本日は性転ナリ。
冬の寂しさが残る風に吹かれながら家へと足を進める中、俺は整理のつかない問題に頭を悩ませていた。
そんな俺の気持ちを汲み取ってか、莉結はただただ黙って俺の隣を歩く。
そして家の近くの交差点を曲がった所で莉結が口を開いた。

『瑠衣…大丈夫?』

そう呟いた風の音に消えそうな莉結の言葉にも気の利かせた返事もできない自分が嫌になる。そしてそんな感情を塗り潰していってしまう様に次から次へと頭に浮かんでくる不安や苛立ちに、遂に俺の脳はパンクした。

「あぁぁッ、メンドクセーっ!もう何だっていい!ハゲてなかっただけマシ!俺はポジティブ…俺はポジティブ…俺はハゲてないッ!もう覚悟も出来てるしハゲるよりも女になった方が全然いいに決まってる!そうだ!莉結っ、俺に服貸してくれよ」

俺は半ばヤケクソになって莉結にそう言った。突然開き直ったような俺の態度に困惑する様子の莉結だったが、何故か少し嬉しそうに微笑むと『はぁ?ハゲとか覚悟とかよく分かんないけど…んまぁ、わかったよ、この莉結ちゃんに任せなさいっ♪』と満面の笑みを俺に投げかけたのだった。

という事で俺は今、服を借りる為に莉結の部屋へと来ているのだが…

「えっと…コレ胸元がかなりゆとりのあるんだけど」

莉結が初めに出してきたこの洋服…確か莉結が来ている時はかなりピッタリなサイズだった気がするんだけど…何でだろう。少し屈んで胸元を見ると、目を覆いたくなる様な光景が広がってしまう。

『あ…えっと、あはっ♪こっちにする?』

莉結に何かを誤魔化された気もするが、そこは女の事情なんだろう。男の…いや、元男の俺にはよく分からん。"元男"っていう響きは何だか変な気持ちになるけど。
そして次に出してきたのは…

「何で体操服…」

コメントは…特に無い。
そして莉結はとても楽しそうに引き出しの中からもう一つ取り出して私の身体へと当てがった。

『じゃぁこっち?』

ふと当てられたモノを見ると、ひらひらとした布から紐らしきものがぶら下がって…っておい!

「み…水着っ!?バババカやろっ!」

俺の反応を見る莉結の顔が新しい玩具を手に入れた子供の様に輝いていた。そして俺は気付いたのだ。

『じゃぁ….』

「お前遊んでるよな。とりあえずその猫の着ぐるみは置けよ」

そう。莉結は完全に俺を着せ替え人形として楽しんでいる。気付くのが遅過ぎたくらいだ。あの時の顔を見れば容易に想像できた筈なのに…俺も動転していて気付けなかった。

「真面目にやる気あんのか…?楽しんでないでちゃんとした服貸してくれよ、俺、女の服とかマジで分かんないからさ」

『んっへぇー♪全然楽しんでないよぉ♪』

…それを楽しんでるっつーの。
俺は呆れ返って体操服を脱ぎ始める。
そんな俺を見て莉結は何故か少し恥ずかしそうにニヤついた…

『瑠衣ちゃんは…可愛いおっぱいだねっ』

「お、おっぱい?!見んなよ恥ずかしいなぁ!」

たしかにこれは俺の身体だけど…
自分でも恥ずかしいんだよ!早く莉結に女用の服借りて…ってよくよく考えると莉結の服試着してるとか"ど変態"じゃんよ!!
ソレに気付いた瞬間、顔がみるみるうちに温度を増していく。きっと俺の顔は絵に描いたように"赤面"している事だろう。
そんな俺を見て更にニヤニヤと笑みを浮かべ出した莉結が唇に人差し指を当てながらこう言う。

『どうしたの?"瑠衣ちゃん"』

「やめろっ!」

部屋の中に莉結の無邪気な笑い声が響く。
そして莉結が顔を背けたくなる様な距離までぐっと近づいて"クスッ"と笑うと耳元でそっと囁いた。

『ほんっと瑠衣ったら可愛いなぁ♪元々美形だったけど…女の子の方が似合ってるんじゃない?』

その言葉に不覚にも心臓が鼓動を高めた。
俺は必死にそれを隠す様に両手で莉結を遠ざけると「バカ言うなよっ、もういい!自分で服買ってくる」と威勢良く言ったのは良かったが、そう言い放った俺に何か言いたげな莉結のニヤニヤとした視線が向けられる。

「な、なんだよ?」

『べっつにー。買い物って一人で行くの?』

何言ってんだよ。お前と行っても玩具にされるだけなんだから一人に決まってん…って、女ってどこで服買ってんだよ?!というか一人で女物の服見るとか絶対に…無理だ。
そういうことか…くそ…
相変わらず俺に纏わりつく莉結の視線の意味がようやく分かった。こいつは最初から全部分かっててやってたのか…意地の悪い策士め…

「莉結…さん…御教授お願いします…」

ばかやろう。意地悪め。
そして莉結の顔に悪戯な笑顔が咲き誇ると『よっろしぃー♪さぁ行こっ、"瑠衣ちゃん♪"』と俺の頭に"ぽん"と莉結の手が置かれた。

このやろう…元に戻ったら覚えてろよ…

そして、とりあえずの服を借りると俺たちは莉結の家を後にした。
女物の服を買いに行くなんて何処に行くのかと思っていたが、意外にも俺も来たことがある近所のショッピングモールに連れてこられた。
普段、こんな人の溢れる息苦しい所に来ることは極力避けていた俺だったが、休日で無ければ然程苦にはならない程度の混み様みたいだ。
俺たちはエレベーターで二階へと上がると、慣れた様子で進んで行く莉結の後を追い、ズラリと並んだショップ街へと足を踏み入れた。

「すっげえー!コレ全部女物の服屋なの?てかこんなにたくさん服屋って要らなくね?」

『ちょっ…瑠衣、喋り方!』

「なんで?俺、男だし。莉結には迷惑かけてないだろ?」

『いやいや…私たち他の人から見たら友達なんだから少しは気遣ってよ!』

「えぇ…面倒だなぁ」

すると、ふとキャメル色のコートが目にとまる。以前ならこんな服を見てもただの景色の一部として通り過ぎてしまっていたと思う。だが、自分の着る服を探しているという今の状況のせいか、不覚にも"いいな"なんて思ってしまったのだ。
そんな俺の様子を見逃さなかった莉結は、そのコートの前で立ち止まった俺の顔を覗き込んで『似合ってるよ♪試着する?』と微笑んだ。
それをきっかけにその店で色々な服の試着を繰り返し、挙げ句の果てに"有り得ない"なんて思っていた女の買い物の定番、"ショップ巡り"まで実行してしまい、コートとジーンズ2本、そして服を3着購入してしまった。
そして、何故か莉結から『せっかく女の子になったんならスカートくらい履かなきゃね』と言って"お祝い"と称したスカートをプレゼントされたのだった。

「えっと、今日は本当に色々ありがとな」

そう言って俺がエレベーターの方へと向かおうとすると、莉結が"何言ってんの?"と言いたそうな顔を浮かべた。

『え、終わりじゃないよ?"肝心な物"忘れてるでしょ?』

「肝心な物?…え、何?服はこれで揃ったし…俺は変なオシャレとか全然しなくていいけど。服だってローテーションで着ればいいし」

そう言った俺を見て莉結が、また"あの顔"になる。そして人差し指をピンと立てると、なんとも言えない悪戯な表情へと変わりこう言った。

『むふふふふ♪問題です。男の人がつけなくて女の人がつけるものってなぁーんだ?』

「は?いきなりなんだよ。付ける?あぁ…付け爪とか?」

『ちっがーう!』

「ケチャップ?」

『いや、それ…』

「カツラとか?」

『何でカツラよッ!しかも逆っ、女の人しかつけないんだよッ』

「じゃぁ…漬物?」

『ちょっとふざけないでよね!ナゾナゾじゃないからッ!!』

「はいっ、この問題の答えとかけまして、探偵と解きます!」

『え?…あ、はぁ…はいはい。
その心は?』

「まずはつけなきゃ(尾けなきゃ)始まらないっ、なんてなっ」

『何…このくだらない下り…ってか瑠衣ってば分かってるでしょ!』

「あはは…実は途中から…」

…という事で俺は"ブラジャー"を買う羽目になってしまったのだが….
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