本日は性転ナリ。
やるべき事を終えた俺たちであったが、莉結の"せっかく来たんだから"という訳の分からない理由で雑貨屋を回る事になった。
そこで何店舗か回ったところで、俺はふと莉結の耳元でこう言った。
「なぁ、アイツいつまでついて来んだろ。そろそろ帰らせてくれよ…このままだと家までついて来るぞ」
アイツ"天野麗美"は凄まじい環境適応能力を見せ、まるで俺たちとは幼馴染であるかのような雰囲気で俺たちに溶け込んでいたのだ。一応、"今日初めて会った"という事になる筈なのに、俺自身すらその事を忘れてしまいそうにさせてしまうのだから、多分それが彼女の"生まれ持った素質"なんだと思う。
しかし、ただ単に一緒に行動しているだけならまだ可愛いものだが、常にニヤニヤと少し後ろをついて来るので気味が悪い。
そして、どうにか彼女を帰らせる理由を頭の中で探していたとき、俺の携帯が鳴った。
…それは、病院からだった。
「もしもし、元に戻れる方法が見つかったんですか?!」
俺は電話に出るなりそんな事を言った。
しかし、先生の答えはもっと現実的なものだった。
『…すまないね、その連絡では無いんだ。"学校の事"だよ』
「学校…?そんなの行ける訳…」
『ないよね?だけど行かなきゃしょうがない。君の勉学に励むチャンスまで奪う訳にはいかないからね…だからこちらから校長に直接交渉して、"転校生"という事で特別に今の学校へそのまま通えるように話を通しておいたよ。君の事は極秘事項にしてある。だから安心しなさい』
「そんな…なに勝手なことしてるんですか…こんな身体でまた学校に通えって?そんなの無理だよ。こんな事バレたら俺…本当に生きていたくなくなっちゃうよ….」
『だが私は、学校に通う事で自分の運命からは逃げずに済むと思うよ。私の経験上、難病を患った若い子で、学校へ通えるのに通わなかった子と、勇気を出して通った子とでは、後者の方がその病気に対しての免疫が確実に上がっている。まぁ、"学校が好きな子の場合"だけどね』
「俺にとっての学校は…」
学校なんて勉強をしに行くところとしか思っていない。
好きも嫌いも関係無い。"行かなければならない所"なのだ。
同じ歳の子供と同じ教室で誰もが習う同じ知識を学び、教室・学校という"小さな社会"で将来"大きな社会"に出た時の予行練習をする場所、だろ。
まぁその間、一般的な学生とやらには青春だの、恋だのというイベントがあるはずなのだが。
…俺には、その感情がよく分からないようだ。
そう、特に"恋愛"だ。
俺には一人の異性を特別に感じるという気持ちが分からない。その人間についての情報量の違いはあっても…それだけだ。
俺は昔からその感情が知りたくて、恋愛小説や恋愛モノのドラマやDVD、漫画などをよく見た。
しかし何故そこで恋というものへ発展するのかが理解できなかった。
きっと、それが俺の病気なんだ。そう思って生きてきた。
いや…そう思う事で自分の病気への不安から逃げていたのかも知れない。
『瑠衣くん?瑠衣くん?もしもし?』
「あ、すいません。えっと…なんでしたっけ?」
『だから君にも学校へ通って欲しいんだよ。さっきも言ったように制服はもう届いている筈だから。頑張るんだよ。必ず元に戻す方法を見つけるから』
「あ…はい、分かりました。なんとか頑張ります。それじゃ、…はい、失礼します」
明日から普通に学校って…そんな簡単な事じゃ無いだろ…だってこんな容姿で…別人を装えって事か?
するとスピーカーの向こうから"ツー、ツー"と電子音がだんだんと大きく聞こえてきて、俺は"ハッ"として携帯をしまった。
『瑠衣、どう…したの?』
「いや…なんかさ、病院の先生が明日から学校通えって。今まで通り一緒の学校で一緒のクラスで。制服とかも送っといたからとかすげぇ身勝手な事言ってた」
『えぇ?!それ大丈夫なの?!』
「けどまぁ…確かに先生の言ってる事は正しいよ。すぐ元に戻れるのかなんて分からないし、学生の俺として、今するべきなのは、元に戻った時になるべく周りとの差が無いようにしておく事だと思うんだ。だからさ…俺、学校行こうと思う。頼れるの、莉結だけだからさ…その…色々よろしくな」
俺がそう言うと、莉結は俺の前に向かい合うようになってから、ピンと立てた人差し指を俺へと向けてこう言った。
『しょうがないなぁ♪まずはその喋り方をなんとかしなきゃね』
そんな事を言われても、俺には違いが分からなかった。だって俺の知っている女子も男子もそれ程変わりのない喋り方をしているからだ。
「俺の喋り方なんか変か?」
『女の子は"俺"なんて言わないし、なんかこう、もっと、その…ふんわりしてるでしょ?』
"ふんわり"の意味は分からないが、確かにそこは気をつけなきゃだめだな…
けど自分の事って"私"でいいのか?いや、そもそも女子って自分の事なんて呼んでたんだっけ…
そんな事を考えつつも、先ずは実践してみる事にした。
「うん、莉結ちゃんよろしくね♪…こんな感じでいいか?」
恥ずかしい…何だこの感覚…というか自分がめちゃくちゃ気持ち悪く感じる。
たかだか何文字か変えただけなのに…
と、そこで俺は急に重要な事を思い出した。
「アレ?そういえばアイツは?!」
完全に忘れていた。今の話を聞かれてたら相当ヤバい。この事が学校に回ったら、学校どころか家の外にすら出れなくなってしまう。冷や汗が滲み出るのを感じつつ、俺は莉結の答えを待った。
『んー…瑠衣が電話出てすぐに帰ったよ。なんか瑠衣の声、深刻そうだったから空気読んでくれたみたい』
そこで俺は"案外まともなヤツだったのか"と天野麗美を少し見直した。
と言っても、所詮俺の持っている天野麗美という人物の情報は、数少ない機会から知り得た、推測と仮定が複合された情報でしか無かったという事だ。
"人を見た目で決めるな"なんて、そう見られる側の逃げ口でしか無いと思っていたけど、初めてその言葉が正しい事なんだと思ったのだった。
その日の帰り道。
"莉結先生の女の子レッスン♪"とやらに付き合わされ、ことごとくダメ出しされながらも、何となくの雰囲気を掴むことが出来るようになった頃には俺の家がもうすぐそこへと近づいていた。
そして俺は玄関を開け、ゆっくりと
オレンジ色に染まった階段を昇ると、見慣れた俺の部屋の扉を開け、部屋の奥に置かれたベットの上へと倒れ込んだ。
「あぁ…本当に疲れたぁ…このまま寝ちゃいたい…」
すると
『そうだよねっ、少し寝れば?疲れたら寝るのが一番っ』
「ってか無理…起きてられん。また二時間後くらいに起こして…」
『ふふ、私も起きてたらねっ』
すると俺は瞬く間に夢の世界へと吸い込まれていった。
ん?なんだろう…
柔らかな感触に、暗闇の底に眠っていた意識がふんわりと浮かび上がる。
そしてふと目を薄く開けた時、確かにそこに"莉結の唇"があった…
…え?
そう思いつつも身体は重く、瞼すら完全に開く事が出来ない。
しかしそれに反して俺の意識はだんだんとハッキリしたものになっていった。
そこで気づく。あの柔らかな感触は…
そしてその時、微かな吐息のような囁きが聞こえた。
『"衣瑠"…好きになってもいいのかな』と。
そこで何店舗か回ったところで、俺はふと莉結の耳元でこう言った。
「なぁ、アイツいつまでついて来んだろ。そろそろ帰らせてくれよ…このままだと家までついて来るぞ」
アイツ"天野麗美"は凄まじい環境適応能力を見せ、まるで俺たちとは幼馴染であるかのような雰囲気で俺たちに溶け込んでいたのだ。一応、"今日初めて会った"という事になる筈なのに、俺自身すらその事を忘れてしまいそうにさせてしまうのだから、多分それが彼女の"生まれ持った素質"なんだと思う。
しかし、ただ単に一緒に行動しているだけならまだ可愛いものだが、常にニヤニヤと少し後ろをついて来るので気味が悪い。
そして、どうにか彼女を帰らせる理由を頭の中で探していたとき、俺の携帯が鳴った。
…それは、病院からだった。
「もしもし、元に戻れる方法が見つかったんですか?!」
俺は電話に出るなりそんな事を言った。
しかし、先生の答えはもっと現実的なものだった。
『…すまないね、その連絡では無いんだ。"学校の事"だよ』
「学校…?そんなの行ける訳…」
『ないよね?だけど行かなきゃしょうがない。君の勉学に励むチャンスまで奪う訳にはいかないからね…だからこちらから校長に直接交渉して、"転校生"という事で特別に今の学校へそのまま通えるように話を通しておいたよ。君の事は極秘事項にしてある。だから安心しなさい』
「そんな…なに勝手なことしてるんですか…こんな身体でまた学校に通えって?そんなの無理だよ。こんな事バレたら俺…本当に生きていたくなくなっちゃうよ….」
『だが私は、学校に通う事で自分の運命からは逃げずに済むと思うよ。私の経験上、難病を患った若い子で、学校へ通えるのに通わなかった子と、勇気を出して通った子とでは、後者の方がその病気に対しての免疫が確実に上がっている。まぁ、"学校が好きな子の場合"だけどね』
「俺にとっての学校は…」
学校なんて勉強をしに行くところとしか思っていない。
好きも嫌いも関係無い。"行かなければならない所"なのだ。
同じ歳の子供と同じ教室で誰もが習う同じ知識を学び、教室・学校という"小さな社会"で将来"大きな社会"に出た時の予行練習をする場所、だろ。
まぁその間、一般的な学生とやらには青春だの、恋だのというイベントがあるはずなのだが。
…俺には、その感情がよく分からないようだ。
そう、特に"恋愛"だ。
俺には一人の異性を特別に感じるという気持ちが分からない。その人間についての情報量の違いはあっても…それだけだ。
俺は昔からその感情が知りたくて、恋愛小説や恋愛モノのドラマやDVD、漫画などをよく見た。
しかし何故そこで恋というものへ発展するのかが理解できなかった。
きっと、それが俺の病気なんだ。そう思って生きてきた。
いや…そう思う事で自分の病気への不安から逃げていたのかも知れない。
『瑠衣くん?瑠衣くん?もしもし?』
「あ、すいません。えっと…なんでしたっけ?」
『だから君にも学校へ通って欲しいんだよ。さっきも言ったように制服はもう届いている筈だから。頑張るんだよ。必ず元に戻す方法を見つけるから』
「あ…はい、分かりました。なんとか頑張ります。それじゃ、…はい、失礼します」
明日から普通に学校って…そんな簡単な事じゃ無いだろ…だってこんな容姿で…別人を装えって事か?
するとスピーカーの向こうから"ツー、ツー"と電子音がだんだんと大きく聞こえてきて、俺は"ハッ"として携帯をしまった。
『瑠衣、どう…したの?』
「いや…なんかさ、病院の先生が明日から学校通えって。今まで通り一緒の学校で一緒のクラスで。制服とかも送っといたからとかすげぇ身勝手な事言ってた」
『えぇ?!それ大丈夫なの?!』
「けどまぁ…確かに先生の言ってる事は正しいよ。すぐ元に戻れるのかなんて分からないし、学生の俺として、今するべきなのは、元に戻った時になるべく周りとの差が無いようにしておく事だと思うんだ。だからさ…俺、学校行こうと思う。頼れるの、莉結だけだからさ…その…色々よろしくな」
俺がそう言うと、莉結は俺の前に向かい合うようになってから、ピンと立てた人差し指を俺へと向けてこう言った。
『しょうがないなぁ♪まずはその喋り方をなんとかしなきゃね』
そんな事を言われても、俺には違いが分からなかった。だって俺の知っている女子も男子もそれ程変わりのない喋り方をしているからだ。
「俺の喋り方なんか変か?」
『女の子は"俺"なんて言わないし、なんかこう、もっと、その…ふんわりしてるでしょ?』
"ふんわり"の意味は分からないが、確かにそこは気をつけなきゃだめだな…
けど自分の事って"私"でいいのか?いや、そもそも女子って自分の事なんて呼んでたんだっけ…
そんな事を考えつつも、先ずは実践してみる事にした。
「うん、莉結ちゃんよろしくね♪…こんな感じでいいか?」
恥ずかしい…何だこの感覚…というか自分がめちゃくちゃ気持ち悪く感じる。
たかだか何文字か変えただけなのに…
と、そこで俺は急に重要な事を思い出した。
「アレ?そういえばアイツは?!」
完全に忘れていた。今の話を聞かれてたら相当ヤバい。この事が学校に回ったら、学校どころか家の外にすら出れなくなってしまう。冷や汗が滲み出るのを感じつつ、俺は莉結の答えを待った。
『んー…瑠衣が電話出てすぐに帰ったよ。なんか瑠衣の声、深刻そうだったから空気読んでくれたみたい』
そこで俺は"案外まともなヤツだったのか"と天野麗美を少し見直した。
と言っても、所詮俺の持っている天野麗美という人物の情報は、数少ない機会から知り得た、推測と仮定が複合された情報でしか無かったという事だ。
"人を見た目で決めるな"なんて、そう見られる側の逃げ口でしか無いと思っていたけど、初めてその言葉が正しい事なんだと思ったのだった。
その日の帰り道。
"莉結先生の女の子レッスン♪"とやらに付き合わされ、ことごとくダメ出しされながらも、何となくの雰囲気を掴むことが出来るようになった頃には俺の家がもうすぐそこへと近づいていた。
そして俺は玄関を開け、ゆっくりと
オレンジ色に染まった階段を昇ると、見慣れた俺の部屋の扉を開け、部屋の奥に置かれたベットの上へと倒れ込んだ。
「あぁ…本当に疲れたぁ…このまま寝ちゃいたい…」
すると
『そうだよねっ、少し寝れば?疲れたら寝るのが一番っ』
「ってか無理…起きてられん。また二時間後くらいに起こして…」
『ふふ、私も起きてたらねっ』
すると俺は瞬く間に夢の世界へと吸い込まれていった。
ん?なんだろう…
柔らかな感触に、暗闇の底に眠っていた意識がふんわりと浮かび上がる。
そしてふと目を薄く開けた時、確かにそこに"莉結の唇"があった…
…え?
そう思いつつも身体は重く、瞼すら完全に開く事が出来ない。
しかしそれに反して俺の意識はだんだんとハッキリしたものになっていった。
そこで気づく。あの柔らかな感触は…
そしてその時、微かな吐息のような囁きが聞こえた。
『"衣瑠"…好きになってもいいのかな』と。