判明した。
インターホンが鳴ると、母は立ち上がり玄関へと向かった。そしてリビングから姿を消す刹那、不敵な笑みをわたしへと投げかけたのだ。
その表情たるや、何とも挑発的であり、勝利の確信に満ちている。アレは大富豪で手元にジョーカーを得た者がする慢心な顔つきだ。
「ルミちゃんこんばんは。ちょっと来るの早かったかしら?」
玄関から聞き覚えのある声がする。いや、母をルミちゃんと呼ぶ心当たりのある人は、一人しかいない。
「もう食べ終わるところよ。それより早く入って」
「悪いわね。はい、これビールのアテにと思って持ってきたの」
このおっとりとした口調。間違いない。
––––蓮のお母さんだ。
母と一緒に蓮のお母さんが食卓へと入って来た。
ニコニコとした美人な蓮のお母さんは、その風貌に似合わず、大量の缶ビールが入ったビニール袋を手に持っている。
それは今から夫の悪口を肴に、不満の溜まった主婦たちによるストレス発散会の開催を示している。
「おばさん、こんばんは」
「こんばんは雫ちゃん」
「何だ、母さんも来たのかよ。ってビールの数凄いな」
「ルミちゃんと女子会よ。お父さんたちも勝手してるしね」
蓮のお母さんも食卓につき、少ししてわたしと蓮は夕飯を食べ終えた。
全ては母の計算の内だったのだ。夕飯はブラフであり、母の真の目的は別のところにあったのだ。マミーは満を持してジョーカーを切った。
「蓮くん、おばさんたち飲み会するから、悪いけど雫の部屋で遊んでてくれる?」
な、な、なななんだとっ! 蓮がわたしの部屋に来る⁉︎ しかも二人っきりで。いや、流石に彼氏彼女でも無いのに蓮だって断るだろう。彼はそんなに軽い男では無い。落ち着けば簡単に分かる事だ。ふぅー。
「それじゃあ、雫行くか?」
「軽るるー‼︎」
「軽るるー?」
「あっ! 違う、えーと。本当に来るの……わたしの部屋に?」
「雫が嫌なら帰るけど」
「待って! い、嫌じゃないよ! ……じゃあ、二階いこっか」
母の策略と知りつつも、わたしはドキドキな夜の一時を拒む事など出来なかったのだ。