冴えない私の周りは主役級ばかり~雫の恋愛行進曲〜
ここ数日間、パタリと嫌がらせの類は影を潜めていた。こちらの出方を伺っているのか、それとも改心したのだろうか。後者であると非常に助かる。

などと、考えつつ下駄箱をそろりと開ける。

何もなかった。

ついでに校内用のスリッパもなかった。

「くっそ。地味に腹立つわコレ」

異物が入っていれば捨てれば済むが、物が無くなるのは煩わしい。

わたしは顔も分からない犯人を頭の中で想像し、打ち下ろしのパンチで顎を粉砕した。

「どうしたの雫? 拳握りながらボーと立ったままで。遅刻するわよ」

「あっ、ゴメン小春。先に行ってて。スリッパ持って帰ってたのに、今日持ってくるの忘れてたよ。職員室で借りて行くから」

「……うん。それじゃあ先に行ってるよ」

小春は少し怪訝な表情を覗かせたが、そのまま教室へと歩き去った。小春が不審がるのもおかしくは無い。校内用のスリッパなど滅多やたらに持ち帰るものでは無いからね。

わたしは職員室で来客用のスリッパを借り教室へと向かったのだ。

「……あっ、雫、お早う」

「ちっす、森さん。それよりコレ見てよ。今日はスリッパ紛失の刑だったよ」

「先生に相談した方がいいと思うよ……」

「んー。まだそんな大した事ないし、別にいいよ」

「そんな事言ってたら、嫌がらせがエスカレートするよ! お願い。一度先生に相談して」

 彼女の声はボリュームこそ小さいが、何やら鬼気迫るものを感じた。

「う、うん。考えておくよ」

彼女を納得させる為に、取り敢えず頷いた。

森さんは優しい子だ。わたしがイジメのターゲットにされている事を話してからというもの、どうにも気落ちしているようだ。

自分ごとの様に思ってくれているのだろう。



(2)

「森さん先にお昼食べてて」

「うん。分かった。昼休み早々、何処に行くの?」

「二組の教室。すぐ戻って来るから」

わたしはそう言って、隣にある二組の教室を訪れた。
教室に入ると、窓際で小春とさやかはランチタイム中の様だ。だが、用があるのは彼女たちではない。

キョロキョロと教室を見渡す––––見つけた!

ふるふわ巻きの如何にもお嬢といった髪型だから見つけやすい。

「アレ? 玲奈ちゃん、もしかしてボッチ飯?」

通路側前方二列目の席に座る玲奈に、背後から声をかけた。彼女は一瞬嬉しげな表情で振り向いたが、わたしを見るや興味無さげに前に向き直した。

わたしはめげずに空いていた彼女の前方席に陣取り、紙袋を彼女へ手渡した。

「これ借りていた体操服。ちゃんと洗っておいたから。って、マミーが洗ってくれたんだけどね」

彼女は紙袋を受け取り、袋の中を確認した。

「ホントに助かったよー。あの時、玲奈がちゃん居なかったら、5限目の授業ぶっちで、トイレ警備員になるところだったからね」

「……」

わたしはおどけて見せたが、彼女は袋の中身を見たまま固まっている。

「どしたの玲奈ちゃん? あっ、もしかして玲奈ちゃん呼びして照れてるの? よっ、このツンデレさん」

見る見るうちに玲奈は表情を厳しくさせていく。

これは距離感を間違えたかと思った矢先、彼女はおもむろに立ち上がり、紙袋を持ったまま窓際へとツカツカと歩いて行った。

「あっ、怒った? 玲奈ちゃんゴメンね……」

彼女の後を追いかけて謝ったが、彼女は足を止めない。

「ねえっ、ねえったら坂口さん!」

ようやく彼女は立ち止まった。立ち止まったのは、昼食中である窓際の席に座る小春とさやかの前だ。

「一ノ瀬(小春)さんと、神宮(さやか)さん。ちょっといいかしら? 話があるの」

彼女は二人へとそう声を掛けた。
小春とさやさはわたしの存在にも気付いた様だ。

「アレ? 雫来てたんだ」

「うん。まあね。ゴメンね、さやかたちお昼中なのに」

「それより坂下さんだっけ? 何、話って?」

「……一ノ瀬さん、私は坂口よ」

「あっ、そうだっけゴメンゴメン!」

「まあ、そんな事どうでもいいわ。それより本題だけど、貴方たちの親友であるこの宮橋さんは、前々から酷い苛めを受けているわよ」

玲奈は淡々と、わたしがトイレで水を浴びせられた事を小春とさやかに話しまったのだ。

「なっ……、何で余計な事を言うのよ!」

言いたくない。知られたくない。小春たちには絶対に気づかれたくない事実。

玲奈が悪い訳ではないと分かっているが、わたしは彼女に掴みかかった。

「こらっ、雫! 落ち着け。手を離せって!」

さやかがわたしを玲奈から引き離す。


「言わないでって言ったのに……」

「悪いわね。約束を守らなくて。でも、もうそんな悠長な事を言ってられなくなったのよ」

玲奈は表情を変える事なくそう言って、紙袋から体操服を取り出した。

「なっ! 何よこれ……!」

小春は立ち上がり、体操服を手に取った。

彼女が手にした洗いたての筈である体操服は、あろうことかビリビリに切り裂かれていたのだ。
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