本日は性転ナリ。
『ちょっと瑠衣ぃ…まだぁ?』

…俺はランジェリーショップの向かいにあるベンチで項垂(うなだ)れていた。
当たり前だ…つい昨日まで男として生きてきた俺が、すんなりと女物のラ、ランジェリーショップなんかに入れる訳が無いのだ。

「莉結…代わりに買ってきて…」

そう言って俺が必死に助けを求めているというのに、莉結のヤツは『サイズも測ってないのにどうやって買うのさ』と言って冷たい目を向けやがる…
莉結には絶対に分かんねえよ…分かんないって絶対…
そんな事を考えつつもベンチで項垂れ続けていたその時、俺たちの前に一つの影が立ち止まる。

『おっ、莉結ちん!学校サボって何してんのっ?』

その瞬間、俺の心臓がギュッと縮こまるのが分かった。それと同時に"莉結ちん"って何だよ…と呆れてしまう。

そんな中、俺はベンチに腰掛けて下を向いたまま横目でその声の主を確認する。
あ…
その瞬間、俺は更に頭を下げて顔を反対側へと向けた。何故ならその声の主とは、めちゃくちゃ絡みづらい類の同級生である天野麗美(アマノ レミ)だったからだ。
天野麗美は高校生であるにも関わらず頭髪を金色へと染め上げ、常に複数人で騒がしく会話をしながら行動をする、所謂(いわゆる)"派手なグループ"の人間なのだ。
そして俺が高校に入学したばかりの頃、まだ面識も無い俺に対してしつこく告白を繰り返してきた人物こそが、この天野麗美なのだ。
何でよりによってコイツに会うんだよ…しかも今学校の筈だろ…
突如訪れた最悪の展開に…いや、"最悪"の展開はもう訪れたんだけどさ…兎に角、俺は頭を抱えるしかなかった。

『あ、麗美ちゃん、私はちょっと買い物のお手伝いを…』

莉結がそう答えた時だった。ふと嫌な視線を感じたかと思うと、次の瞬間、騒がしい気配が俺の目の前へと移動してきたのだ。
そして俺の嫌な予感が的中する。

『おぉっ、何このめちゃんこ可愛い子ぉ!他校の子?紹介してよっ♪名前は?』

…汗が噴き出るのが分かった。
顔上げたら…きっと、バレる。
そんな俺の気持ちなど気にする事もなく、天野麗美の行動は更に勢いを増す。

『ねぇねぇ、下向いてないでちゃんと顔見せてよっ♪』

そう言って天野麗美が俺の肩を掴んだ時だった。

『麗美ちゃん!この子ちょっと体調悪くて…あのう、えっと、ゆっくりさせてあげて』

さすが莉結だって思った。
この時ほど莉結と居て良かったって思った事は無い。なんて言ったら怒られそうだけどな…
しかし常識が通用しないのがこの"天野麗美"だったのだ。

『ええ?!ならボクが看病したげるよっ、暇だしねっ♪』

そうだった…コイツのしつこさをナメていた。俺は地面へと垂れ下がった髪の間からそっと莉結へと助け船を懇願する視線を送った。
すると『それなら…』と莉結が口を開く。

『この子のブラ選んでよっ、サイズも測ってないからそこからお願いっ♪』

耳を疑った。疑いに疑いを重ねて、それすらも疑った。
そしてその答えは考えるまでもなく清々しい程に俺の予想のままだった。

『まっかせなさい!こんな可愛い子のブラ選べるなんて幸せだなぁ♪体調良くなったら行こっ♪』

横目で見た莉結の口元がヒクヒクと動いている。それは明らかに笑いを堪えているモノだった…
それを見た俺は…もう、どうにでもなってしまえ。と、半ば投げやり状態になり、"すぅ"と息を吐くと、満面の笑みを浮かべて顔を上げると、渾身の演技をしてみせた。

「えっとこんにちは、初めましてッ♪」

これでバレたら、全ての問題の収拾は莉結にやらせてやろう、そんな気持ちでいたのだが…

『あれ?どっかで見たこと…え?!き…キミ…まさか、苗字、如月…じゃないよね…?』

そう言われた瞬間、自らの愚行を後悔した。心の何処かでは"もしかしたらバレないかも"なんて浅はかな考えがあったのは否定できないが、ここはもう男として…否、元男として腹くくるしかない。そう決意した俺は真実を話すべく固く閉じた口を開いたのだった。

「そうだよ、俺は如月る…」

そう言いかけた時、耳を塞ぎたくなる様な声で『どぉーりでビビッと来ちゃったわけだッ!瑠衣クンに妹が居たなんて知らなかったなぁ♪瑠衣クンもいいけどキミもタイプっ♪』

待て、何故そうなる…
その場の空気が"ピタっ"と止まると、流石に空気を読んだのか『いやっ、ゴメンゴメン!なんかちょっと興奮しちゃって…ところで体調大丈夫かいっ?』と天野麗美は苦笑いを浮かべた。

「う…うん、もう大丈夫。 えっと…買いに行こ、そんで早く帰ろっ」

『そうだった…それじゃぁ行こぉ♪あっ、そういえば名前は?』

そう言われてから初めて自分の名前が使えない事に気づいた。
そして俺は慌てるあまりつい軽率な名前を口にしてしまう。

「え?!あ…その、えーっと…如月衣瑠(キサラギ イル)ですッ」

『か….か…可愛い…もうダメ…キュン死してしまいそう…』

は?キュ…何だって?よく分からんが疑われてはなさそうだ、たぶん。
すると突然、莉結がクスクスと笑いだしてこう言った。

『ごめんごめん、ところでイ…イルちゃん?ふはっ、イ…イル…ちゃん♪』

な…何だよこいつ…ニヤニヤし過ぎて気持ち悪いんですけど…
そんな俺たちのやり取りなど気にする素振りもない天野麗美は、何枚かの下着を手に
『普段はどんなブラ着けてるのッ?』と満面の笑みで尋ねてきた。
そして動揺した俺はつい「そっ、そんなん着けてねーよっ!」と勘違いされる事間違いなしの言葉を放ってしまった。

あ…

『え、着けないの?』と、まさしく目が点になっている天野麗美。

焦った俺は莉結に顔を向け助けを求めると、満面の笑みが返ってきて、俺の嫌な予感がまたもや的中する事となった。

『えっと…イル…ちゃんは、いつも着けないんだよねぇ♪』

そして俺は、こんな状況で日頃の恨みを返すような事ばかりする莉結に負けじとこう言ってやった。

「そ、そうなの、私は莉結ちゃんみたいに"胸だけ"に栄養行ってる訳じゃないからねぇ♪」

『えーっとイルちゃん?それはどういう事なのかなぁ?常識的に考えて胸だけに栄養なんて送られないと思うけどなあ?』

そんなやり取りを繰り返していると、周囲から余程注目を浴びていたのか、天野麗美が苦笑いを浮かべながら仲裁へと入ってきた。

『まぁまぁ…2人とも…周りの人も見てるし
人は見た目なんて関係無いって!ねっ?二人とも私なんかよりずっとずっと可愛いんだから私の前でそんな喧嘩やめて欲しいなぁ』

見た目に似合わずまともな意見を言われた俺たちは、お互い反対方向を見ながら"ごめん"と謝ると『それじゃぁ買い物だけ済ませちゃおうねっ』と天野麗美に背中を押されてショップへと足を踏み入れる。
そしていよいよ"ブラ"と言う名の未知なる防具を装着する時がやってきた。
俺が選べる筈も無いと分かっている莉結は、手際よくブラを手に取り、俺の胸へと当てがっては"なんか違うなぁ"とか"うわぁコレめっちゃ可愛い"とか独り言をブツブツ言う事を繰り返す。
そしてある程度候補が上がったところで
更衣室へと入ると、店員の女の人がメジャーを持って当たり前かのように私の居る更衣室の中へと入って来たのだ。
俺が混乱していると、莉結が『それじゃぁ胸周りのサイズの確認よろしくお願いしますね♪』とカーテンを閉めた。
そういう事か…と納得したのはいいが、カーテンが閉められた瞬間、今まで感じたことのないような緊張と恥ずかしさ、そして何故か罪悪感に襲われた。

『それではサイズの方測りますので服を脱いで下さい。』

真顔でそんな事を言い出した店員さんに"え?ここで?!カーテン1枚で仕切られてるだけなのに?!しかもアンタ居るじゃん!"と突っ込みながならも、平常心を装って言われるがまま服を脱いだ。
こんな恥ずかしめを受けないと下着すら購入することすらできないなんて、男って楽だったな…と心の中で大きな溜息を吐いた。
すると店員さんの"えっ"という小さな声が聴こえて視線を向けると、店員さんが少し動揺しているのに気付いた。
俺が「どうかしました?」と言うと、店員さんは少し遠慮がちにこう言った。

『あの…普段は着けられてないんですか?』

そこで返答に困った俺は、ただ苦笑いを浮かべるしか無かったのだった。
普段も何も初めて着けますなんて言える訳、無いからな…

そんな訳で俺はヒンヤリとしたメジャーをあてがわれ、手際よく採寸していく店員さんを横目に、無事自分のブラのサイズを知る事が出来たのだが…
俺のブラのサイズを聞いた莉結は少し申し訳なさそうにこう言ったのだった。

『い…衣瑠のサイズだと柄がたくさん選べるから良かったねっ♪』

んまぁ、そんなこんなで、なんとか俺は自分用のブラを入手した。







["魅惑のブラ"を装着しますか?]



→ はい

いいえ





イルの防御力が1あがった。
イルの忍耐力が10あがった。
イルの女子力が30あがった。
イルの胸が2cmあがった。
イルのレベルが1から3にあがった。
イルの自尊心が50さがった。
イルに会心の一撃。心の小傷を負った。








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