本日は性転ナリ。
カーテンから差し込むきらきらとした眩しい朝陽が、居心地の良いセカイから俺を現実のセカイへと俺を導いていく。
その光に眉を寄せつつも薄っすらと開いた目をゆっくり開くと、俺は仰向けのまま両手を頭へと伸ばした。
そしてその指に絡まる長い髪をすぅーっと天井に向けて弛(たゆ)ませると、溜息と共に"はらはら"と舞い落とす。そして天井に伸びた両手をそのまま胸へとゆっくり下ろした。
…そこでまた一つ溜息が零れる。
それから俺は枕元へと手を伸ばし手探りで携帯を探すと、手に取った携帯の画面を見つめた。
"あれからちゃんと一日…経ってる。全部夢じゃ…無いんだな"
手に持った携帯を枕元へポンと放り投げると、またそこで溜息が零れた。
俺は相変わらず"女の身体"のままだった。
"もしかしたら元に戻っているかも"なんて淡い期待が無かったとは言わない。むしろ"元の身体に戻っている筈だ"なんて心の何処かでは思っていたのかもしれない。
つまり今日から"衣瑠"としての学校生活が始まる。
そう思うと、はっきり言って不安しかない。
そこでふと横に目をやると、そんな俺の気持ちを他所に呑気にすやすやと眠りに就いている莉結の姿があった。
…ったく、緊張してるのは俺だけか、ばからしい…って当たり前なんだけどさ。
そんな事を考えて"ふっ"と鼻で笑うと、俺はそっと立ち上がりまだ慣れきれていないこの身体にぎこちなさを覚えながらも洗面所へと向かった。
洗面所に着いた所で、顔を伏せたまま鏡の前へと向かっていく。
俺はそこでも自分の諦めの悪さにつくづく呆れてしまう。
俺は鏡の前に立つと、"ふぅー"と息を吐いて、パッと顔を上げた。
やはりそこには見慣れない自分の姿が映っている…
俺は大きな溜息と引き換えに、諦めを受け入れるしか無かった。
それにしても何回見たって"この女"には慣れないな…

俺は落胆するままに朝の準備を終えると、部屋へと戻り、相変わらず呑気な顔のまま眠りについている莉結の側に歩み寄る。
そして"ふぅ"と小さく息を吐くと、今度は"すうっ"と大きく息を吸い込んだ。

「莉結!莉結ちゃーん!おはようございまあすッ!制服の着方教えてくださいなあ!」

部屋に俺の声が響くと、莉結が眠気眼のまま"ぴょん"と飛び起きた。

『ん…あ…?えっ?!あ…ビックリしたぁ…どこの子かと思ったよ…うんっ、おはようっ♪』

ぽかぽかした微笑みを浮かべてそう言った莉結に再び「制服の着方…」と言いかけた時、ふと莉結の胸元へと視線を取られる。
こいつめっちゃ胸元緩いんですけど…

「ちょっとその服サイズ合ってないんじゃないの?」

俺が親切にそう言ってやったのにも関わらず、莉結は胸に手のひらを当て、お決まりのポーズで『どこ見てんのよッ?』と無邪気に笑う。

「はいはい。支度終わったらまた制服の着方教えてよ?」

すると莉結はポカンと口を開け真剣な眼差しで俺にこう言った。

『え…知らないの?冗談…じゃないよね』

冗談…じゃ無いけど、"そんな変な事なの?普通じゃないのか?逆に知ってたら引くだろ?"そう言ってやりたかったが、そこはグッと我慢して、当たり障りのない返事で済ます。

「まぁ…何となくは分かるけど、どうやって着てくのかとか、スカートの前後とかよく分かんないとこあるし…慣れてる人に聞くのが一番だろ?」

『私はその"よくわかんない"所がわかんないよ。ほれっ、貸してみんしゃい♪』

「え?あ、うん」

そうして俺は手際よく服を脱がされていく。
めちゃくちゃ恥ずかしかったが、そんな事を考える暇もない程にあられもない姿にされてしまう。
うわ、寒っ…
するといつの間にか莉結の手には制服が握られていて、『はいっ、まずはこっちから…こーやって…』瞬く間に着替えが終了する。

「さすが女子…ベテランは手際がいいな」

『もちっ、毎日やってますから、ふふっ♪』

なんて会話をしている間にも莉結の手は忙しなく動き続けている。

『ほらっ、次は髪の毛っ!ドライヤー出して!ブラシは?』

「いいよ適当で、俺セットなんてした事ないし、別にほかの奴の目なんて気にしな…」

『バカ言っちゃダメだよ!こんなに…こんな可愛いのに何にもしないなんて犯罪じゃんっ!ほらっ、貸して!』

莉結の言っている事は到底理解できないけど今は大人しくしていた方が良さそうだ…唯一の協力者を無くす訳にはいかないし。

『出来たぁー♪か…可愛い…制服姿、写真…撮っていい?』

「はぁ?別に構わないけどさ…」

莉結が携帯を俺に向け、不気味な笑みを浮かべると、レンズの横が光を放つ。

パシャ…パシャ…パシャパシャ…パシャ

ピロン…

「ってお前ドサクサに紛れてムービー撮ってんじゃねーよ!」

『だってぇ…』

「何がしたいんだよホントに」

『あ…今日の占いの時間』

「見んくていいわっ!」

そんな事をしてると、いよいよ家を出なくてはならない時間になる。
そして俺は付いてもいない襟元の埃を払うと息を大きく吸い込んで"ヨシッ"と気合を入れた。

「じゃぁ莉結、一日よろしくお願いします」

『ウン…頑張ろうね♪』

こうして俺は不安とフアンを胸に抱き部屋を出た。

『ちょっと靴履くときはパンツ見えないように…』

「は?気にしてたじゃん、てかもうちょっとスカート長くていいんじゃないの?」

『この方が可愛いのっ!あとさっき"俺"って言ってたからちゃんと気を付けてよ?』

「はいはい、うるさいなあ、気を付けてますよっ」

そんな遣り取りをしながらも俺はなんだか幸せな気分に包まれていた。
"なんか…懐かしいな、こういうの"って。
そして俺は玄関のドアノブをしっかりと握りしめ勢いよく開け放つ。
よし…「『いってきます!』」
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