冴えない私の周りは主役級ばかり~雫の恋愛行進曲〜
最悪だ。
浴びせかけられた水がスカートから勢い良く滴り落ちる。
まさかここまでやるとは思っていなかった……。
坂口がこの後に何を言うかを待ってみたが、トイレから出て行く音だけが聞こえた。
わたしはずぶ濡れになった髪を手で締めつけ、水気を切った。意外にも冷静だ。怒りよりも次に取る行動を考えている自分がいる。
小春たちにはこんな姿を見せたくない。他に頼れるのは一人しかいなさそうだ。
わたしは濡れた携帯電話を制服で拭き、森さんに電話を掛けようと試みた。
ガタンっと誰かがトイレに入ってきた音が聞こえた。
「宮橋さん、いつまでさぼってるのかしら……って、何これ水浸しじゃない?」
坂口の声だ。
わたしは手元の携帯操作をストップさせた。
個室のドアを開けて出ると、手洗いカウンターの前には坂口が突っ立っている。
「どうしたの! びしょ濡れじゃない!」
わたしの状況を見て坂口は手を口に当てて驚いた。
事は予想以上に深刻だ。犯人が坂口なら小説内で彼女に復讐しようと考えていたが、どうやら彼女は犯人では無さそうだ。
「言っておくけど、私じゃないわよ」
彼女は両手を組みそう口にした。
「分かってるよ。坂口さんが犯人なら水を浴びせながら高笑いしそうなものだしね」
「そうね。私ならそうするわね。って、ここまでしないわよ!」
坂口が言った通り、彼女はここまでしない。
彼女の嫌がらせは幼稚だ。しかもそれを堂々とする。昇降口の出来事や今回のような陰湿な事はしない。
……まあ、嫌な奴には変わりはないが。
「……取り敢えず貴方はここにいなさい。先生を呼んでくるわ」
「いいよ呼ばなくても。友達に体操服持って来て貰うから」
「確かに先生たちに報告したところで解決はしないわね。月島くんたちに相談した方が復讐出来るって事ね」
「復讐なんてしないよ」
復讐なんてしない。犯人を見つけたところで何も出来ない。わたしに出来る事は妄想や小説内でせいぜいストレスを発散する事ぐらいだ。
「まあ、私には関係ない事だしどうでもいいわ。それより貴方、今日体操服を持って来てるの?」
「……そう言えば体育の授業明日だから、持って来てないや」
「でしょうね」
おわた。わたしは制服がある程度乾くまで、トイレの個室で引きこもる必要性が出てきた。
校舎から奥まった場所にあるこのトイレを利用する生徒は稀だ。バレずに何とかなるか。
わたしが籠城作戦を決意した時、坂口は携帯で誰かと話し始めた。
『雪。悪いけど二組の教室に行って、私の体操服を図書室横の女子トイレまで持って来てくれる。理由は来たら分かるわ』
彼女は要件だけを端的に伝えて電話を切った。
雪とは、坂口の取り巻きの一人だろう。
それにしてもどう言う風の吹きまわしだ? 電話の内容から察すると、わたしを助けてくれる内容だが。
「もしかして、助けるふりして助けないと言うシュールな嫌がらせだったりする?」
「わざわざそんな事しないわよ!」
「だって坂口さん、わたしの事を目の敵にしてるじゃん。意地悪してくるじゃん」
「言っておくけど、私のはイジメじゃないわ。復讐よ」
「復讐? わたし坂口さんに何かしたっけ?」
ふむ。心当たりは微塵もない。
彼女は一瞬、言葉に詰まったが、話を続けた。
「貴方は私から大事なものを奪ったのよ。鳶(とんび)の様にね」
何やら彼女は加害者から被害者の様な儚い表情となった。
そう言えば、昔に小春からも同じ様な事を言われた事がある。わたしが何を奪ったのかは答えてくれなかったが……坂口も答えてくれないのだろうか。
「大事なものって何? 言ってくれたら返すわ。利子つけて返す心算よ」
(2)
どうやらわたしは無意識に怪盗ルパンになっている様だ。
坂口は小春と同じく答えなかった。
言いたくないものを無理矢理聞くほどわたしは野暮では無い。甘んじて彼女の復讐とやらを甘んじて受け入れよう。
彼女が言う復讐とやらも総じて大した事ではないしね。
彼女が電話を切ってから五分ほどが経過した。
薄暗いトイレのドアが開く。入って来たのはモブさんだ。
「どうしたのコレ! 玲奈ちゃん……」
モブさんは、水浸しの室内とずぶ濡れのわたしを見て目を見開き驚いた。
「私がやったんじゃ無いわよ。もしかして雪まで私がやったと思ってる?」
「えっ? そうなんだ」
明らかにモブさんは坂口がやったと思ってただろう。モブさんは否定したもの、表情は疑心暗鬼だ。
わたしは個室で坂口が貸してくれた緑色の体操服に着替え、体操服を入れていた紙袋に濡れた制服を仕舞い込んだ。
下着はどうにもならんが仕方ない。
「助かったよー、玲奈ちゃん。洗って返すから」
「な、馴れ馴れしくしないでくれる。それに助けた覚えは無いわ。私がやったと疑われたく無いからよ。保身。そうコレは保身よ」
おー。これがツンデレという奴か。
現実世界で初めて見たぞ。もしかして、案外可愛い奴なのかも知れないな。
(3)
その日は坂口の助けもあって、何とかピンチを切り抜けた。
だが、目に見えない犯人の行動は確実にエスカレートして来ている。
何とかせねばと思いつつもわたしは、今日も部屋の勉強机で小説の続きを書き進めるのだ。
小説内の坂道玲奈は、今日、子分から配下へと昇格したようだ。
「あっ、あとツンデレ設定も追加しておこう」