冴えない私の周りは主役級ばかり~雫の恋愛行進曲〜
「話してくれて感謝するわ坂口さん」

 小春は真剣な顔付きで玲奈に頭を下げた。

 玲奈は少し照れたのか、両手を前に組み明後日の方向へ目をやった。

「雫っ! 何でもっと早く私達に相談しなかったんだ!」

 さやかは机をドンって叩き、憤慨している。

「……ゴメンね」

「謝んなよ。別に雫に怒ってる訳じゃないんだから。それより犯人に心当たりがあるのか?」

 心当たりは……無い。

 昇降口の軽いイタズラならいざ知らず、トイレで水を浴びせられたり、今回の体操服毀損に至ってはかなり陰湿なやり口だ。

「皆目見当もつかないよ。それにわたしのせいで玲奈ちゃんの体操服ダメにしちゃったね。ゴメンね弁償するから」

「弁償なんて不要よ。どうせ体操服なんて数回着たら新しいのに取り替えているから」

「うー……。玲奈ちゃん」

「汚いわね。鼻水出てるわよ。これで拭きなさい」

 わたしは玲奈が貸してくれたブランド物のハンカチで、湧き出てくる噴出物を拭った。

 うー、ブルジョワの香りがするよ。

「どうする小春? 蓮たちに話持ちかけるか?」

 さやかの問い掛けに小春は顎に手を当て考えている。
 イジメられているなんて蓮に知られたく無いが、事がここまで進展してしまった以上、わたしには拒否権はない。

 わたしは子猫のように懇願した視線を小春に投げかけた。
 
「そうねー……まずは私達だけで何とかしましょ」

 わたしの想いが伝わったのか、小春はそう答えた。
 
「何で! 蓮に話せば、アイツなら早々に解決するだろ?」

「そうね。でもそうしたらヒロトにも伝わるは。雫を苛めている犯人見つけたらどうなると思う?」

「……まあ、大変な事になるわな」

「でしょ。それに雫は私たちに相談しなかったって事は、皆んなに知られたくないんでしょ?」

 小春が愛玩動物となったわたしに意見を伺うと、さやかと玲奈の視線がこちらへと向く。

 わたしは小さく遠慮気味にコクリと頷いた。

「しかし、雫が犯人に心当たりが無いとなると、どうやって見つけるかだな」

 さやかが言うように、手掛かりはほぼ無い。
 
「私にいい考えがあるわ」

 不敵な笑みを浮かべた玲奈は唐突にそう申し出た。

「いい考えって何? てか、坂口さんも協力してくれるのね!」

 小春は彼女の申出に食いついた。

「一ノ瀬(小春)さんと、神宮(さやか)さんが良ければ協力してあげるわよ」

「良ければって、大歓迎だよ。ねっ、さやか?」

「あーそうだな。頭数は多いに越した事ないからな。っで、いい考えって何だ?」

「それより今はまずは解散しましょ。犯人の目が何処にあるか分からない以上、別の所で……そうね放課後に西口のファミレスで落ち合いましょ」



(2)


 放課後、小春とさやかと共に、地元駅にある西口のファミレスで玲奈を待つ。

「そう言えば坂口って地元同じだったんだな。同じクラスなのに余り話した事無かったけど」

「さやか。それは本人に言わないであげてね。それに地元どころか同じ中学の同級生だよ」

 どうにも玲奈は影が薄いようだ。あの派手な見た目の彼女を覚えていない小春とさやかもどうかと思うが。

 程なくして入口から玲奈がやって来た。彼女は私の隣へと席に着いた。

「アレっ、今日は一人? 何時もの二人は?」

「雪と若菜なら来ないわよ」

「喧嘩でもしたの? そう言えば今日お昼ボッチだったし?」

「べ、別にボッチじゃ無いわよ! お昼は別々に過ごす事にしたのよ。毎回、昼休みに私の所に来てたら彼女たちがクラス内で浮いちゃうでしょ」

 玲奈はそう答えた。

 あの二人を勝手に玲奈の取り巻き程度に思っていたが、彼女にとっては大切な友達なのだろう。

 肝心の自分がクラスで浮いていては本末転倒かとも思うが、彼女は彼女で色々と思うところがあるのだろう。

 注文した飲み物が届いた頃、犯人逮捕の対策本部が開かれた。

 わたしは先ず、事の経緯を順に三人へ話した。

 焼肉のタレから始まり、昇降口での出来事。そしてトイレ事件。こうやって話してみると何やら悲しくなってきたぞ。

「ふむふむ。雫の話を聞く限り、犯人は雫と同じ三組に絞られるわね」

 小春探偵がアゲインしたようだ。

 確かにバーベキューは三組のみの催し。他のクラスの人間が介入する余地はなかった。

 だが、クラスが絞られたとは言え、クラスの女子はわたしと森さんを除いても十八人もいる。

「雫っ、下駄箱のダイヤル番号を教えた奴はいるか?」

「……えーと、いないかな」

 さやかの問いにそう答えたが、実は一人だけいる。よく一緒に帰る森さんには語呂合わせの数字を話した事がある。

 だが、友達の森さんは除外だ。それに途中、番号を変えたしね。

「あんなの鍵の役目を果たして無いわよ。三桁なんて五分あれば開鍵出来るもの」

「坂口さんの言う通りかもね。まあ、靴入れなんて本来厳重に鍵を設置するものでも無いし、仕方ないわね。それより学校で言ってた、いい方法をそろそろ教えてよ?」

 小春が尋ねると、玲奈は鞄から用紙を取り出し、各々に手渡した。

 そこには犯人炙り出しの作戦が書かれてあった。
 メモにはこのような事が書かれてあった。

1、朝のホームルーム前、小春とさやかは何か理由をつけて蓮を教室から外に連れ出す事。

2、わたしは蓮が教室を出た後、玲奈が貸してくれるシャネルのハンドミラーを、蓮にプレゼントして貰ったとクラスの女子に自慢する事。

3、ハンドミラーはそのまま鞄に仕舞い、一日放置する事。

4、後はこちらでやっておく。

という内容だった。

「ねえ? 玲奈に一つだけ聞いてもいい?」

「何かしら?」

「どうしてわたしに協力してくれるの? わたしの事、嫌いだよね?」

「ええ、大嫌いよ。でも何処の馬とも分からないぽっと出の奴に貴方を渡せないわ」

「えーと、どう言う事?」

「貴方を叩きのめすのは私だけの権利って事よ」

 玲奈は恐ろしい事を満面の笑顔でそう答えたのだ。
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