冴えない私の周りは主役級ばかり~雫の恋愛行進曲〜
【月島 蓮SIDE】

 翌日の早朝。オレは誰よりも早くに登校した。これにはべつの思惑が有ったのだが、昇降口にて、相楽と向井の下駄箱に一枚のメモ用紙を差し入れる為でもある。

 鍵を開ける必要はない。薄いメモ用紙なら通気口の隙間から差し込む事が出来るのだ。

 森さんの話だけでは、相楽と向井はあくまでもグレーだ。まだ黒と決まった訳ではない。まずは白か黒かを判断する必要があった。

 メモ用紙にはオレのチャットアプリIDと、一連の虐めの内容を箇条書きにしておいた。

 加害者は相楽と向井。被害者は宮橋とも書いておいた。

 

 程なくして教室には半数ほどのクラスメイトたちが登校してきている。

 入学して一か月ともなると、何となしの仲良しグループが出来上がるようだ。各々が仲の良い友達と談笑している。

「月島君お早う。今日も早いね」

「おっす、龍斗(りゅうと)」

 そう挨拶を交わした相手は後ろの席に座った田中龍斗だ。高校に入って出来た唯一の友達である。

 彼は名前に似合わず平凡を擬人化したような奴だが、オレはこいつのある能力を高くかっている。

 まあ、それが無くとも気の合う友人である事は間違いないが、今はこの話は置いておこう。

 オレは龍斗へと体を向け談笑する。
 窓際最前列のオレの席からは教室全体が視野に入った。

 教室の隅に目をやると、相楽と向井が何やら話し込んでいる。二人とも表情は暗い。

 メモ用紙について話しているのだろう。





 暫くして雫が教室へと入って来た。

 一瞬、目があったがオレはやんわりと視線を外した。

 坂口が授けた作戦実行に緊張しているのだろう。雫は何ともマヌケであり、愛おしくもある表情を覗かせていた。

 オレは相楽と向井の動向に注視する。動きはない。やはり二人は黒のようだ……。

 オレが殊更注目していたのは彼女たちの反応だ。
 二人が全く心当たりが無い白であれば、雫にメモ用紙の事を話しに行っているだろう。逆に黒ならば疑心暗鬼な表情で雫の様子を伺う。

 正に二人は黒であるという合図をオレに示していた。



 朝のホームルーム開始五分前。
 小春とさやかが教室へと入って来た。

「蓮ちょっといい? 話があるんだけど」

 小春はそう言って教室の外を親指で指した。オレを教室から退出させる為の誘導だ。

 それにしても小春も顔に出やすいタイプだ。表情が硬直している。

 雫にしても分かりやす過ぎるぞ。こういう事はポーカーフェイスでやらないと違和感有り有りなのだ。

 まあ、ここは小春たちの作戦に合わせるしかない。
 オレは仕方なくに小春たちと連れ立って廊下へ足を向けたのだ。

 さやかの様子は何時もと変わりはない。

 彼女には口止めをしている。事の真相をオレが把握していると言うことを。

 彼女はポーカーフェイスを演じられるようだ。



(2)


 一限目の最中に胸ポケットに入れてある携帯電話の振動を感じた。

 オレはそれに反応せずにやり過ごす。
 恐らく相楽たちからだろう。

 ここで不用意に携帯を確認する動きを見せれば、裏で暗躍しているのがオレだと相楽たちにバレ兼ねない。

 授業が終わり、オレは席を立ちトイレの個室へと入った。

 携帯を確認する。やはり相楽たちからだ。

 彼女たちにすれば気が気でないだろう。虐めの首謀者が自分たちだと、姿も見えない相手に断定されているのだから。

 仮に虐めの証拠を掴まれていれば大変な事になる。職員室に持ち込まれれば停学は免れない。

 無論、オレは証拠など持ち合わせていないが、疑心暗鬼となった二人はネガティブに妄想を膨らませていく。

 そうなれば彼女たちが次に取る行動は限られている。メモ用紙を差し入れた人物を特定して口止めを図る。これだけだ。

 ともなれば頼みの綱は、メモに書かれてあるチャットアプリのIDだけである。

『あなたは誰?』

『三組の人?』

『返事欲しいんだけど』

 立て続きにチャットアプリに送られてくる。
 相当焦っているようだ。
 オレは一文だけリプライする。

『証拠の動画を持っている』

 彼女たちが最も嫌がるだろう文言だろう。

 事実ではないが、彼女たちに真偽を確かめる術は無い以上、嘘は効果的に発揮される。

『お願い。会って話そ』

『何でもするから』

 次々に送られてくる彼女たちのチャットを無視し、携帯電話を胸ポケットへと仕舞い込んだ。




(3)

 三限目の授業が終わると同時に森さんが教室に入って来た。

 彼女は法事の用で四限目からの出席だ。
 彼女はオレの協力者だ。

 昨晩、さやかの電話を切った後に再度森さんに電話を掛けて協力を仰いだ。

 彼女は教室に入ってから一度も此方へと視線を向けなかった。頼りになりそうだ。




 四限目の授業は体育だ。
 坂口の作戦はこの時間を狙ったものだ。

 虐めのターゲットが雫な事から、彼女はオレと雫の仲を嫉妬した者が犯人だと推定したのだろう。

 オレからのプレゼントである手鏡を雫が自慢すれば、犯人は教室がガラ空きになる体育の時間に盗む。それをカメラで抑えるつもりだろう。

 上手くいけば解決するのだが、いかんせんこの作戦には抜穴が多過ぎる。

 まず、虐めの首謀者が体育の時間に動くとは限らない。

 もっと言えば首謀者は三組の生徒でない可能性もある。

 更に犯行を抑えたところで、他の虐めについては否定され兼ねない。

 一番良い方法は相楽と向井に自白させる事なのだ。

 体育の授業前、男子は一組、女子は三組の教室で着替える事になっている。

 オレは着替を終え一旦、龍斗、雄大、ヒロトと共に運動場へと向かう。

「あっ、悪いけど先に行っといてくれ」

「どうしたの蓮ちゃん?」

「さっきの授業にさやかから辞書を借りてたんだけど返すの忘れてた。あいつ四限目で使うって言ってたから返さないとヤバイ」

「おー、それは蓮ちゃんマズイね。さやかは怒ると怖いからね。先生に少し遅れるって言っておくよ」

 雄大は笑って、ヒロトと龍斗共に運動場へと先に向かった。

 オレは引き返して教室へと戻る。三組の教室だ。
 教室には誰もいない。机には女子たちの制服が乱雑に置かれている。一歩間違えれば変態のレッテルを貼られ兼ねない。

 急いで雫の鞄から手鏡を取り出し、それを相楽の鞄に入れて教室を後にした。



(4)


 四限目の体育が終わり昼休み時間となった。

 一組で着替え終わり、三組の教室へ戻ると既に雫の姿はなかった。上手くいったようだ。

 恐らく、臨時同盟とやらは何処かで集合しているのだろう。カメラには雫の鞄を漁る女子生徒が映し出されているはずだからな。

 そしてオレは教室を出てチャットアプリを開き、相楽と向井に一文を送る。

『五分以内に自分たちが宮橋にした仕打ちを全て担任に自白する事。そうすれば他の生徒達には真相を知らせない。行動に移さなければ今すぐ君たちの虐めの証拠たる音声を校内放送で流す。そうなれば手鏡を持っている君たちは言い逃れ出来ない』

 
 彼女達が考えれる最悪のケースは停学ではない。陰湿な虐めの事実を他の生徒たちに周知される事だ。

 そうなれば彼女たちの社会的立場は崩壊する。学生にとって学校とは社会そのものである。

 チャットの送信者に一番疑いのかかる雫は教室に居ない。その上、制限時間を設けた。

 後は二人の判断に任せる事にしよう。





 程なくして校内放送で雫の呼び出しが鳴った。
 

「月島くんやっと見つけたよ」

 中庭のベンチに座るオレに声を掛けてきたのは森さんだ。彼女はスカートを手で抑えながら隣に座った。

「上手くいったみたいね」

「森さんのおかげでね」

「私は何もやってないよ。でも私が雫の鞄を漁る必要性あった?」

 森さんには体育の時間に抜け出し、雫の鞄をカモフラージュで漁るように昨晩お願いしていた。

「カモフラージュを仕掛けたのは、雫を教室から居なくさせる為って言ってたよね。でもそれだと私か月島くんが連れ出せば済む話だよね?」

 事が起これば証拠を手にした坂口は雫を呼び出す。もし、そうならなければさやかに雫を教室から連れ出す様、指示するつもりだった。雫が教室に居たら最後の一文を送れなかったからな。

 しかし、森さんが指摘したように、雫を外に連れ出す方法はいくらでもあった。

「オレが雫の手鏡を相楽の鞄に移しかえた時点で、隠しカメラが仕掛けられていればプランを変える必要があったからね」

「なるほど。私を餌にしたって事ね」

 事実、あの時点で隠しカメラが設置されていた場合、別に用意していたプランへと変更するつもりだった。
 何せ、女子たちの制服が置かれている教室に入った所を録画されているとなると、坂口を抱き込むしかない。

 オレはいち早くに登校し隠しカメラを設置する者はいないか警戒していたが、不審な動きを見せるものは居なかった。

 女子たちの着替え中に怪しい動きは無かったと、体育の時間に森さんからも証言を得ている。

 それでも確実では無い。

 森さんが体育館から出ると、もう一人の小柄な女子生徒が別方向から教室へと先回りするのを確認した。

 彼女が現場をカメラで抑えにいったのだろうと、この時点でようやく教室に隠しカメラは無かったと確信したのだ。

「謝るよ」

「別に謝らなくていいよ。雫の為にした事なんだから」
「そう言ってくれると助かる」

「でも、私が雫の鞄を漁っていた事の言い訳をしないといけなくなったわね。困ったわ」

 森さんはオレを試すかのような困った表情を作り、此方をジッと見つめてくる。

「トイレに行ったついでに、盗まれていないか心配になって確認しに行った、とでも言っておけばいいさ」

「やっぱり、そんな答えまでちゃんと用意してあったのね。意地悪した甲斐がなかったわ」

「そう言われると照れるよ」

「別に褒めてないよ。まあ、一先ず私は雫に言い訳をかましてくるよ。じゃあねー」

 森さんそう言って、校舎の中へと駆けて行った。
 ふと空を見上げた。

 さっきまで鬱々としていた分厚くどす黒い雲の隙間から、ようやく太陽の日差しが顔を覗かせたのだ。
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